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海外事務所活動レポート
米州海事情報
ジェトロ・ニューヨーク・センター船舶部 市川吉郎駐在員
 
1. クバナ・フィラデルフィア造船所の現況―実地検証―
 旧フィラデルフィア海軍工廠跡地を再開発したクバナ・フィラデルフィア造船所は、米国では唯一のヨーロッパ型の近代的な造船所と知られている。一方で、再開発に際し巨額の公的支援が投じられたり、親会社が経営危機に陥ったりと何かと話題の多い造船所でもある。今回、出張の際に同所を見学する機会があったので、現況等について簡単に報告する。
<位置>
 クバナ・フィラデルフィア造船所はフィラデルフィアのダウンタウンの南方約5マイル、デラウェア川に面して位置している。ここはフィラデルフィア海軍工廠であったが、冷戦終結に伴う海軍艦艇削減の影響を受け、1996年に工廠は廃止された。
 クバナ・フィラデルフィア造船所は旧海軍工廠の新造艦建造エリアを再開発したもので、造船所東側は鑑艇に関する技術開発と修繕を担当している海軍の機関、南側と西側は川、北側は海軍予備艦艇の泊地、という位置関係になっている。従って陸上からのアクセスは、海軍機関の敷地を通るか、北側の予備艦船泊地をまたぐ跳ね橋(1本のみ)を通るかしかなく、余り良い条件とはいえない。当然のことながら、海軍機関のセキュリティは厳重である。なお、川を挟んだ西側はフィラデルフィア国際空港になっている。
<造船設備>
 建造ドックは1基であり、有効長340m、有効幅43mであり、建造能力は約80,000総トンと推測した。この建造ドックは海軍工廠時代のドックであり、かつては戦艦ニュー・ジャージー等を送り出した由緒正しいドックである。軍艦建造用のためか深さは約15m程あり、商船建造用ドックとしては深い印象を受けた。
 ドック底には3条のレールが敷かれ、コンクリート製の盤木(船体を支える台)は、このレール上を移動して適切に配置できるようになっている。クレーンはゴライアス・クレーン(門型のクレーン)1基及びジブ・クレーン2基であり、吊り上げ能力はゴライアス・クレーン660t、ジブ・クレーン各50tである。ゴライアス・クレーンはスウェーデンのマルメ市にあったクバナ社の閉鎖された造船所から移設されたものである。なお、ジブ・クレーンは2基とも新品である。また、ドックには建屋はなく、完全に露天となっている。
 建造ドックの外に、同じ大きさの「艤装用ドック」を有している。これは軍艦建造時代の名残であり、商船建造には引き渡し前の化粧ドックとして用いられる程度と思われる。クバナ・フィラデルフィア造船所でも有効な利用方法を検討中とのことである。なお、クレーン等は設備されていない。
<工場施設>
 生産施設は3棟に分かれている。
 まず、組み立て棟(Fabrication Shops)は、床面積約40,000m2の大きな建物であり、鋼材搬入、マーキング、切断、曲げを含む加工、小組み立てから中組み立てまでを行う。中組み立て終了後のブロック重量は、概ね20〜40tであるという。マーキング、切断には自働化機械が導入されており、さらにパネルを製作する「Bulkhead Shop」には、一度に多数の形鋼と鋼板を溶接できる自動溶接機(ヨーロッパ製)も導入されている。曲げは、日本の造船所でも一般に行われているのと同様、ローラーにより曲げた後、線状加熱処理(ガス・バーナーと水により形を決める方法)している。米国の造船所は、総じて線状加熱処理を不得手としており、クバナならではの特徴といえる。
 中組み立てを終えたブロックは大組み立て棟(Grand Block Shop)に運ばれ、約200〜250t程度まで大組み立てされる。大組み立て棟の床面積は約8,000m22ある。大組み立てされたブロックは塗装棟(Paint Shop)で塗装される。塗装棟は密閉循環式となっており、外部に塗料等が放出されることはない。塗装棟では、同時に2つの大組み立てブッロクを塗装することが出来る。塗装後は、ドック脇に運ばれ、搭載を待つことになる。
