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私はこう考える【イラク戦争について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002/11/12 朝日新聞朝刊
「終わりなき戦争」今も 米、開戦へ準備着々 検証・イラク危機
 
 イラクによる大量破壊兵器開発・保持を非難し続けてきた米英両国の新たな査察要求決議が、国連安全保障理事会で採択された。米英は武力行使への動きを強めつつあるが、湾岸戦争以後も空爆は続いてきたというのがイラクの人々の実感だ。終わりなき「対イラク戦争」の内実を検証した。
■恐れ・怒り交錯 誤爆跡
 米国は、サダム・フセイン政権打倒をめざすという。しかし、湾岸戦争以後、繰り返されたイラクへの攻撃で犠牲になってきたのは政権ではなく、ごく普通の人々だった。イラクにも多くの「グラウンド・ゼロ」はある。11年余りの空爆の跡を歩いた。
(バグダッド=川上泰徳)
◆心に後遺症
 バグダッド郊外の住宅地に「アメリア・シェルター」はある。湾岸戦争中の91年2月13日未明、2発の爆弾がシェルター中心部に投下され、厚さ2メートルのコンクリートの屋根を貫通した。避難していた394人が死亡した。当時、軍事施設に対する「ピンポイント」を強調した米軍に、大きな疑問を突きつけた誤爆だった。
 爆風でシェルターの外に放り出されるなどして14人が奇跡的に助かった。生存者の1人アフマド・ディーアさん(27)は、高校1年生だった。毎夜、爆撃を怖がった1歳上の姉を連れてシェルターに入った。女性と子供が奥に、老人や少年はシェルター入り口付近に固まっていた。
 爆弾投下時には寝ていた。目覚めたら炎に包まれていた。ディーアさんは傍らの男の子2人を抱えて、外に飛び出した。いまも腕にやけどの跡が残る。翌日、両親が姉の遺体を捜したが、見つからなかった。
 この11年間、心の傷に悩まされてきた。「攻撃のことを考え始めると、止まらなくなり、眠ることも出来なくなる」
 米国によるバグダッドへの空爆は、湾岸戦争のあと、92年、93年、96年、98年と繰り返された。今年も9月下旬にイラク南部のバスラ空港が空爆され、市民にも負傷者が出た。バグダッドでは、外国の記者に声を潜めて、「米国はいつ攻撃するのか」と聞く人もいた。「最終戦が来るのでは」との不安は広がる。ディーアさんにとってもつらい日々だ。それでも、「我々は最後まで戦う」と、言葉を返してきた。
 いま、シェルターは悲劇を伝えるメモリアルになった。真っ黒焦げのコンクリート壁に亡くなった人々の写真が並ぶ。ディーアさんを紹介してくれたシェルターの所長インティサル・アルサーマリさんは、「生存者たちはつらい思いをこらえて体験を語ってきた。しかし、攻撃は繰り返された。彼らには何のために証言するのかという思いが募っている」と語った。
◆医師の嘆息
 米軍が湾岸戦争後、最大の攻撃となった「砂漠のキツネ作戦」を展開した98年12月には4日間にわたって爆撃機や巡航ミサイルなどで、軍情報機関や防空施設などを波状攻撃した。米国は「民間人は攻撃してない」と強調した。しかし、巡航ミサイルの1発が、バグダッド市内で政府系の病院が集まるサダム・メディカルシティーから数十メートルの場所に着弾した。
 その時、ハズラジュ・アブドルハミード医師(29)は病院の9階にいた。激しい着弾音とともに病院の窓はすべて破壊され、電気が消えた。「病院の中はパニックになった。生命維持装置をつけていた患者も数人いたが、助けるすべはなかった」
 彼は米軍が意図的に医療施設を狙ったと信じている。「米国は湾岸戦争後、イラク民衆を窒息させる政策をとり続けてきた。病院を狙ったのは、『どこも安全な場所はないぞ』という脅しをかけるためだ」
◆画家“殉教”
 目標はフセイン政権打倒と米国は強調する。だが、民間人の犠牲のない戦争などあったろうか。93年の空爆ではバグダッドの住宅地マンスール地区にトマホークミサイルが着弾し、イラクを代表する女性画家だったライラ・アッタールさんとその夫ら3人が死亡、娘も数日後に死んだ。
