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報告 VI
船橋機器の近代化と航行安全
 
VI. 船橋機器の近代化と航行安全
 
東京商船大学 教授 今津 隼馬
 
1. はじめに
 船舶運航における管理・監督責任は、環境保全や安全に対する社会的要求の高まりと共に年々重くなっている。IMO(国際海事機関)においても、そうした要望に答えるべく種々の検討がなされ、監督責任の所在を明らかにするISMコード(International Safety Management Code)、規則遵守のためのPSC制度(Port State Control)の導入を、また本年7月から適用される新SOLAS 5章による搭載機器の改訂等を行ってきた。こうした動きは船舶運航技術にも大きな影響を及ぼすものである。
 ここでは船舶運航技術、その中でも船舶搭載機器と運航技術の変化に的を絞って、SOLAS 5章改訂が船舶運航形態に及ぼす影響、さらには今後の船橋機器のあり方について考察する。
 
 
図1 船舶航行システム
 
 
2. 船舶航行における問題点
 船舶運航の目的は、物資や人を目的地まで輸送することであり、この目的のために組織されたシステムを船舶航行システムと呼ぶ。このシステムは運航する船(自船)、自船が遭遇する航行環境(その場所特有の地形環境、気象や海象等のように時間や季節等で変動する自然環境、そして人工的に作り出された交通環境の3つに分類できる)、それに自船を動かす運航者で構成されている(図1参照)。
表1 船舶航行システムにおけるニアミス原因
システム要素 % グループ % 小グループ %
運航者 37.0 航海計器 6.4 計器の故障 3.0
機器性能限界 3.4
運航者自身 16.2 指示ミス 2.1
他の仕事 3.3
他の目標 6.4
その他 4.4
共同作業者 8.3 作業怠慢 2.7
能力不足 5.6
チームワーク 6.1 指示不適切 3.2
関係不良 2.9
自船 8.6 船舶装置 7.8 装置故障 7.8
船舶性能 0.7 操縦性能 0.7
船舶構造 0.1 見張障害 0.1
航行環境 54.4 自然環境 14.2 行動影響 9.0
見張影響 5.2
地形環境 1.0 行動影響 0.7
見張影響 0.2
交通環境 39.2 行動影響 1.3
相手船 37.9
 
 船舶の運航はこの船舶航行システムの中の運航者により行われる作業である。このため運航作業の結果として発生する事故やニアミスは、その原因が運航者にあることを伺わせるが、その特質を知るには、より詳細に調べる必要がある。そこで先ずニアミスを経験した者に対して、どの様な状況でニアミスに遭遇し、その原因がどこにあると見ているのかアンケート調査を行った(RR79 平成10年度報告書)。そのうちの、ニアミス原因についての結果を表1に示す。これから、船橋の中で行われる作業の中にニアミス原因が全体の44.8%(運航者の37%と船舶装置の7.8%)あること、また航行環境、その中でも交通環境に39.2%の原因があることが判明した。しかしこれは航行システム構成要素のどこにどの程度のニアミス原因があったかを示すものである。次に、引き続きヒアリング調査を行い、船橋作業形態及びプロセスの中の、どこにどの様な原因があるのか調査した(RR79 平成10年度報告書と日本航海学会論文集第103号「船橋運航作業におけるニアミス原因」)。表2は縦軸に船橋での作業の種類、横軸に作業を分担する乗組員の職名を挙げて、大型船における船橋当直作業者とその作業分担を示している。表に示すように、船橋作業では3種類のワッチレベルを設け、遭遇する航行環境の変化に応じてワッチレベルを変えながら作業している。こうした作業形態と過程でのニアミス事例とその様子を聞き取り調査し、ニアミス原因の箇所を示したのが表3である。これから、情報の欠落、特に相手船に関する情報の欠落とチームワークの不足、それにワッチレベルの切り替え遅れが主な原因であることが判明した。
表2 船橋作業と当直体制(3種類のチーム)
情報処理プロセス WL−1   WL−2     WL−3    
当直
航海士
操舵員 船長 当直
航海士
操舵員 見張員 船長 当直
航海士
増員
航海士
操舵員



船体設備 船体・機器              
推進機器              
操舵装置              
灯火              
通信装置            
位置 現在位置            
運動 針路          
速力          
運航体制 当直体制              
支援体制 -              
地形環境 地形              
水深              
変化              
自然環境 気象          
海象          
交通環境 他船      
航路          
規則          
変化          



