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昭和53(1978)年
3月28日〜30日 人口と開発列国国会議員(IPOP)東京会議―第1回国際会議準備会議―
テーマ
運営委員メンバー:国の選定、参加国、議事日程、予算など
開催地
東京
参加国
米、英、加、西独、インド、スリランカ、メキシコ、ブラジル、コロンビア(9ヵ国、40名)
日本からの参加者:
   
10名
     
10月16日〜17日 第2回IPOP国際会議準備委員会
テーマ
開催国、主催機関、議題などについて
開催地
チュニジア
日本からの参加者:
   
佐藤隆(衆・自)他
 
昭和54(1979)年
8月26日〜9月1日 IPOP国際会議(IPU:列国議会同盟コロンボ会議)
開催地
スリランカ
参加国
64ヵ国他
主催
国連人口活動基金(UNFPA)、共催:列国議会同盟、その他、国連各機関、IPPF等
日本からの参加者:
   
岸信介(衆・自)、佐藤隆(衆・自)、石本茂(参・自)、中村啓一(参・自)、柏原ヤス(参・公)
参加総数550名。人口問題議員グループ、結成国25ヵ国を超えるに到ったので、UNFPAに働きかけ、コロンボで開催。“コロンボ宣言”を採択。この宣言により、1981年、アフリカ、ヨーロッパ、アジアの各大陸での人口会議が開かれた。1981年7月ケニヤ・ナイロビ。10月中国・北京。12月仏・ストラスブール。1982年12月ブラジル・リオデジャネイロでの議員会議が企画された。
正規名称
International Conference of Parliamentarians on Population and Development
 
昭和55(1980)年
9月10日〜13日 資源、人口、開発に関するアセアン国会議員代表者会議
日本はオブザーバーとして参加し北京会議開催を提案。合意を取り付けた。
開催地
マレーシア・クアラルンプール
参加国
シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア(5ヵ国)
日本からの参加者:
   
佐藤隆(衆・自)、住栄作(衆・自)、井上普方(衆・社)
 
昭和56(1981)年
2月23日〜24日 人口と開発に関するアジア国会議員会議「第1回運営委員会」
テーマ
政治、イデオロギーの問題の除外について
開催地
東京
参加国
日本、中国、インド、スリランカ、マレーシア
     
3月23日 佐藤隆(衆・自)国連開発計画(UNDP)とアドバイザー契約締結
1979年8月の“コロンボ宣言”に基づく、地域IPOP会議の開催とそのフォローアップを任務とする。
     
6月19日〜20日 人口と開発に関するアジア国会議員会議「第2回運営委員会」
開催地
中国・北京市
参加国
日本、中国、インド、スリランカ他
参加機関
UNFPA
日本からの参加者:
   
佐藤隆(衆・自)、住栄作(衆・自)、土井たか子(衆・社) 他5名
     
10月27日〜30日 人口と開発に関するアジア国会議員会議(ACPPD)
テーマ
アジア地域の国会議員フオーラム設立について
開催地
中国・北京市、人民大会堂
参加者
議長:廖承志(中国全人代副委員長)、副:佐藤隆議長 他5名、司会:陳慕華(中国副総理)、起草委員:住栄作他5名
日本からの参加者:
   
団長:福田赳夫(衆・自)、団長代行:佐藤隆(衆・自)、副団長:住栄作(衆・自)、正示啓次郎(衆・自)、森喜朗(衆・自)、小泉純一郎(衆・自)、関谷勝嗣(衆・自)、桜井新(衆・自)、粟山明(衆・自)、石本茂(参・自)、田代由紀男(参・自)、扇千景=林寛子(参・自)、井上普方(衆・社)、土井たか子(衆・社)、福岡義登(衆・社)、川本敏美(衆・社)、片山甚市(参・社)、有島重武(衆・公)、柏原ヤス(参・公)、矢追秀彦(衆・公)、和田耕作(衆・民社)、柄谷道一(参・民社)、山口敏夫(衆・新自)、阿部昭吾(衆・社民連)、福田康夫氏他秘書数名、同時通訳者3名、事務局3名
 
福田赳夫 元首相に「国連平和賞」授与
 この北京会議初日(10月27日)の夜、廖承志大会議長主催の歓迎宴で、サラスUNFPA(国連人口活動基金)事務局長が発言を求め『本年度国連平和賞が、日本の元首相福田赳夫氏に授与されることが決まった。この席で手渡したい』と発表した。会場は万雷の拍手に包まれ、国連事務総長ワルトハイム氏の代理としてサラス氏が平和賞の賞状を読み上げ、福田元首相に手渡した。
 2年前、スリランカの首都コロンボで岸信介元首相が受賞したのに次いで日本人として2人目の快挙。

     
10月30日 人口と開発に関するアジア国会議員会議「第3回運営委員会」
開催地
北京会議最終日同地にて







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