 以上が、大まかな流れであるが組み立て棟、大組み立て棟、塗装棟はドックの北及び東側に固まって配置されており、鋼材やブロックの移動距離が可能な限り小さくなるよう工夫されている。なお、先行艤装は中組み立ての段階から開始され、ドック搭載前まで実施されている。
<現場の概況>
 見学時点では、当造船所第1番船となる2,600TEU型コンテナ船(長さ202m、幅32.2m、約30,000総トン)を建造中であった。この船はクバナ・フィラデルフィアが海軍工廠跡地を再開発する際に得た公的支援の見返りとして、2001年までにクバナ社が責任を持って建造することとなっていたコンテナ船2隻中の1隻であり、鋼材加工開始は18ヶ月前、ドックヘの搭載開始は9ヶ月前である。造船所の説明によれば現在の完成度は50%とのことであったが、船尾部と船体後半部が完成しているのみで、エンジン搭載やプロペラ軸芯出しはこれから、船首部のブロックは現在小組み立て中という段階であり、どう見ても40%の出来というところである。
 ドックでは数十人の作業員が作業待ちなのか、手空きのまま何もしていなかった。見学中、実際に作業に従事していたのは船尾部でグラインダーかけ等をしていた数人に過ぎない。また、日本の造船所では普通に見られる工程表や作業予定表等の掲示もなく、どのように工程を管理しているのか不思議である。なお、船尾部自体は、曲面も滑らかで綺麗に仕上がっていた。
<造船所の現状と目標>
 造船所の再開発は、ほぼ完成状態にある。クバナ・フィラデルフィアは、ジョーンズ・アクト船市場を主要マーケットにし、主にパナマックス・サイズの商船を年産5〜6隻建造することを前提に再開発された(「商船年産5〜6隻」は米国では驚異的な建造ペースである。)。造船所の基本方針は、日本や欧州の造船所と同様に「造船所は組み立てるだけ」というもので、外注できるものは全て外注しジャスト・イン・タイムに搬入させることとしている。例えば、配管もほぼ全量を外注に出しており、クバナ・フィラデルフィアの配管工は「ほんの数人」に過ぎない、という。鋼材も、契約製鉄所に下地処理を済ませたものを適時適量に搬入させているが、米国ではクバナ・フィラデルフィア以前にはこのような商習慣がほとんどなく、製鉄所を探すのに苦労した、という。
 現在の従業員は約920名であるが、来年までには1,000名以上に増やすという。なお、クバナ・フィラデルフィアは公的支援の見返りに、旧海軍工廠の職員を優先的に雇用することとしていたが、現在の従業員中、旧海軍工廠の職員は7%程度に過ぎない、という。これは、軍艦建造と商船建造では作業内容や工程管理が異なり、新しい作業に適応できなかったことが最大の理由らしい。なお、従業員の教育訓練のため、ドイツ、フィンランド及びデンマークのクバナ社から数十人の技術者が派遣され、常駐している。
 現在、建造中のコンテナ船は、船主未定のまま建造に着手したが、最近になって第2番船とともにマトソン海運で購入されることが決まった。マトソン海運は主に米国西岸とハワイ諸島間の内航輸送を行っており、このコンテナ船も同航路に投入されることになる。購入価格は明らかにされていないが、1隻約1億ドルとも言われている。
 また、クバナ・フィラデルフィアでは3番船、4番船も同型のコンテナ船を建造することを決めた。これは、同型船効果を狙いコスト・ダウンを図ると同時に訓練も兼ねることが目的であるが、船主は決まっていない。なお、これまで報じられてきた、船社2社との60型タンカー1隻及び40型タンカー2隻の建造契約は、MarAdによるTitle XI融資保証の承認の見込みが立たたないため、解消又は延期されたものと思われる。
<考察>