 庭付きの住宅が並ぶ閑静な住宅地の中でアッタールさんが死んだ場所は、9年過ぎたいまも更地のままだ。「衝撃で車庫に入れていた車が2階の屋根まで跳ね上がっていた」と、隣の住民が爆発の威力を語った。
 アッタールさんの作品をバグダッド市内のサダム芸術センターの一室で見た。墨絵のような暗い樹木の根元にうつぶせになった裸婦の白い背中が浮き上がる幻想的な絵だ。「アッタールはいつも人間の魂の深いものを表現しようした」と学芸員が説明した。部屋の入り口に飾られたアッタールさんの年譜には、名前の前に「殉教者」と記されていた。
○出動25万回、破壊次々 100機で拠点攻撃も 監視飛行
 忘れられた戦争――。イラク北部と南部で続く米英軍の監視飛行は、こう呼ばれる。「監視」の名のもとに、地上の軍事行動や対空砲火に応じてイラク側のレーダー、防空施設などを攻撃・破壊しているからだ。監視飛行は今や、対イラク戦に備えた露払いと心理的圧迫を加える作戦の様相を呈している。
 監視飛行はもともと、北部のクルド人と南部のシーア派を保護するため、多国籍軍がイラク北部と南部に一方的に設けた飛行禁止空域を、イラク側に順守させるために始まった。トルコ東部のインジルリク空軍基地やアラビア海に浮かぶ空母などを発進した米英軍機が任にあたる。米誌の報道では、湾岸戦争直後に開始してから今年9月までに、両地域への出動は合計25万回を超える。
 軍事機密情報を独自調査し、公開することで知られる全米科学者連盟(FAS)の統計では、「砂漠のキツネ」作戦があった98年12月以後、イラク側からのレーダー照射や攻撃は、南北それぞれ週平均で2回程度、米英軍側の反撃は週1回のペースで続いている。タイム誌によると、撃墜されたパイロットはいないという。
 理由の一つは、英米機がイラク対空砲の射程を超えた高度6100メートルを飛ぶことにある。もう一つの理由は、イラク側がレーダー誘導弾などの高度な兵器を使用しないことだ。米空軍パイロットの1人はラジオのインタビューに、「イラクの対空砲火は綿の花みたいな煙がポンポン上がるだけ。第2次世界大戦みたいだ」と答えている。
 そんな雰囲気も、ここ数カ月は変化している。
 米軍は、11月10日の空爆は米英軍による今年56回目の攻撃だったと発表した。米英軍の動向を分析している軍事問題研究所グローバル・セキュリティーによると、大規模な空爆は今年6月まで5回以下だったが、8月は8回、9月は10回、10月は8回と、ここ数カ月で急激に増えている。
 特に8月末から9月にかけての連続空爆の際にはバスラのレーダー施設などのほか、イスラエル向けのスカッドミサイルが配備されているといわれる中西部の軍事拠点H3など空域外の施設も空爆、壊滅状態にしたとされる。
 米軍当局は否定したが、この作戦には監視飛行に従事する全航空勢力に匹敵する100機が動員され、英紙デーリー・テレグラフは、「砂漠のキツネ」以来の大規模な作戦だった、としている。
 米軍は「市民の犠牲を最小限に抑える努力をしている」という。しかし、FASによれば99年1月から00年4月までに175人の市民が死亡し、500人がけがをした、という報告がある。
(小倉いづみ)
○フセイン政権、確証欠くアルカイダ同盟説 米「両者接触」と公言
 昨年の米同時多発テロ直後、「米国は自らまいた種を刈り取っているのだ」とサダム・フセイン大統領は述べた。湾岸戦争やイラク制裁を「米国の犯罪」と非難するオサマ・ビンラディン氏率いるテロ組織アルカイダとイラクが反米同盟を組むという可能性は、もっともらしい。だが、情報を分析すると、むしろ敵対的ではないかとも思える構図が浮かび上がる。
 同時多発テロからまもなく、リーダー格のモハメド・アタ容疑者をめぐり「在チェコ大使館勤務のイラク諜報(ちょうほう)部員と、プラハで01年4月に会っていた」としたチェコの情報が浮上した。当時のチェコ首相や内相も、これを確認。テロへのイラク関与を示す有力な証拠とみられた。
