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3.2 船舶運航作業と搭載機器
 こうした新規の機器が船舶に搭載されると、船舶運航作業はそうした機器を組み込んだ作業に変わることになる。ここでは船橋作業と機器の関係について作業毎に考察してみる。
(1)自船位置把握
 船舶を運航する上で自船位置を把握することは非常に重要なことである。表4は英国において調べた、船舶運航者が希望する測位システムヘの要望であり、測位システムに関する測位精度から信頼性まで、そのシステムを利用する海域毎に必要とする基準を示している。現在のGPSはこの要件を全て満たしており、GPSが搭載されている船舶にあっては、自船位置把握に問題は無いと言える。ただし、位置情報は海図情報と照合することで運航の役に立つものであり、海図情報との照合に問題がある場合は、ECDIS(Electronic Chart Display and Information System)の導入が必要となる。
 
 
図2 相手船のレーダ初期位置分布
 
 
(2)交通環境情報の収集
 遭遇する航行環境の中でも、交通環境に関する情報収集は特に重要である。現在この情報は、運航者の目視やレーダを使って収集されている。図2は練習船大成丸が日本沿岸を航行中に撮影したレーダ写真を基に、船舶と思われる映像が写真上に初めて現れた位置(ここではレーダ初認位置と呼ぶ)を、大成丸船首を基準とした半径12海里の円の中に相対位置として示したものである。ここには6,129隻の船舶が写っているが、その内の478隻(7.8%)は3海里以下で初認され、さらにその内の130隻(2.12%)は2海里以下で初認されている。図3は、AISの実験結果であり、左が陸上局と小型船(20トン)、右が汐路丸と小型船問のAISアンテナ入力レベルと距離の関係を示している。これから小型船でも実用上の通信距離はほぼ12海里あることが判明した。SOLAS条約第5章でAISの搭載が強制される300トンの船舶の場合、アンテナ高さがこの実験で使用した小型船より高くなるので、12海里以上の有効距離が期待できる。
 表5は相手船の情報を目視、ARPAそしてAISで収集した場合に収集できる情報を比較したものである。これからAISを通して得られる情報が最も多く、レーダによるものが少ないことが判る。しかしAIS情報は送信側(相手船側)に依存した情報であり、送信側でミスすると間違った情報を入手することになる。このため目視やレーダ情報によるAIS情報のチェックは不可欠である。目視情報によるチェックを自動化するには、目視情報の画像処理が必要となる。図4は、写真画像を計算機処理することにより船影部分を抽出した例である。また図5は、レーダ映像とAIS情報に基づくシンボルを重ね合わせることで2つの情報の整合性をチェックした例である。
 
 
図 3−1 陸上局のアンテナ入力
 
 
図 3−2 汐路丸のアンテナ入力
 
 
表5 収集方法と目標情報
information Eye ARPA AIS
MMSI    
Call sign & name    
IMO Number    
Length & Beam  
Type of ship  
Location of antenna    
Color    
Draught    
Hazardous cargo    
Destination & ETA  
Route plan    
Position
Position Time
COG    
SOG    
Heading
Speed Through Water  
Navigation status  
Rate of turn    
 
 
(3)行動決定
 AIS情報はレーダに比べると情報の種類が多く、その質も高い。相手船の行動変化はほぼ実時間で捉えることが出来る。こうした特性を活かせば衝突回避に非常に有効であると考えられている。しかしながらARPAでは、相手船の運動ベクトルとTCPAやDCPAを示すものが多く、これでは輻輳する海域での衝突回避支援装置としては不十分である。またPAD(衝突危険範囲)を示すARPAは、前者に比べると輻輳域での衝突回避に有効であるが、情報の誤差に対する改善が必要である。また、目視情報との照合についても改善が望まれる。図6は、相手船の航路上で、自船と衝突する可能性がある場所を示したものであり(OZT:Obstacle Zone by Target)、目視情報との照合が容易になるように表示したものである。これによりOZTの発生源である相手船とOZTの位置が容易に判り、OZTまでの距離がそのままTCPAに相当することから、衝突回避に利用しやすい特徴を持つ。また、AISは通信機能を持ち、特定の相手船とも、また全ての相手船とも交信できる。このことは、衝突回避において対象船との行動調整が可能なことを意味している。しかしこのためには、どのようなプロセスを踏んで行動を調整するか、その方法を確立する必要がある。これができればAIS搭載船の間では協調型避航が行われることになる。AIS非搭載船については海上交通センター等によるAIS情報支援も可能であり、こうした環境になれば、AIS情報を中心にした行動決定が主流になるものと思われる。
 