 造船所の規模的には、日本の中手造船所の主力工場とほぼ同様である。しかし、工場内部は閑散とした印象であり、生産性はおそろしく低いと思われる。第1番船の工期も長期に渡っているが、これには、造船所の再開発と並行して建造してきたこと、従業員の教育訓練が必要であったこと、一時旧クバナ本社の資金繰りが悪化したこと、等の要因がある。造船所では、安定して受注できるようになれば、生産性も一気に向上すると期待している。しかし、最近はMarAdが新規のTitle XI融資保証の承認を出していない。これは、昨年のACV社破綻により国庫が被る損害が確定しないためと、Title XIプログラムに対する運輸省監察局等の監査結果が出ていないことが影響していると思われる。今後融資保証が再開されたとしても、MarAdは融資保証の承認に対して極めて慎重になると思われることから、頼みのジョーンズ・アクト船市場もあまり当てにはできないだろう。安定的な受注ができなければ、クバナ・フィラデルフィアの経営は極めて厳しいものになると思われる。
 なお、建造ドックに設置されているゴライアス・クレーンは高さ約70mあるが、ドック上空はフィラデルフィア国際空港の進入路となっている。もちろん、ゴライアス・クレーンは連邦航空局の諸規定に適合しており、クバナ・フィラデルフィアもクレーン設置前に航空会社に説明し、了解を得ていた、という。しかし、最近になってある航空会社のパイロット組合からクレーンが視界の邪魔になって危険である、という苦情が出された。クバナ・フィラデルフィアでも困惑している、という。
 
2. Matson海運、クバナ・フィラデルフィア建造船2隻の買取り契約を締結
 クバナ・フィラデルフィア造船所で買手がつかないまま、建造中であった2隻のコンテナ船を1隻あたり約1億1,000万ドルで米国海運会社のMatson Navigation Companyが買収することで合意した。
 2,6000TEUのディーゼル駆動コンテナ船は、2003年、2004年に引き渡し予定であり、現在運航中の船齢30年のスチーム駆動船2隻の代替として、ハワイ航路に投入される。2億2,000万ドルの総コストのうち1億7,000万ドルはMatsconのCCF(建造資本基金)勘定の積み立て金から支出し、残りの約5,000万ドルは外部からの借入金を充てる。
 Matsonはハワイ航路を主体とする航洋内航海運会社であり、現在大型コンテナ船11隻、RO/RO船2隻を運航しているが、その半数が船齢30年近くとなっており、代替ジョーンズ・アクト船を物色中であった。現在、Matsonの最新船は1992年にNASSCOで建造されたコンテナ船R.J. Pfeifferであり、これは、当時コンテナ船としては最も高額の新造船として話題となった。
 クバナ・フィラデルフィアは誘致の際の公的資金投入の条件として、2隻のコンテナ船の建造が義務づけられていたが、クバナ本社の経営が破綻し、買手がつかないまま着工していたコンテナ船建造工事の処理が問題となっていた。Akar Maritimeにより本社の救済買収が決定した際に、Roekke会長が、一旦クバナ・フィラデルフィアを切り捨てる方針を表明したが、直後に一転して維持に方針を変えた。最近、Roekke会長は、同造船所の建造効率向上のために、さらに同型船2隻を連続建造する計画を表明している。
 この180度の方針転換の裏には、米国政府からノルウェー政府へ何らかのプレッシャーがかけられた可能性も考えられる。(なお、トム・リッジ現国土安全保障局長はフィラデルフィアヘのクバナ誘致の際にペンシルバニア州知事として、公的資金投入の決定等に深く関係している当事者である。)
 業界情報筋によれば、Matsonはかなり以前からクバナ・フィラデルフィアと売買交渉を行っていたという。当該コンテナ船にはハワイ航路の需要に合わせ、大型の冷蔵コンテナ、ドライコンテナを積載する仕様となる。しかし、同造船所のコンテナ船建造能力を疑問視する声もあり、実際に引渡しに至るかどうか、と懐疑的な見方も出ている。業界事情に詳しい筋は、連続建造の構想についても、最初の2隻を建造し、地元当局との契約上の義務を履行した後、本社はフィラデルフィア造船所を切り捨てる公算が強いと見ている。
 
712フィート(約217m)、2,600TEUのコンテナ船の完成予想図







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