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海外事務所活動レポート
全米造船会議報告
ジェトロ・ニューヨーク・センター船舶部 市川吉郎駐在員
 
 昨年12月11、12の両日、ワシントンDCにおいて全米造船会議が開催されました。この会議は、年に一度、全米の造船関係者が参集して造船や海事関係の情報を交換する貴重な場となっています。今回は主に海軍を中心とする官公庁ニーズ、米国造船業の現状と問題点、海事産業支援政策等が主要なテーマとなりました。今月は、この全米造船会議の概要について報告します。
1 海軍、その他の官公庁のニーズ
(1)海軍艦艇建造の推移と米国造船業界
 過去20年間の海軍の在籍艦艇隻数を見ると、レーガン政権の時期に当たった1987〜1989年がピークであり、550隻を超えていた。しかし、その後の冷戦終結に伴い艦艇数は急減し、1991年には500隻を、1994年には400隻を割り込んだ。ここ3年間は310隻前後で推移している。
 一方、この10年間の艦艇建造予算は、年平均74億ドルであったが、クリントン政権時代の8年間は概ね50〜80億ドルの水準であったのに対し、ブッシュ政権となってからは毎年90億ドル超が確保されており、特に2001会計年度では116億ドルに達した。
 海軍艦艇の建造を請け負える造船所の能力を見てみると、大型造船所(休止状態にあるものも含む)の数は20〜30ヵ所で推移しているが、建造設備は1982年の88基をピークとして、その後減少が続いており最近は約50基となっている。これに応じて従業員数も減少傾向にあり、大型造船所の従業員数は1977年の約12万人が2001年には約54,000人となっている。
 海軍艦艇の平均船価を見ると、多数の艦艇が竣工した年には平均船価が低下し、逆の場合には上昇するという変動はあるものの、緩やかな上昇基調にあり2009年引き渡し分まで含めた約30年間では、年平均2.5%の上昇となっている。これは、この間の経済成長率と比較して、やや低い水準であるが、生産性の向上分を考慮すれば妥当な水準といえる。
(2)必要とされる米海軍の規模と艦艇発注のペース
 米国が維持すべき海軍戦力の規模については、様々な意見や議論があり法定数等は定められていない。国防総省の公式の見解では、15個空母機動部隊と15個水陸両用部隊を基幹とする海上戦力が必要とされており、このためには少なくとも360隻の艦艇が必要とされていた。また今年、海軍作戦本部長は15隻の空母、70隻の攻撃型原子力潜水艦を始めとする375隻の艦艇が必要と証言している。
 海軍の艦艇数は、1987年が最近のピークであり594隻であったが、この年の作戦回数は11週問に1回であった。1999年には315隻に落ち込んだが、この年の作戦回数は4週間に1回割合であり、半数の艦艇で3倍の任務をこなしていることになる。このような酷使に加えて、在籍艦には老齢艦が多く、艦艇の保守費用は制御不能なまでに高騰している。
 にもかかわらず、2004会計年度における在籍数は291隻とされており、さらに予算上の制約から稼働可能な隻数は253隻に過ぎない。このまま抜本的な予算措置が執られない限り、数年後には180隻台にまで減少することは避けられない。360隻体制を維持するには年平均12隻(平均耐用年数30年)の発注が必要であるにもかかわらず、この10年間余り国防総省は年間5〜6隻しか発注しておらず、これは海軍軍縮条約が有効であった1932年のペースと等しい。
 現在の発注ペースが続くと仮定した場合、早晩、最低限である300隻体制を維持するためでさえ年間15隻の発注が必要となるが、これは財務省が賄えきれる額ではない。さらに、現在の発注ペースが続けば、民間造船所は能力を維持できなくなり、能力削減を余儀なくされるだろう。現在、米国の海軍戦力と造船能力の維持の問題は、深刻なターニング・ポイントを迎えている。
(3)戦略海上輸送司令部のニーズ
 戦略海上輸送司令部(Military Sealift Command:MSC)は、全米軍の軍需物資海上輸送を統括する司令部であり、その主な任務は以下の3つである。なお、MSCに所属する船舶は正規の海軍艦艇ではないが「補助艦艇」であり、一般商船でもない。また、MSC船舶の大半は民間人商船乗組員により運航されている。
(1)米本土と在外米軍基地、部隊等との間の海上輸送。MSCに所属する船舶で実施されるが、ジョーンズ・アクトに基づく貨物留保政策による米国籍船を利用する場合も多い。
(2)前進配備。陸海軍部隊の装備や一般軍需物資を積載したMSC船舶を、予め各方面に配備し部隊の急速展開に備えるものである。現在、地中海、インド洋、西部太平洋の各方面に約40隻が配備されている。
(3)特務艦艇の運用。海洋観測、深海底調査、ミサイル実験の追尾、潜水艦支援等のため、27隻の特務艦が運用されており、海軍のみならず他の連邦政府機関の業務も実施している。なお、これには2隻の病院船が含まれている。
