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5.6 シミュレータスタディによる基準案の検討
 IMO操縦性暫定基準における10°/10°Z、20°/20°Z試験のオーバーシュート角に対する基準値の妥当性を評価するために、それぞれ異なる指標値を示す4隻の船を対象として、現役水先案内人の方々にシミュレータ上で操船して頂き、それぞれの船についての操縦性能に対する評価を得ることとした。
 
 シミュレータスタディの対象船は、実船試験データベースに比較的データが多いL/U=30近辺に設定し、シナリオとして利用する来島海峡の通行状況を考慮し、船長180m、船速11.29kt、L/U=31と設定した。計算対象船の船型や操縦運動性能については、SR221研究部会にて使用されたSR221 A、SR221 B、SR221 Cの3船型をベースモデルとして、4つの異なる特性をもつモデル船型を設定した。表5.2に4船型の操縦特性を示す。
 
表5.2 シミュレータスタディに用いた4船型の操縦特性
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 今回のシミュレータスタディーでは、L/U=31のみについて検討を行った。このため、ここではL/Uが30以上の基準についての考察を述べる。操縦性基準については、以下のような考えから、10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角については暫定基準通り、10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角については、L/U>30で40°以下、20°/20°Z試験の第1オーバーシュート角については暫定基準通りとの結論に至った。
 針路不安定性はスパイラル特性の不安定ループ幅と相関があるといわれている。図5.4に被験者の操船困難度の主観的評価値と不安定ループ幅の関係を示す。この関係から、操船困難度の主観的評価結果と不安定ループ幅には、相関があることがわかる。すなわち、不安定ループ幅が大きくなればなるほど、操船が困難になることがいえる。
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図5.4 不安定ループ幅と評価値の関係
 
 また、B船型は基準外にすべきであるとの被験者の意見を考慮すると、基準値は被験者の評価値で3.5以上、すなわち、不安定ループ幅が60°の船舶を排除することを念頭に設定すべきであると考えられる。
 不安定ループ幅と10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角の関係を図5.5に示す。図中の曲線は、不安定ループ幅と10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角の関係を最小二乗法を用いて近似したものである。
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図5.5 不安定ループ幅と10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角の関係
 
 不安定ループ幅が6°に対する10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角の値を求めると、10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角はおよそ20°となる。これは、現行の10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角基準値と一致する。
 10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角と不安定ループ幅の関係を図5.6に示す。A船型は10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角が極端に大きく、一方、10°/10°Z試験の第2 オーバーシュート角は現行の暫定基準を満足している船舶である。被験者の評価から、A船型を排除すべきといった結果からも、10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角の基準値を設定する際には、考慮する必要がないと考える。したがって、A船型を除いた船舶で基準値を設定する。
 A船型を除いて不安定ループ幅と第2オーバーシュート角の関係を示したものが図5.6の右図である。不安定ループ幅に対するオーバーシュート角の関係を最小二乗法で求めた直線から、10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角は不安定ループ幅に対し線形の関係があることがわかる。これから6°の不安定ループ幅に対するセカンドオーバーシュート角は40°となる。現行の10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角基準値は、この範囲をはずれているため妥当とは言えない。
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図5.6 不安定ループ幅と10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角の関係
 
 不安定ループ幅と20°/20°Z試験の第1オーバーシュート角の関係を図5.7に示す。図中の直線は、不安定ループ幅に対するオーバーシュート角の関係を最小二乗法を用いて求めたものである。この直線を用いて不安定ループ幅6°に対する20°/20°の第1オーバーシュート角の値を求めると、約25°となり、暫定基準と一致する。したがって、現行の20°/20°の第1オーバーシュート角基準値は妥当と考える。
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図5.7 不安定ループ幅と20°/20°Z試験の第1オーバーシュート角の関係
 
 図5.8は、10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角に対するのIMO操縦性暫定基準と今回のシミュレータスタディをもとに委員会で決定した基準見直し案を比較したものである。図中のプロットは日本で収集した実船試験結果(満載状態)であり、この実船試験結果の例では、今回の見直しにより基準を満足しない船は全体の約23%から約11%に減少することになる。
図5.8 現行のIMO操縦性基準との比較
 
1. IMO暫定操縦性基準の内、特にZ試験の基準値について実用的でより妥当と思われる基準案の検討を行った結果、ここに示した改定案では、3種類のオーバーシュート角の基準がほぼ同程度となって、新造船の試運転データベースに対しても、現状の基準の不具合点が解消できる。
 
2. 舵面積を種々に変え、10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角の基準を満たす船を広範囲に作り、その他のオーバーシュート角との関係についてシミュレーションにより求めた。その結果は新造船の試運転データベースの結果とも符合し、また、(1)で述べた改定案を導入する理由付けにもなると考えられる。
 
3. 船の操縦性能を種々に変えたZ試験のシミュレーション結果から、実船でZ試験を実施する際、試験開始時の船速、回頭運動、舵角のずれ、転舵するタイミングの違いといったものがZ試験のオーバーシュート角に少なからず影響を及ぼすことが明らかになった。特に舵角の小さい10°/10°Z試験のオーバーシュート角に及ぼす影響は20°/20°Z試験より大きく、これらを少なくするための試験実施解説書が必要と思われる。
 
4. L/U=31の状況でのシミュレータによる操縦性能の評価を行い、基準案について検討を行った結果、日本が今まで主張してきた10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角のみでは規制できない船(B船型)があることがわかった。このため、10°/10°Z試験の第2オーバーシュート角を基準として設定し、その値は少なくともB船型の第2オーバーシュート角の値を考慮して40°以下とすべきである。また、10°/10°Z試験の第1オーバーシュート角および20°/20°Z試験の第1オーバーシュート角については、暫定基準が妥当であることが判った。







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