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4. 輸液と鎮静施行の関連性
 鎮静を必要とする苦痛症状の発現に与える輸液の影響の関連性を検討するために、対象全852症例の中から以下の定義にて症例を選択した。すなわち今回の研究においてはretrospective studyであったため前医での輸液施行状況の詳細を知ることは困難であった。そのため当ホスピスへ入院するまでに行なわれていた輸液治療の影響によるバイアスをできるだけ少なくするためと、またもし輸液を行なうことが何か苦痛症状を生じる可能性があるとすればそれは数日ではなく一定期間以上の継続した投与によるのではないかと考え、以下の定義で鎮静との関連を検討するための輸液施行者群を選択した。すなわち当ホスピス入院後において連続して21日以上の輸液を行なった者のみを(a)輸液施行者群(電解質輸液群と高カロリー輸液群に小分類)として選択し、その対照として当ホスピスで21日以上の入院期間があり、かつ輸液を全く行なわなかった者を(b)非輸液群として選択した。また最終的に持続鎮静によってのみしか苦痛を緩和しえなかった者(間欠鎮静から持続鎮静へ移行または初回より持続鎮静を行なった者)を(c)鎮静施行群、全く鎮静を必要としなかった者を(d)非鎮静群と定義して、(a)輸液施行者群と(b)非輸液群両群それぞれにおける鎮静施行の有無をみた。その内訳は(表3)のごとくである。この定義により選択された症例は190名で、(a)輸液施行者群135名(電解質輸液症例75名、高カロリー輸液症例60名)、(b)非輸液群55名であった。輸液施行者135名のうち鎮静を行なった者は72名(53.3%)、鎮静を行なわなかった者は63名(46.7%)であった。また輸液の種類別に見ると、電解質輸液施行者75名中鎮静を行なった者は32名(42.7%)、鎮静を行なわなかった者は43名(57.3%)、高カロリー輸液施行者60名では鎮静を行なった者40名(66.7%)、鎮静を行なわなかった者20名(33.3%)であった。一方非輸液群55名のうち、鎮静を必要とした者は26名(47.2%)、鎮静を必要としなかったものは29名(52.7%)であった。
 鎮静を必要とした98名のうち、輸液非施行者(26名)、電解質輸液者(32名)、高カロリー輸液者(40名)それぞれのグループにおける鎮静に至った理由を(表4)に示す。輸液施行者における鎮静の理由は不穏・せん妄が電解質輸液者で46.3%、高カロリー輸液者で33.3%と最も多く、続いて呼吸困難がそれぞれ24.3%、25.6%であった。一方、輸液非施行者における鎮静の最も多い理由は呼吸困難(65.4%)であり、続いて全身倦怠感が15.4%で、不穏・せん妄による鎮静を要したものは1例(3.8%)のみであった。
 これらの症例において、輸液施行状況別における鎮静を必要とした患者の発生数をカイ2乗検定にて検定した結果、非輸液群と高カロリー輸液群の間、および電解質輸液群と高カロリー輸液群の間の鎮静率にそれぞれ有意差を認めた。その結果以下の2点が示唆された。
(1)高カロリー輸液施行者は輸液非施行者に比して有意に鎮静を必要とする者が多かった。(p=0.0357)
(2)高カロリー輸液施行者は電解質輸液施行者に比して有意に鎮静を必要とする者が多かった。(p=0.0055)
 
IV 今後の課題
 今回の研究目的にあげた、終末期における輸液がかえって鎮静を必要とするほどの苦痛症状を増すのではないかという問題提起に対して、今回の研究から高カロリー輸液はやはり、全身倦怠感や不穏・せん妄による持続鎮静の必要性を増す可能性があることを示唆する結果を得られた。今回はretrospective studyであるためその調査において多くの制限があった。例えば輸液開始時の脱水に関連した症状の有無やその改善が輸液により見られたのか、また輸液を開始した理由やその際の輸液量や種類の決定、全身状態については診療記録からのみでは正確に知りえることが不可能であった。
 今後の課題として、輸液開始時の全身状態や苦痛症状、および輸液によりその症状が改善したか否か、また輸液量の差による鎮静との関連性なども含めて、prospective studyを行うことを考えたい。
 また鎮静を行う際には、その苦痛症状に対して行い得る治療法は他にないか、鎮静の適応は何であるかを今まで以上に厳密に評価した上で鎮静を開始するように考慮し、その上でそれまで行われた輸液と鎮静の関連性を再度考察し、今回得られた結果の再検討を行うことを考えたい。
 
V 研究の成果などの公表予定
 関連学会での口述発表、および現在英文論文を作成中であり関連学会誌へ投稿予定である。







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