 ところが、チェコ紙ムラダー・フロンタ・ドネスによると、プラハ在住でよく似た顔立ちのパキスタン人をアタ容疑者と見間違えた情報提供者による不確かな証言だったという。出入国記録でも、アタ容疑者は01年4月には米国に滞在中で、外に出た痕跡はない。
 今年10月、「ハベル・チェコ大統領が『2者の面会を裏付ける証拠はなかった』と米政府に伝えた」とニューヨーク・タイムズ紙が報じた。
 アラブ民族主義と社会主義を掲げるバース党を率いるフセイン大統領からみれば、イスラム原理主義は自らの独裁権力を揺るがしかねない。実際に80年、イランのイスラム革命輸出を恐れて、南部シーア派の宗教指導者を処刑した。イラクは、アラブ世界でもイスラム原理主義が力を持たない国といえる。
 一方、ビンラディン氏の母国サウジアラビア情報機関の前トップで、その素顔を知るトルキ・ファイサル王子は昨年11月、ニューヨーク・タイムズ紙に「ビンラディンはフセインを背教者、同じイスラム教徒の名に値しない者とみなしていた」と述べている。
 90年のイラクによるクウェート侵攻前夜、ビンラディン氏はその危険をサウジ国内で説き、実際に侵攻が始まると、自ら対イラク義勇軍を編成しようとしたとされる。
 こうした両者の関係にもかかわらず、米政権はこの秋も、「イラクとアルカイダは幹部同士の接触がある。イラクはアルカイダ構成員に爆弾製造や毒ガスの訓練をした」(ブッシュ大統領)と、両者の協力が証明されたかのような発言を繰り返している。
 ラムズフェルド国防長官は「アルカイダ組織の構成員がイラク国内にいる」と何度も述べている。だが実は、このグループはフセイン大統領の支配権が及ばない北部のクルド人地域を拠点としているとされ、イラクとの関係を非難するにはあまりに薄弱だ。
 明確な証拠を示さないまま、「イラクとアルカイダの同盟」という説は繰り返し流されてきた。対テロ戦争と、大量破壊兵器の査察、フセイン政権打倒がどうつながるのか。答えのないまま、イラク攻撃は当然との印象だけが世界に広まった。ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン上級研究員は「ブッシュ政権は国民を意図的に誤情報に導こうとしている」と警告している。
(梅原季哉)
○謎めく大統領施設 「兵器開発」証言も 査察の焦点
 イラク国内8カ所の大統領関連施設。ここに大量破壊兵器やミサイルを隠している疑いが強いと米国は主張する。そのひとつ、首都バグダッド西部にある「ラドワニヤ」は、東京都渋谷区とほぼ同じ面積の敷地に、きらびやかな宮殿から高層ビル、果ては倉庫や監獄まで並ぶ。国連査察が中断された98年以降に相次いで拡充され、今や150棟以上の建物が散在する。
 大統領関連施設は深いベールに包まれる。湾岸戦争直後、国連はイラクに対し、大量破壊兵器の査察について「全面的で最終的、完全な開示」を求めた。イラクは査察を受け入れたものの、実態と違う申告を繰り返したり、兵器や施設、書類などを隠したりして査察を妨げてきた。97年ごろから、大統領関連施設に対して「大統領と主権にかかわる施設」として査察立ち入りを拒み始めた。
 国連とイラクは「大統領関連施設への査察は国連事務総長の指名した外交官が立ち会い、特別に選ばれた要員で実施する」との覚書を結んだが、査察は行き詰まり、98年12月の米英軍の爆撃以降再開されていない。
 しかし、大統領関連施設に兵器が隠されていると確信するだけの物証も示されていないのが実情だ。91年から98年12月まで査察を続けた国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)で主任査察官を務めたスコット・リッター元米海兵隊大尉は9月、イラク国会で演説し、「91〜98年の査察で大量破壊兵器の大半が廃棄された」と述べた。
 99年12月の国連決議で組織変更された国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長も「核兵器を開発していることを示す証拠はないが、実際に査察が再開されるまで確信は持てない」という。
