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第2章
SSTを担当する職員に必要な信頼関係
1. 信頼関係を作る
 信頼関係は寮生と職員の間にかけられる橋のようなものです。どんなにすぐれた援助でも、橋がなければ当事者に近づいて、援助を手渡すことができません。どうすれば信頼関係ができるのかという切実な問いに答えるには何冊もの本が必要かもしれませんし、100%成功する答えはないのではないかとも言えます。しかし、SSTが成功するには、信頼関係が不可欠です。
 
 信頼関係を作り、深めるポイントを書いてみました。
 
1)寮生に対して「この寮でちょっと、ゆっくりしようよ」とか「これから頑張れよ」という、自分の暖かい気持ちを日常の接触で伝え続け、援助関係(ラポール)を作っていきます。
 
例:笑顔、寮生の話を聴く態度、ちょっとしたねぎらいの言葉かけを惜しみません
 
2)寮生のいいところ、出来ているところを機会ある毎に伝えます。
 
例:「食堂、きれいになったね」「ごみの分別、よくやってくれて助かりますよ」
おせじではなく、具体的に観察したことを伝えます。
 
3)寮生の訴えにはできる限り、迅速に対処します。すぐできない時は、いつ出来るかを伝えます。
 
 信頼関係は寮生との具体的なやりとりの中で育ってきます。SSTを始めるまでに行なう面接で、次のようなことを心がけます。
 
1)共同作業になるように参加を促す
 面接のやりとりの中で、可能なかぎり寮生自身にも参加してもらいます。私たちの日常の仕事の本質は「本人が自分でやれるように助ける」ところにあります。ですから、いつも職員と寮生との共同作業になるように寮生の発言も促します。職員がやれば早くすむかもしれませんが、答えをすぐ教えるよりは「答えの出し方」を一緒に考えていくほうが、寮生の今後のためになります。
 
2)寮生の話を明確にする(明確化)
 寮生が漠然とした表現をするとき、何か言いたいことがあるのだと受けとめます。
 抽象的な表現をする寮生はこちらが聞く態度があるかどうかを窺っているかも知れませんし、自分でもどう説明したらいいのか迷っているのかもしれません。漠然とした表現が具体的になるように、明確化をはかる質問をしながら、寮生の言いたいことを一緒に整理していきます。
 
例:「世の中きびしいですね」「何かあったの?」「仕事先で頭にきちゃって」「嫌なことがあったのかな?」「ええ、実は一昨日なんですが・・・」
 
3)情報を整理し、組み立てる
 寮生の話を聞きながら、いろいろな情報を頭のなかで、組み立てていくことが大事です。寮生との面接は「目的のある会話」だといえます。私たちは寮生の話を聞きながら問題をおこしている重要な事柄は何か、解決にむけて着手できるものは何か、本人はどのくらい自分で動けるのか、活用できる制度やサービスは何か、協力してくれる人は誰か、問題はどのくらい緊急なのかなど、いろいろ考えながら、情報を組み立てていきます。
 
4)本人の気持ちや考えの言語化を助ける
 微妙な気持ちの問題はすぐ口に出して言えないものです。寮生の気持ちに共感しながら、その気持ちを相手の代わりに言葉にだして伝えます。ときには体で表現して見ます。
 
例:「それじゃあ、いまの時点で、勤め先に、いままでのことを話したほうがいいのか、それとも、もう少し待ったほうがいいのか、迷っている、っていうことですかね?」「はい」「そう、難しいね。迷ってしまいますよね」
 
例:「それじゃあ、こんな気持ちかな(職員は床に蹲って手で頭をかかえる姿勢を見せる)「そう、そんな、すごく小さくなる気持ちです」(と、寮生はわかってもらった、と嬉しいかも知れません)
 
5)問題を細分化する
 寮生の当面する大きな問題を解決可能な小さな問題に細分化し、順番に取り組んでいけるように整理します。
 
例:「大きな問題のように思えるけれど、一つひとつ考えたら、どこから解決に手をつけたらいいのか、わかってくるかも知れないよ。ちょっとまず整理してみようよ」
 その結果の整理で以下のような取り組みの目標がはっきりしてきた例があります。
 
 面接で細分化する作業を職員と寮生ができたので、次のように問題が整理され目標が立ちました。
(1)寮生活に慣れ、寮のなかの当番などの責任を果たすことで将来の社会生活の準備をする。
(2)養護施設にいる子供さんとの関係を徐々に深めていくために、週に2回は電話をしたり、2週間に1回は面会にいってもいいかどうか、養護施設の先生に電話をして聞いてみる。
(3)仕事を見つけるために、明後日、職安に行く。ほかの寮生に職安での体験を聞く。
(4)毎週1回は職員と面接して、その次の目標をたてていく。
これらのすべての項目にSSTの練習が考えられます。
 
6)解決のための選択肢をあげる
 問題解決のために複数の解決案(解決の選択肢)を一緒にあげてみます。
 その一つひとつのよいところ、問題点を一緒に検討する問題解決技法を使ってみます。どの解決案を実行するかは本人が決めます。問題解決法についてはこちらにくわしく説明してあります。
 