自船 喫水推定              
性能推定              
位置予測              
地形環境 水深予測              
自然環境 気象予測              
海象予測              
交通環境 行先予測              
行動予測              
位置予測              



地形環境 座礁予防              
自然環境 遭難予防              
交通環境 衝突回避              
航海計画立案
・修正
               
水先計画確認   -              



針路制御 針路指示              
操舵              
速力制御 速力指示              
テレグラフ              
信号通信 信号発信              
VHF等          
運航体制 切替              
 
3. 船橋機器の変化と船橋作業
 このように船舶航行における問題点の多くは船橋作業にあり、この船橋作業は、運航者と機器が一体となって遂行される作業である。船舶に搭載されるこうした機器は、SOLAS条約(1974年の海上における人命の安全のための国際条約)第5章で規定されている。またこのような機器の取り扱い等については、STCW条約(船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)により規定されている。このうちSOLAS条約第5章については、IMOでここ10年ほどかけて改定案が作られ、2002年7月から施行されることとなっている。
 
表3 船橋作業におけるニアミス原因
情報処理プロセス WL−1 WL−2 WL−3 合計
情報収集 船体設備 船体・機器   1 1 2
推進機器        
操舵装置 1     1
灯火 1     1
通信装置        
位置 現在位置     1 1
運動 針路        
速力        
運航体制 当直体制 5 2 5 12
支援体制        
地形環境 地形        
水深        
変化        
自然環境 気象        
海象        
交通環境 他船 6 3 5 14
航路        
規則        
変化 1     1
情報解析 自船 喫水推定        
性能推定     2 2
位置予測        
地形環境 水深予測        
自然環境 気象予測        
海象予測 1   1 2
交通環境 行先予測        
行動予測 6 2 3 11
位置予測        
行動決定 地形環境 座礁予防 1   2 3
自然環境 遭難予防        
交通環境 衝突回避 1 1 1 3
航海計画立案・修正 2     2
水先計画確認     2 2
行動実施 針路制御 針路指示     1 1
操舵        
速力制御 速力指示        
テレグラフ        
信号通信 信号発信        
VHF等 1     1
運航体制 切替 5 1 1 7
 
 
3.1 SOLAS条約第5章改訂による搭載機器の変化
 SOLAS条約第5章改訂では、船舶に搭載すべき航海機器の見直しが行われた。この結果、新規に搭載されることになった主な機器としては次のような機器がある。
(1) GPS受信機等:第19規則の2.1.6項において、「予定される航海を通じて常時自動的に船位を確定し、更新するのに適した全地球的衛星航法装置あるいは全地球的無線航法装置又はその他の手段」として搭載が義務づけられた。GPS受信機に対する性能基準勧告としては決議A.819(19)が、GLONASS受信機に対する性能基準勧告としては決議MSC.53(66)が、DGPS及びDGLONASS受信機に対する性能基準勧告としては決議MSC.64(67),Annex2が、GPS/GLONASS受信機に対する性能基準勧告としては決議MSC64(69),Annex1がある。
(2) 船舶自動識別装置AIS:第19規則の2.4項において、「国際航海に従事する総トン数300トン以上の全ての船舶及び国際航海に従事しない総トン数500トン以上の貨物船、及び旅客船にはAISを備える」として搭載が義務づけられた。
(3) 航海記録装置VDR:第20規則第1項において、「海難事故の調査に供するため、国際航海に従事する旅客船と3000トン以上の船舶にVDRを備える」として搭載が義務づけられた。 VDRに対する性能基準勧告としては決議A.861(20)がある。 なお、現存船に対するVDR搭載については、その性能要件も含め現在調整中である。
(4) トラックコントロールシステム:第19規則の2.8.2項において、総トン数10,000トン以上の船舶は、「船首方位又は航路を自動的に保持するためのヘディングコントロール、トラックコントロールシステム又は他の手段」として搭載が義務づけられた。 トラックコントロールシステムに対する性能基準勧告としては決議MSC.74(69),Annex2がある。
 
 
表4 運航者の測位システムに対する要望
水域 精度(許容誤差) 更新レート 利用不可時間 信頼性(年間)
オープン水域 1海里以下 1時間以内 1時間以内 99.73%以上
沿岸水域 100−300m 5分以内 1分以内 99.86%以上
  100m以下*      
アプローチ水域 10−30m 10−30秒 10秒以下 99.989%以上
  10m以下* 10秒以下*    
注:*印は高速船や漁船の要求







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