 MSCの船舶については老朽化したものが多く、代替の必要に迫られている。最近では、T−AKR級と呼ばれる大型で中程度の速力(24kt)を有するRORO船を20隻調達した。この内15隻は新造であり、5隻はコンテナ船からの改造であり、1996年から2002年にかけて引き渡しを受け、2003年には最終船が配備に就くこととなっている。MSCでは、引き続きパナマックス型多目的貨物船であるT−AKE級の建造を進めている。T−AKE級は予算総額40億ドルで12隻の建造を予定しており、既に第1番船と第2番船は発注済みである。なお、T−AKE級では、一般商船と同様に全面的に船級協会の規則に従って建造することとし、コスト削減を目指している。
 しかしT−AKR級やT−AKE級によってもMSC船隊の代替は進んでおらず、船体の老朽化は止まっていない。特に特務艦については、最近代替されたのは観測艦1隻に過ぎない。しかしながら、十分な予算が確保できないのが現実である。
 
2 米国造船業界の現状と問題点
(1)外航海運業から見た米国造船業
 外航、内航を問わず米国籍船の必要性と重要性は十分認識されているが、米国籍商船は減少を続けている。2001年10月の時点で、総トン数1,000トン以上の自航可能な外洋貨物船は139隻であり、船腹量は約500万DWであった。これは1999年7月の時点と比べると、隻数で20隻、船腹量で約100万DWの減少ということになる。なお、減少分の大半はOPA90の施行に伴うタンカーの退役によるものであった。
 米国籍外航商船は、米国内で建造することが望ましいが、現実には大きな問題がある。
(1)米国造船所には適当な船価で適当な船舶を建造する能力がない。米国造船所の船価は国際価格と比べると著しく高い。米国造船所が国際市場で対等に競争できるようになるとは思えないが、その差は極力縮小するべきだ。
(2)米国造船所には、生産性を継続的に向上させるために必要な商船受注量がない。
(3)米国には有力な舶用工業メーカーが存在せず、輸入に頼らざるを得ないためコスト高となる。
(4)艦艇と商船の混合建造は非効率であり、無駄な工数をかけている。
(5)米国には品質の優れた商船を建造できる造船所がない。
 米国造船業界は、商船の建造や生産性の向上についての認識を全面的に改める必要がある。海外造船所の工数は、米国造船所に比べて遥かに小さいが、これを米国の厳格な労働安全規則で説明しようとするのは適当でない。実際の差は、安全規則の差では説明がつかない程大きい。これまでの米国造船所の生産性向上努力は、とても十分なものとは言えない。現場作業員や現場管理者に対する教育訓練も不十分である。大造船所の幹部が有名大学の講座で数百万ドルを費やしているにもかかわらず、現場従業員は満足な教育訓練を受けていない。米国造船所は生産性を向上させる努力をしなければならないし、さもなければ生き残ることはできない。
 一方、国の政策にも問題はある。これまで米国には、包括的な海事政策が存在しなかった。造船業は海事産業という社会の一員であって、造船業単独の政策や方針では意味が薄い。しかし、海事産業は様々な産業で構成されており、利害が対立することが多く、一致して行動できたことはなかった。米国籍外航商船に対する運航助成プログラム(MSP)の審議の際、造船業界は政府に対し艦艇と商船の双方を建造することを求め、海運業界は外国建造船であっても助成の対象とすることを求めた。有効で包括的な海事政策が存在すれば、このような相反する施策は防げたはずである。
 このまま推移すれば、米国の海事産業は全ての分野で衰退するばかりである。
(2)内航コンテナ船社から見た米国造船業
 米国の内航コンテナ商船隊も老齢化が進んでおり、代替の必要に迫られているが、現実には代替は進展していない。内航海運業界としては、以下のような問題があると考えている。
(1)ジョーンズ・アクトの将来が不透明である。
WTO等の場で、ジョーンズ・アクト、特に内航船に関する米国建造要件の撤廃を求められる可能性があり、船社としてはこの動向を見極めたい考えで、発注を見合わせている。
(2)米国建造船の船価が異常なまでに高い。
(3)発注に踏み切った場合、高船価、採算性、資金調達といった面での株主の反応が怖い。
(4)内航コンテナの分野でも鉄道やトラックとの競争は熾烈である。
(5)ジャスト・イン・タイムに代表されるように物流は変化しており、内航コンテナ業界もこれに対応する必要がある。
 船社としては、価格、性能ともに適正な船舶を、合理的な納期で発注したいが、米国には発注できる造船所がない。特に大型船については、2〜3のグループに限定されてしまい、競争原理すら機能していないのが現状である。
(3)ある中手造船所の取り組み