7)目標をたてる
 寮生と一緒に当面の取り組みの目標をはっきりさせ、そのためにまず、何から手をつけるのか、具体的な行動計画をたてます。きめたことについて、寮生自身の意見や気持ちを話してもらいます。その行動計画のなかに、個人SSTやグループSSTが適切であれば、組み込みます。
 
8)実行を支援する
 問題解決に対して、寮生が持っている長所、力、積極的な面を口に出して述べ、職員の期待を伝えます。
 本人のできないところに着目しがちですが、全力をあげてできているところ、長所を探し、それを具体的に伝えます。「ほめ言葉の花束」を参考にして下さい。
 
9)寮生のフィードバックをもらう
 援助過程のすべての段階で寮生のフィードバックをもらいます。フィードバックとは行なったことについての意見、感情などを伝えてもらうことです。積極的にフィードバックをもらう態度を「開かれた態度」とよんでいます。このような態度はSSTにぴったりですね。
 
 効果的なコミュニケーションの仕方がある一方、寮生との信頼関係を損ねるコミュニケーションの仕方もあります。コミュニケーション研究の知見を参考にしながら、以下に「逆機能的コミュニケーション」つまり、信頼関係を損ねるようなコミュニケーションの取り方の特色をあげてみます。知らずしらずのうちに自分のコミュニケーション・パターンになっている項目もあれば、ストレスがかかると、ついこのような反応をとってしまうという項目もあるかも知れません。参考にしてみましょう。
 
逆機能的コミュニケーション
 
1. 相手の気持ちを確かめずに指示する
例:「協力雇用主のAさんにお願いしてあるから、早速、明日からでも働きに出なさい」
「更生保護施設に帰ってきたことをご両親に伝えてあげなさい」
「それでは、明日、一緒に職安に仕事を探しに行こう」
「預金通帳も印鑑もいっさい預けてもらいます」
 
2. 脅かすようなことをいい不安を持たせる
例:「何かあったら、すぐ、観察所に言うからね」
「こんな生活をしているなら、観察所に仮出獄を取り消してもらうぞ」
「寮則も守れないようなら、ここを出て行ってもらうしかないなあ」
「1ケ月以内に仕事を決められなかったら、その時点で出ていってもらうから」
 
3. すぐ相手の発言を批判し、権威的にいう
例:「なに言っていってるんだ。そんなに世の中、甘くはないんだよ!」
「いいかね、私が面倒見てるんだからね。言い分は認めないよ」
(被害弁償に積極的でない寮生に対して)
「言い訳するんじゃないよ。もう一回、遵守事項を言い渡すよ・・・」
「そうじゃなくて・・・」と相手の話をすぐ、さえぎる。
 
4. 事実を確かめる前に非難したり、説教する
例:「大体、君たち寮生は・・・」
(職場にかつての不良仲間がいて対応に困って出足が鈍っている寮生に対し、やみくもに)
「さぼっていないで、早く仕事に行きなさい」
(気分の悪くなった同僚に付き添っていったために遅く帰った寮生に理由も聞かず)
「門限を忘れちゃあ、困るね。今、何時だと思ってるの!」
(相談にきた寮生に、何の相談か、確かめる前に)
「仕事のことか?仕事はみんな、きついんだよ。心がまえを作らなくちゃ」と仕事についての心構えを話し出す。
 
5. 相手の気持ちを汲み取る前に、一方的に自分の立場を主張する
例:「今月もまた、無職ですと観察所に報告することになるな」
「私の言うことは全部、寮の規則だからね」
「入りたい人がいっぱい待っているんだからね」
 
6. 自分の感情がおさまらないので、冷たい結論を告げる
例:「君が何をいっても納得しないからね」
「こんな生活じゃ(仮出獄が)取り消されるのも時間の問題だな」
 
7. 人格を損ねるようなおだてかたをしたり、はずかしめたりする
例:「懲役根性丸出しじゃないか」
「君の字は達筆すぎて読めないよ」
「いやあ大したもんだ。君がそんな立派な意見を持っているなんてね」
「君にしては上出来だ。以前ならすぐに悪いことをしてただろうに」
 
8. 見通しもないのに、よい結果を保証する
例:「そのうち、仕事も何とかなると思うよ」
(退所を命じた寮生に対し)
「別の施設に移れるようにしてやるよ」
「今後二度としませんといったら、社長もきっと許してくれるだろう」
 
9. 相手の発言が聞こえないふりをしたり、無視する
例:「今、忙しいから!」といったまま、そのまま無視を続ける。
 
10. ただ話を聞いているだけで、何の具体案も出さない
例:「ふ〜ん。」(うなずくだけ)
「へえ〜。そうか。困ったねえ」
 
11. すぐに相手の沈黙をやぶって、話題を変えたり、自分の話をしたりする
例:「まあさ。それはそれとして。実は、私は昨日、久しぶりに釣りに行ってね」と重たい話に職員自身が耐えられないので話題を変えてしまい、寮生の問題解決を助けることができない。
 
12. 寮生の勢いに押されて、自分の意見は一切いわない
例:(寮生が不当な理由で攻撃的な発言をしている時、ただ寮生の暴言に耐えているだけで)「わかった、わかった」「落ち着いて、落ち着いて」と繰り返すだけ。







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