図4 画像処理による船影部分切り出し例
 
 
図5 AIS情報とレーダ映像の照合例
 
 
(4)航行の記録
今まで航海の様子はログブックに記録されている。しかしこの記録方法では、遭遇した航行環境とそれに対応した自船の行動を正確に記録することが出来ず、海難事故原因を追求することはできなかった。しかしこれから搭載されるVDRは、時々刻々変化する航行環境と自船の行動を記録することから、海難事故原因追及に役立つと考えられている。またVDRが多くの船舶に搭載されると、VDR搭載船付近で発生した衝突事故や違法行動の様子も記録される可能性があることから、船舶が今まで以上に注意深く航行することが期待できる。
 
(拡大画面:139KB)
図6 輻輳域(マラッカ海峡)シミュレーションにおけるOZTの例
 
 
(5)行動制御
今までのオートパイロットは船首方向を、設定した方向に保つ機能であったが、これから大型船に搭載されるトラックパイロットは、次の作業を一括して行う機能を持っている。
 
(1)自船位置測定(GPSによる測位)
(2)計画経路からの偏位を検出(ECDISによる航海計画)
(3)航路からの偏位が設定値以上であれば航路に復帰するための針路を算出(航海計画の修正)
(4)復帰のための針路とするための針路制御(オートパイロットによる制御)
これにより港から港までの航海計画に基づく行動は完全に自動化されることになる。図7はトラックパイロットによる航跡の例である。強い横風を受けているにもかかわらず、船が計画航路上を正確に移動していることが判る。
 
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図7 トラックパイロットによる航跡
 
4. 今後の船舶航行と安全
 船舶は、一度港を離れると後は何事も自力で対応することが要求されていた。しかしながら近年の通信機器の発達は、船舶の航行を陸上からサポートすることを可能にする。特にAISの出現は、船舶を情報ネットワークに組み込む可能性がある。図8はその様子を図にしたものである。こうしたネットワークが構築されると、船舶航行における安全確保もこのネットワークを十分に活用したものでなければならない。
 こうしたネットワーク下での、陸上と船舶での情報の流れを、現在の様子と比較すると、図9となる。このように陸−陸間では高速通信が可能となり、ますます大量の情報が常時流れる。また船−船間では、AIS導入に伴い情報量は格段に増加する。一方、船−陸間では衛星通信が使われるが、その伝送速度は固定であり、それほど速くは無い。海陸含めた総合的な情報処理システムを設計する場合、各ターミナル間の伝送速度と取り扱われる情報量を考慮した上で、情報処理モデルを設計する必要がある。
 
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図8 AISによるネットワーク
 
 
図9 情報の流れと情報量の変化
 
 処理すべき情報が増加すれば、情報処理過程での高速化や省力化を図る必要がある。また多くの船社はこれに加えて、SMSの実施を計画しているが、これには船−陸間通信の導入が不可欠である。このような情報処理プロセスを効率よく実行するためには、IT化を進める必要がある。船舶におけるIT化では、船舶が置かれた状況を考慮した上で、船舶に適したモデルを設計する必要がある。このためには
(1)海運を取り巻く規制を見直し、技術導入を阻害している部分があれば修正する。
(2)次に船橋作業の特徴、例えばグループでの作業やチームの切り替え(ワッチレベルの切り替え)に適したIT機器を開発する。
(3)しかし、こうした機器の導入を促すには、機器を通して得られるサービスの魅力が不可欠である。情報サービスは情報の種類と質に依存し、種類が多く質が高いほど高度のサービスが可能となる。このためには魅力ある情報を集積したデータベース、例えば海図を含む地形情報、海域特有の交通環境情報、自船の運動特性に関する情報それに過去の航海実績情報など、多種多様な航行関連情報が収集されたデータベースが揃えば、IT機器の導入は進む。
(4)またIT化を進める上で、船舶と陸上で使える通信回線の特性を考慮する必要がある。情報ネットワーク上の、どの時点でどの程度の情報処理を行うようにネットワークを構築するのが望ましいのか、考える必要がある。
 
5. 結び
 センサや通信技術の進歩により、これからますます多種多様な情報が船橋に集まる。こうした多くの情報を的確に取り扱うには、IT化の導入が不可欠である。船橋における総合的なシステムをIBSと呼ぶが、これを設計する場合に考慮しなければならない項目は、システム(機器)と人(運航者)との役割分担の明確化と、この中でシステムか人がダウンした場合のバトンタッチ(スムーズな仕事の引継ぎ)である。バトンタッチを可能にするためには、システムと人との間でのコミュニケーションを確立し、それぞれが現在どのような作業をどのように進めているか確認できるようにする必要がある。







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