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第8章
場面を作って行動練習をする
1. ロールプレイとは
 ロールプレイはSSTのなかでも重要な技法です。ロールプレイ/role playとは集団精神療法であるサイコドラマ(心理劇)の技法として発達してきました。ロールというのは、役割という意味の英語です。人はそれぞれ自分が身をおいている状況のなかで行動をとっています。ロールプレイは安全な「舞台」(治療的環境)の上で「所与の状況のなかの人」として行動してみることをいいます。本当の場面ではない模擬場面で行動をとるのがロールプレイです。ロールプレイを「役割演技」という人もいますが、そのまま、カタカナで使われる場合が多いようです。
 ロールプレイはいろいろな意味で非常に効果がある技法なので、いまではサイコドラマばかりでなく、入学試験面接の練習や接客・接遇の社員訓練に使われていることはご存じでしょう。洞察を促すことに大きな重点があるサイコドラマと違って、SSTはあくまでも現実的・実際的な状況での対人行動を練習する目的でロールプレイをするので、同じ技法を使っても指導の展開はサイコドラマとは違います。練習してどんな感じがしたかとか、それで気づいたことがあるという課題を発展させていくよりも、実際に行動がとれるようになるために具体的な行動への指導を展開していくのがSSTです。
 SSTでは練習したい課題が決まったら、ロールプレイという技法を使って模擬場面をつくり、実際に行動を練習する段階に入っていきます。いまでは模擬場面をシミュレーションという時もあります。
 以下、SSTでロールプレイを用いていく場合の注意点をあげておきます。
 
1)練習する同意ができたら、なるべく早く寮生本人(以下、本人という)に椅子から立ってもらい、意欲を引き出し、持続させ、場面への導入をはかります。
 
2)練習の相手役を本人に選んでもらい、場面の設定もできるだけ、本人にやってもらいます。職員が先ばしって椅子をおいてあげたりしないこと。本人は具体的な状況のイメージをもっており、たとえば、椅子をおきながらその場面を心に思い浮べながら、次第に場面への準備ができてきます。
 
3)練習に登場する相手役に選ばれた人には、職員から同意を確認して、その役にとって必要な行動を演じてもらいます。その役づくりに必要な情報を職員が本人からもらいます。たとえば、上司役になった人のために「あなたの上司はいくつ位ですか?一言でいえば、どんな感じの人ですか?」などです。
 
4)グループのメンバーが大体の状況を把握し、興味が持てるように、本人から具体的な情報をもらい、場面に現実感が盛り上がるようにします。たとえば、職場から寮の部屋に帰った場面を作る時、本人に「部屋の入り口はどちらですか」とか「今、何時ですか」「部屋に入ってきましたが、この入り口から部屋を見ると、一番あなたの目をひくものは?」などと聞いていきます。
 
5)その模擬場面が実際の場面であるように、本人が喫茶店に入った場面などでは「おいしいそうなコーヒーの匂いがしますね」などと言います。
 
6)相手役が状況と自分の役割について理解が深まるように「役割」へのウオームアップをします。その役についての説明をするのではなく、直接、その役割の人として相手に話しかける方が効果があります。「いま、あなたは一日の仕事を終えてやっと寮に帰ってきたところですね。お疲れですか?」などという具合です。大体の人は「いいえ」とか「はい」とかその役割になりきって返事をしてくれ、ロールプレイの準備ができます。
 
7)練習のポイントを明確にして、見ている人の注意をうながします。たとえば、採用面接の練習をするとき「相手の顔をしっかり見て、身を乗り出す、これが練習のポイントですね」と言ったり、本人に「この練習のポイントは何ですか?」と聞いたりします。
 
8)ロールプレイの時間が3分以上にならぬように、要点を押さえ、簡潔に終わります。長くなると練習のポイントがぼけてしまいます。
 
9)リーダーの立つ場所に気をつけます。練習している本人がサポートを必要にするならば、すぐそばに立ちます。一人で十分できそうであれば、いいところをたくさん誉めてあげやすいように、つまり、正のフィードバックがしやすいように、よく観察できる場所に立ちます。
 
10)ロールプレイの最中も、必要に応じて、近くで本人を励まし、「いいですよ。続けて」などと耳元で小声でサポートすることもあります。「頭を下げて」といいながら肩に触って合図するなどの指導者の行動を「コーチング」といっています。
 
11)モデリング(行動のお手本)を惜しみなく使うこと。
 
 モデリングというのはもともと行動療法から出てきた言葉で、本人の練習したい行動のお手本をみせてあげることをさしています。お金を貸してほしいという依頼をどう断ったらいいのか、わからない、という人には、職員か別の寮生がお手本の断り方をしてみせる、これもロールプレイなのですが、本人のためのお手本としてするので、この目的のロールプレイは「モデリング」と呼ばれています。
 口で説明するよりも、目で見るとよくわかるという意味の「百聞は一見にしかず」といことわざがありますが、SSTでは見ているだけでも学習が進むというこの現象を「観察学習」と呼んでいます。実際にお手本の行動である「モデリング」は職員がする場合が多いので、いいモデリングをするために、職員はいつも効果的な対人行動について勉強していることが必要です。
 
12)必要に応じて、本人に言い方を耳もとでささやきます。
 
 これを「プロンプティング」といいます。これはお芝居の途中でせりふを忘れた俳優さんにそっとせりふを教えるように、モデリングで見た言い方を忘れた本人に耳元で言葉をささやく行動を指しています。たとえば、「すみませんでした」という言葉を忘れていれば本人の近くで、小声で「すみませんでした」とささやいて指導するのです。
 
13)ユーモアを用い、リラックスした雰囲気で楽しく行ないます。
 
14)グループメンバーの興味をひきつけるように、ロールプレイの途中でもグループ全体にも話し掛けます。
 
 「さあ、○○さんがいま、お客さんに謝りにいきます」など
 
15)本人が緊張していれば、椅子に座ったままでロールプレイをしてもいいです。
 
16)本人が緊張していれば、自分の役を誰か別の人にやってもらうこともできます。
 
 「誰かに君の役をやってもらいましょうか?君はそのまま、この席で見ていて下さい」など
 
17)相手役に感謝し、必要に応じ、演じた役割の解除をすること
 
 「○○さんの名係長のおかげでいい練習になりましたね。○○さん、有難う」など
 
 役割解除とはその役割から、もとの自分に帰ってもらうことで、「Yさん役でなくて、もとの○○さんにもどりましたね?」などといいます。いやな相手役、たとえば金の無心をする役をした人などには、特に注意して役割解除をしてあげます。







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