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まえがき
 中小型船造船業界では、技術者の高齢化が進む中で、技術の習得に長い年月が必要とされる「現図」について、後継者の育成が焦眉の急となっており、また、コンピュータシステムの導入に当たっても、現図システムの基本を正しく理解できる技術者の保護が危惧されているのが現状であります。
 これは、造船現図が経験による熟達した技能と考えられたため、普遍的な指導書の作成が行われず、この技術の伝達が、個々に熟練者の経験に基づく手法や手順のみに依存してきたことが大きな原因の一つであると思われます。
 このため、当会では、指導講習部会に現図指導書作成部会を設置し、現図技術者を育成するための講習会用指導書原案の作成、増補改定を行っております。
 本指導書は、便覧的な従来の指導書の限界を克服して、現図の技能を体系的かつ論理的に解き明かすことを主眼とし、その原理原則を説明しているため、一見実践には迂遠にみえる体裁になっておりますが、こうした基礎的学習は、かえって応用力を高め、経験をも凌駕し、習熟期間を短縮する効果をもたらすと考えます。また、実務経験者にも新しい認識を与えることにより建造方法の進歩に大いに寄与するものと確信いたします。
 終わりに、本指導書の発刊に当たり、原案の作成編集に一方ならぬご尽力を賜りました小型造船技術講習事業現図指導書作成部会委員各位に厚くお礼を申し上げるとともに、国土交通省海事局のご指導と日本財団のご援助に対し心から感謝申し上げます。
 
平成14年4月
 
指導講習部会
部会長寳田直之助
 
1. はじめに
 中規模の造船所を訪問したとき、経営者の方から
「うちは図面なしでも船はできる」
と聞いたことがある。真意は確かめなかったが、
「手慣れた仕事をやるのだから、図面はみんなの頭の中にある」
と思われた。
 この「図面なしでも船はできる」発言を“人工物工学”の研究者に、深く考えずに紹介したら、ぜひ現場の話を聞きたいと関心を示されたことがある。“人工物工学”は、いわゆる“モノ作り”として括られる情報活動の根底を研究対象としており“設計プロセス”の意味や意義を問い直す参考に・・・というのである。
 この要望は、その後中断したままであるが、これからの造船にとっても示唆を含んでいるように思う。
 
 図面の目的はいろいろあるが、“モノ作り”に絞れば造船では伝統的に“現図が図面”だった。今この本質を考えてみよう。
 
 かつての小造船所が鋼船を作り始めた'50年代。図面はスケッチ程度のポンチ絵しかなく、造船を覚えたての素人技術者が、まずは現図場の真ん中に脚立を置き、その上に立って、船型線図を描く指揮をした。それが最初の手順で、後の船台組付けまで手順を追って同じグループが移動してゆく。よりどころはすべて現図である。
 現図場と船台の大きさは対応しており、相互の行き来は密、近接が便利とされた。
 [図面=現図]だから作業グループの連携はとれており、設計図面の必要は外向きで、客先や承認機関への最小限で足りた。ちなみに“艤装の現図”は船殻の現物であった。
 これが造船技術の原型である。
 この原型に見る「現図なしでは造船は成り立たない、図面は対外向きであればよい」本質は、今も変わらない。ブロック建造法に伴って発達してきた「詳細・工作」図は、中心をなす現図の、前後に広がった便宜的なものである。
 
 現代は現図場がコンピュータの中にある「数値現図」への過渡期にある。造船CIM:Computer Integrated Manufacturingの核となる3次元プロダクトモデルは“立体現図”と理解すればよい。
 造船工作の技術革新は、すべて現図工程に始まる。個々の造船所のあり方は、規模・設備・建造船種・作業員の資質/構成・時代・・・などの条件により千差万別であり、したがって常に最適は変化する。その変化を先導するのが現図を中心とする生産情報の仕組みである。
 だが案外にその理解・認識は浅い。はじめにあたって現図の本質につき触れてみたゆえんである。
 本書は、対象を鋼船工作に限って、その変化を先導するための現図のアウトプットを、体系だてて解説する試みである。
 在来の手作業による現図工程の中で、型・定規の作成は7〜8割の作業量を占めており、この工程の生産性を支配している。その合理化に役立てる参考とするのが本書の狙いである。
 
 また更に、ここで断っておきたいのは、先に述べた[図面=現図]の別の意味、つまりその「一致」の重要性についてである。
 図面に指示あるかぎり、「現図は図面通りとする」のが原則。記載ある限り図面優先、図面がおかしければまず図面を直す。
 源流を濁してはならない。
 
 なお文中ところどころに演習題を挿入してある。各自で考えてもらうためである。正解は、その各自の考えた行き先にある。参考のため筆者の「解」を本書末尾に収録した。
 
1.1 型・定規の機能
 現図職人は自分の手作りした型定規に、それぞれの個性溢れる字を、手早く書きなぐる。字の大きさ配置にも、それぞれの審美眼を反映させ、分かりやすく、かつ心地よい仕上がりに。あたかも職能のあかし、プライドも読み取れるように、型定規の作成自体が目的化してゆく。
 現図と罫書きを分業としてから、築かれてきた造船文化といえようか。
 だが作成された型定規は、一時的な情報媒体であって「製品」ではない。船ができた後には何も残らぬ、単なる設計・工作情報の伝達・再現手段にすぎない。そのこと、つまり型定規は「機能」であることは常時自覚しておきたい。
 だから伝達効率からは、もし可能なら、それを使う人が作るのがよいのである。他に送る手紙と自分だけのメモとを考え合わせると、その差が分かる。
 かつての船台立揃と所要現図寸法取りを同一人が行っていた鉄木工の職能、小規模造船所でのマーキン職による型取り、現代では数値現図からのアウトプットによる撓鉄職場自身での曲型作成や大組立職自身での板継仕上げマーキン定規の作成。これらの分業ナシ体制では、ひとりでに型定規の作成作業が事前検討・準備になり、作成内容は必要最小限になるはずである。ムリ・ムラ・ムダが自ずと省かれよう。







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