 ただ、大量破壊兵器を隠していないということがはっきりしたわけではない。バグダッドの兵器工場などで働いていた元技術者の男性は昨年末、ニューヨーク・タイムズに「大統領関連施設は、大量破壊兵器開発の隠匿場所だ」と証言した。
 大統領関連施設には、秘密の避難路があるとの疑いもある。フセイン大統領が自らの行動や生活についての情報を知られることを警戒することも、査察を拒む一因ともされる。
 ニューズウィーク誌によると、フセイン大統領の護衛を10年間務めたという亡命者は20カ所の大統領関連施設を知っており、多数の宮殿には複数のプールがあり、池や動物園もあった。ある宮殿の地下には冷蔵室があり、建物の地下全体を占める規模だったという。保管されていた物は分からないが、「どんな可能性もありうる」と話したという。
(塚本和人)
◇疑惑の大統領関連施設
(1) モスル<約2.2平方キロ>
湖三つ、人工の滝あり
(2) ジャバルマフル<約16平方キロ>
大統領公邸、高層ビル3棟、中層ビル5棟、別荘や事務所など75棟、倉庫5棟など90棟の建物が並ぶ
(写真=AP)
(3) ティクリート<約4平方キロ>
フセイン大統領の故郷。30棟以上の大邸宅が並ぶ
(4) タルタル<約6.5平方キロ>
(写真=全米科学者連盟のインターネットサイトから)
【バグダッド】
(5) 共和国宮殿<約2.7平方キロ>
フセイン大統領の執務室があり、多くの側近も働く
(写真=AP)
(6) ラドワニヤ<約15平方キロ>
フセイン大統領の公邸があるとされる。98年の査察中断後、施設が拡充され、要人用の大邸宅や宮殿など150棟以上の建物が並び、警護部隊により厳重に守られる
(7) シジュド
(国連、全米科学者連盟などの資料に基づく)
○ハイテクで圧倒か 課題は対生物・化学兵器、首都攻略
 【ワシントン=石合力】国連安保理決議が採択されたことで米政府は、イラク側の査察への対応次第で、いつでも武力行使に踏み切る構えを見せている。Xデーに向けた米側のシナリオや準備状況は、どこまで進んでいるのか。
 10日付のニューヨーク・タイムズ紙が伝えた米軍の攻撃計画によると、空爆による波状攻撃と並行して、イラク領内の北部、西部、南部に地上軍が進攻、全土を軍事占領する構えだ。第2次大戦後の日本占領をモデルに、フセイン政権幹部を戦犯として訴追、新たな民主主義国家を創設する。
 動員される兵力計20万〜25万人は、イラク陸軍約37万人に比べて少ないが、はるかに進んだハイテク兵器を持つうえ、「イラク軍は、湾岸戦争時に比べ一段と脆弱(ぜいじゃく)になっている」(マイヤーズ統合参謀本部議長)ことから圧倒するのは間違いないものとみられる。
 ただ、イラク軍が保有しているとみられる生物・化学兵器対策や首都バグダッドの攻略方法など懸念も残る。米国防総省は兵士数万人を対象に天然痘の予防注射を実施するか検討中だ。フセイン政権が首都に立てこもった場合、市街戦になることも予想される。
 報道されたシナリオを裏付けるかのように、米軍の湾岸地域の展開は、大幅に増強されつつある。米シンクタンク「グローバル・セキュリティー」のまとめでは、湾岸地域を統括する米中央軍の展開は現在、過去数年の平均の約2倍にあたる約4万8千人。占領のカギを握る地上軍は、イラク南部と国境を接するクウェートに約6千人から1万人いる。飛行禁止空域への監視飛行の出撃地トルコからも、イラク北部への地上部隊が投入される見通しだ。
 空爆の主体となるとみられるB2ステルス爆撃機の509航空団は、インド洋上の英領ディエゴガルシアに前方展開するほか、英国内からの出撃も視野に入れている。
 また、空母エイブラハム・リンカーン、同ジョージ・ワシントンを中心に中東周辺に展開している海軍は、米国からコンステレーション、ハリー・トルーマンの2空母も中東地域に向かっており、最大で4空母が集結する構えだ。
 こうした兵力を指揮、運用するとみられるのは、カタールのウデイド基地につくった新司令施設だ。フロリダ州の米中央軍司令部の機能を湾岸地域に移したもので、12月中旬に実施される大規模な演習は、実戦さながらのものとなりそうだ。
○対イラク戦費は24兆円?
