日2003/03/13 朝日新聞朝刊
@cleveland 米国が孤立(日本@世界)
船橋洋一
クリーブランド空港では、オーバリン大学のG教授が出迎えてくれた。教授は日本の中世史専門の女性学者である。別の便で来る客を迎えに来ていた同僚と教授が、私の前でイラク戦争論議を始めた。
「ニューズウィーク誌読みました? 『ブッシュと神』という見出し。すべて善か悪か、で割り切るんですからね、あの人たちは」
「向こうの原理主義者の怖さを聞かされるけれど、こちらの原理主義者も怖いわ」
「この冬は本当にろくなことはないわね。テロと戦争、そして雪ばかり。いつになっても春が来ない」
オーバリン大学は、かのライシャワー元駐日米大使も若き日に学んだ中西部の名門大学である。教授は、自家用車でキャンパスまで案内してくれた。
夕方、私は講演した。その後、学生たちと懇談。そのうちの一人は「ここにはパキスタンからの留学生もいるが、つらい思いをしているようです。彼らの多くが反米になって帰っていく」と言った。別の一人は「自分たちの世代の若者にとっては、米国が世界からこんなに嫌われ、こんなに孤立しているということを知ったのははじめての経験なのです」と語った。どちらも心にキリリと刺さった。
9・11テロ後、私がこの欄で最初に書いたコラムは「米国は孤立していない」だった。1年半後、「米国が孤立している」と題するコラムを書かなければならない、と私は聞きながら思った。
米国は孤立している。ただ、そのことを米国人たちがようやく感じ始めている。
翌朝、キャンパス内にある民宿の朝食の席で、東部の大学から別々にやってきた男女2人の学者と一緒になった。彼は哲学、彼女は美術史が専門である。話はイラク戦争へと向かった。
彼は「米国人として、やりきれない恥ずかしさを覚える」と言った。「何と言っても、ブッシュを選んだのは我々、米国人なのだから」
彼女は「恥ずかしさより怒りを覚える」と言った。「選んだつもりはない。あんな風に勝利をかすめ取ったのだから」
2人ともメディアの責任を口にした。前の湾岸戦争から戦争が茶の間のテレビゲームと化してしまった。それが人間の痛みと苦しみへの想像力を摘んでしまう。今度は戦争報道がさらにゲーム化してしまうのではないか――。
この大学も2人の学者も米国ではリベラルの部類に属する。一般大衆のイラク戦争観とは必ずしも同じではないかも知れない。その日の地元紙アクロン・ビーコン・ジャーナルにこんな読者の手紙が2通、載っていた。
「私は高校3年生です。空軍にこの7月から入隊します。このところ反戦有名人の政府批判ばかり聞かされますが、好き勝手なことを言えるこの自由は誰のおかげで享受できるのか彼らは考えたことがあるのでしょうか。恥を知れ、と言いたい」
「いまの米国は、ブッシュの、ブッシュによる、ブッシュのためのテキサス合衆国なのか。ブッシュに対する批判は許されないのですか。批判すると非愛国的とのレッテルを張られてしまう。この国にはもはや異論を言う権利はないのか」
帰路、G教授が空港まで送ってくれた。ニューヨーク、シカゴと回ってきたが、イラク戦争に賛成という米国人に会ったためしがない。しかし、世論調査では過半数が賛成と答えている。どういう風に考えたらいいのだろうか、と私は聞いた。
「実際はもっと割れていると思う。湾岸戦争の時も戦争に突入した時は、賛否半々でした。しかし、いったん戦争になると80〜90%の国民が支持しました。兵士を戦場に送っている時、反戦を言うのは後ろから撃つようなものだ、という気持ちが働くのでしょう」
米国はすでにそうした空気になっているのか。いや、そのようにブッシュ大統領にさせられているのか。
「もちろん戦争を強く支持している人々もいます。彼らはこの戦争を自らの信念・信仰を守る戦いと思っているのです」
それから、教授はつけ加えた。「出迎えの時、空港で同僚とこの問題を話しましたよね。あの時、周りの何人かが敵意に満ちた目で私たちをにらみつけているのに気がつきましたか?」
善と悪の戦い、抽象をめぐる覇権闘争へと米国は再び突き動かされているようである。
クリーブランドからボストンへ飛んだ。
窓の下に目をやると、白い大地が延々と続き、ハイウエーだけが黒い縞(しま)模様を刻んでいる。一瞬、シベリアの上空を飛んでいるような蒼(あお)い寒さを感じた。
(本社コラムニスト yfunabashi@clubAA.com)
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