 米国の代表的な中手造船所であるVT Halter Marine社が、米国の中手造船業界における問題点を指摘し、取り組みを紹介した。VT Halter Marine社はフライド・ゴールドマン・ハルター社の中核造船所であったが、同社の倒産に伴い、最近、シンガポール企業に売却された。
 米国の造船業界は、大きく2つに分かれる。一つは、海軍艦艇を建造する大手造船所6社であり、これはノースロップ・グラマンとゼネラル・ダイナミクスの2グループに分かれている。小模な地域密着型の造船所を除けば、大手以外が中手(second tier)である。これにはハルターの外、クバナ・フィラデルフィア、アトランティック、トッド、ボリンジャー等が該当するが、海軍からの受注はほとんどなく、主な市場はジョーンズ・アクト船、オフショア関連機材、海軍以外の官公庁船であり、現在、需要は十分とは言えない。
 中手造船所が生き残るためには、安定的にジョーンズ・アクト船を受注することが肝要であるが、船価が高く船主の建造意欲を損なっている。米国で1億ドルする船の国際市場価格は5,000万ドル以下であり、来国のコストは諸外国の2倍以上ということになる。大まかに見積もれば、米国造船所のコストの内訳は、人件費30%、購買費50%、管理費その他が20%ということになる。
 船価1億ドルとすれば3,000万ドルが人件費であり、工数を半減できれば1,500万ドルのコストダウンが達成できる。人件費削減のために最も必要なことは生産性の向上であるが、これまで米国造船業界は、この方面での努力が十分でなかった。現在、NSRP ASE(海軍が助成する造船技術研究開発プログラム)で、生産性向上に関する数々のプロジェクトの研究開発が進展中であり、これに期待したい。ただし、NSRP ASEでは、設計や生産の個々のステージにおけるプロジェクトに偏っており、実際に成果を導入する際には、生産の全てのステージに対応した生産性向上計画が必要である。
 購買がコストの50%を占めているが、米国の舶用工業界とそのネットワークは弱く、適時に適切な部品を合理的な価格で調達することができない。第一に米国内で造船業界と舶用工業界との間で、良質なネットワークを構築することが必要である。第二に米国の舶用工業界も、生産性の向上、納期の厳守、製品の改良等について努力すべきだ。第三には海外からの調達を有効に活用することである。エンジン、プロベラ等の大物については、海外メーカーの方が低価格で品質も優れ、納期も確実である。
 残りの20%は管理費等であるが、労働安全規則や環境保護規則が厳しく、これに対する出費がコスト高の一因となっているのはやむを得ない。しかし、労働災害補償費がコスト高の一因となっており、これを削減するために労働災害の防止と補償費の適正な査定に努める必要がある。
(4)大手造船所の取り組み
 大手造船所の一角であるNASSCOが、BPからのダブルハル・タンカー4隻の受注を契機とした自社の生産性向上施策について紹介した。
 生産性向上は、主に生産工程の中の6分野で取り組まれた。6分野とは、鋼板加工、小組立、中組立、大型ブッロク製造工場の新設、大型クレーンの導入、そして先行艤装の拡充である。
 鋼板加工では、自動開先切断機の導入、構内クレーンの能力倍増等により手作業の削減と作業時間の低減を果たした。小組立では、長さ15.6mまでのT−Beam(ウェブにフェイスを溶接したもの)を自動で製造できるよう切断機、溶接機及びクレーンを導入し、配置したことが最も特徴的である。これにより、この部分での作業員数は131人から、一挙に15人にまで削減することができ、工数的にも80〜90%の削減を達成した。
 中組立では、従来までの最大加工能力12トンを50トンに増強するため、クレーンの新設、作業台の配置替え等を実施した。大型ブロック製造工場は、今回の施策の中心であり、最大500トンまでのブッロクを組み立てる能力を持ち、年間加工量90,000トンの処理能力を有する。工場は建屋付きであり、天候に左右されることなく作業ができるものとした。また、工場建設に伴い、従来の工場設備の再配置が必要となった結果、工場全体の生産ラインも大きく改善された。
 大型ブロックに対応するため、ドック・クレーンも増強することとし、日本から300トンのジブ・クレーン2基を購入した。この結果、総吊り上げ能力は、従来の100トンから550トンに増強され、クレーン作業の40%を削減することができた。先行艤装については、10の先行艤装作業場を確保したほか、ドック・サイドでも搭載直前まで作業可能なように設備した。
 以上の生産性向上対策には、2000〜2002年までに9,270万ドルを投じている。なお、工場全体の投資額は1億ドルを超えている。投資の結果、主要な生産現場で生産性が向上するとともに、年間90,000トンを処理するという目標も達成された。







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