 イラクへの攻撃が始まった場合、その費用はいくらになるのか。
 大統領への対イラク攻撃権限付与の審議が米議会で続いていた9月16日、ウォールストリート・ジャーナル紙は「リンゼー米大統領首席経済顧問がイラク戦費を1千億ドル(12兆円)〜2千億ドル(24兆円)と示唆」と報じた。米行政管理予算局のダニエルズ長官は「あまりにも高すぎる」と批判した。
 同月23日、民主党下院予算委が、480億〜930億ドルとする試算を発表し、「戦後復興などを含めれば2千億ドルもあり得る」とリンゼー試算を支持した。
●月額1兆円
 議論が続く中、米議会予算局は9月30日、議会の要請に応じ、直接戦費を1カ月60億ドル(7200億円)〜90億ドル(1兆円)と報告した=表。
 これを基に計算すると、戦闘3カ月、駐留3年で最大約1890億ドルとなり、リンゼー顧問の数字に近づく。
 一方、動員規模25万人で、戦闘1カ月、空爆中心の作戦として計算すると、戦費は250億ドル(駐留3カ月)〜580億ドル(同3年)。同じ1カ月でも陸戦中心なら、410億ドル(同3カ月)〜1730億ドル(同3年)と跳ね上がる。
 戦費610億ドルをかけた湾岸戦争での兵力は約50万人。検討されているイラク戦はその半分なのに戦費が高いことについて報告は、1発230万ドルのトマホークミサイルなど精密誘導爆弾の多用傾向のためと説明している。
 湾岸戦争で全体の8%以下だった精密誘導爆弾は、ユーゴ空爆で35%、アフガン空爆で56%と増えた。市民への被害を恐れる米軍の攻撃をかわすため、イラク軍は都市部に兵力を集中するといわれ、その必要性は高まるとされる。
 イラクの体制変革のためには、戦後復興も重要だ。世界銀行の指標によれば、10年分の資金として92億〜184億ドルが必要になる。
●景気に影響
 イラクは、原油確認埋蔵量で1120億バレルとサウジアラビアに次ぐ世界2位の規模を誇る。
 野村総研上級エコノミストの堀口守雄氏は、開戦で石油価格が一時的に1バレル40ドル前後まで高騰しても、戦闘が短期なら、他の産油国に余剰生産能力があるのですぐに下がるとみる。
 国際開発センターの畑中美樹エネルギー・環境室長によると、戦費2千億ドルは米国の国内総生産を最大2%押し上げる効果があり、戦闘が短期なら景気は上向く。しかし、長期化すれば消費者心理の冷え込みが長引き、景気に悪影響が出る。
●日本の負担
 湾岸戦争時の日本の戦費負担は、支出時レートで95億ドル。一方、米国の負担は最終的に21億ドルだった。米の主導で日本は再び負担を期待され、約7千億円とされる日本の対イラク債権も、戦後復興で放棄を求められる恐れがあるという。
 畑中氏は「日本は、湾岸戦争で巨額の負担をしたのに、クウェート復興事業などは米国企業に譲った。債権放棄を含め、今の日本にその余裕はない。応分の見返りを確保することも大切だ」と話している。
(吉岡一)
■米議会予算局発表のイラク戦費(単位・ドル)
  最小 最大
○直接戦費 80億(開戦1カ月目) 90億(開戦1カ月目)
  60億(2カ月目以降) 80億(2カ月目以降)
○間接戦費    
<展開> 90億 130億
<撤退> 50億 70億
<戦後駐留> 10億/月 40億/月
 
 最小は空爆中心で兵力25万人。最大は陸戦中心で37万人。直接戦費が減っているのは、開戦1カ月で精密誘導爆弾により目標の50%を破壊し、2カ月目から毎月10%ずつ破壊する前提であるため。
○不安だらけの「フセイン後」
 【カイロ=小森保良】10月の国民投票で100%の信任、と体制の盤石ぶりを誇示したフセイン大統領。一方、「フセイン後」を担う勢力として反体制派の存在が取りざたされる。だが、その実態をみると中核がなく、求心力に懸念が残る。
 「ブリュッセル会議はイラクの将来を大きく左右する重要な会議になる」。フセイン政権から事実上分離・独立しイラク北部の一部を実効支配するクルド愛国同盟(PUK)のジャラル・タラバニ議長は今月、こう力説した。
 今月中旬開催予定の会議には、PUKとともにイラク北部を支配するクルド人組織、クルド民主党(KDP)や、イスラム教シーア派の亡命者らで組織し、テヘランに拠点を置くイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)、イラク国民会議(INC)など反体制派組織の200人余りが参加する見込みだ。
 会議の主題はフセイン後の新政権樹立で、暫定政権の指導部設立についても議論する予定。連邦制の下での民主的政権の樹立について合意ができつつあるという。
 しかし、クルド人の2組織やSCIRIを除けば、反体制派組織の活動には不透明さがつきまとう。最大の組織とされるINCは反体制派の連合体で、イスラム教スンニ、シーア両派やクルド人組織などが参加、米国から資金提供も受ける。
 だが、代表のチャラビ氏は隣国ヨルダンで銀行を経営していた経済人で、政治活動は皆無。さらに、銀行経営で不正があったとしてヨルダンの裁判所から有罪判決を受けたいわく付きの人物。「反体制派ビジネスをしているだけ」と批判もある。
 また、クルド人組織とSCIRIが武装組織を抱えているのに対し、INCなどはイラク国内に足場がなく、いずれもアフガニスタンでタリバーン政権後の受け皿となった北部同盟のような役割は担えそうにない。
 反体制派が呼びかける連邦制にも疑問符が付く。連邦制はおおむねクルド人とイスラム教スンニ派、シーア派で国土を3分割することを前提としているが、イラクにはそもそも宗派を軸にした政治組織は存在しなかったとされる。不自然な形で「自治区」をつくって連邦制による分割を進めれば、国家としての求心力を弱め、混乱を招く可能性も大きい。
■狭まるイラク包囲網
○トルコ(★☆1,700人)
 インジルリク空軍基地
○トルコ(◎数百)
○空母ジョージ・ワシントンの機動部隊など(★15,000)
○サウジアラビア(★6,600)
 プリンス・スルタン空軍基地
○フロリダ州タンパから中央軍(★600〜1,000)
 空母コンステレーションの機動部隊など(★9,000)
 ペルシャ湾へ
○ジブチ(★800)
○クウェート(★6,000〜10,000)
 キャンプ・ドーハ
 アル・ジャベル空軍基地
○バーレーン(★4,200)
 米第5艦隊本部
○カタール(★3,300)
 ウデイド空軍基地
 新司令部を建設中(イラク攻撃の司令塔?)
○オマーン(★2,400、☆20,000)
 空母エイブラハム・リンカーンの機動部隊など(★15,000)
○英領ディエゴガルシア島(★1,900)
(カッコ内の数字は兵員数。★=アメリカ軍、☆=イギリス軍、◎=トルコ軍)
■米英とイラクの12年
90年 8月 イラク、クウェート侵攻
91年 1月 湾岸戦争開戦
  2月 28日、ブッシュ大統領(父)が停戦表明。湾岸戦争の終結
  3月 全国で反政府暴動発生
  4月 イラクが停戦決議受諾。多国籍軍が北部(北緯36度以北)に飛行禁止空域を設定
92年 5月 クルド自治政府成立
  8月 南部(同32度以南)に飛行禁止空域設定。米英軍が監視飛行を開始
93年 1月 イラク軍、ミサイルを南部地域に移動。多国籍軍がバグダッド周辺のミサイル基地と核施設を攻撃
  6月 ブッシュ大統領(父)の暗殺計画が発覚。米軍がバグダッドの情報省施設に巡航ミサイルを撃ち込む
96年 8月  イラク軍、クルド自治区の拠点都市・アルビルを制圧
  9月 米軍、軍事拠点を攻撃。南部飛行禁止空域を北緯33度以南に拡大
  12月 「食糧のための石油」開始。長男ウダイ氏の暗殺未遂事件
97年 10月 フセイン大統領、国連査察団を米国のスパイと非難し査察妨害。緊張高まる
  11月 大統領関連施設への査察拒否を表明
98年 10月 すべての査察を拒否
  11月 国連安保理がイラク非難。国連スタッフ引き揚げ。14日、米軍攻撃開始直後に査察再開に同意
  12月 査察団、「依然としてイラクが妨害」と非難し引き揚げ。査察体制崩壊。16日、米英軍が空爆開始(砂漠のキツネ作戦)
01年 9月 11日、米同時多発テロ
02年 1月 ブッシュ大統領(子)、演説でイラクなどを「悪の枢軸」と非難
  8月 米議会に提出した02年の国防報告に、先制攻撃の可能性明記
  9月 国連総会の一般演説で、ブッシュ大統領が単独武力攻撃も辞さない姿勢示す
  10月 2日、武力行使を容認する決議案を米英が安保理に提示。10日、米下院が大統領に対イラク武力行使容認決議を採択。11日、上院も同決議採択。15日、イラク国民投票でフセイン大統領を100%の賛成で信任
  11月 6日、米英が対イラク修正決議案を提出。8日、安保理が全会一致で採択
 
 【写真説明】
 (上)空爆、経済制裁があっても、イラクにも平穏な市民生活はある。路地裏の空き地ではサッカーボールを追う裸足の子どもたちの姿をよく見かける(下)91年の空爆時の状況を今にとどめるアメリア・シェルター。墓碑名のように、犠牲者の遺影が掲げられていた=いずれもバグダッド市内で、岩崎央撮影
 
 
 
 
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