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4. 本邦の末期がん患者におけるスピリチュアルペインに関する研究
淀川キリスト教病院 ホスピス・副医長 池永昌之
 
財団法人 笹川医学医療研究財団
平成14年度 終末期医療におけるQOLの向上に関する研究助成
 
本邦の末期がん患者におけるスピリチュアルペインに関する研究
研究代表者
淀川キリスト教病院ホスピス 池永昌之
共同研究者
東海大学健康科学部 村田久行
淀川キリスト教病院ホスピス 田村恵子
大阪大学大学院人間科学研究科 平井 啓
 
大阪大学大学院人間科学研究科 戸澤真澄 平井 啓
淀川キリスト教病院ホスピス 池永昌之、田村恵子
 
 近年、末期がん患者のコーピングに関する研究が多数行われている。コーピングとは、ストレス反応を軽減することを目的とした思考や行動のことである。がん患者のコーピングがQuality of Life(以下QOLと記す)あるいは抑うつ、不安などの精神医学的症状に関連していることが多数の研究によって示されている(e.g. Ferrero, Barreto, & Toledo, 1994;Thomas & Marks, 1995;Wagner, Armstrong, & Laughlin, 1995)。
 末期がん患者の対処過程に関する多くの研究はLazarus & Folkman(1984)によるストレス・コーピング理論を用いて行われてきたが、最近のさまざまな研究において肯定的な感情の重要性が示され、この理論モデルはFolkman(1997)によって改訂された。新たなモデルにおいては、高度で持続的なストレス状況において肯定的感情が生みだされる場合には、肯定的な意味が見出されていることが特徴であり、意味にもとづいたコーピング(meaning−based coping)が行われているとされている。肯定的な意味の発見と、心理的なwell−beingとの関連は多くの研究によって示されている(e.g. Edwards & Holden, 2001;Zautra, Burleson, Smith, Blalock, Wallston, DeVellis, DeVellis, & Smith, 1995)。また人生における意味の問題は、最近注目されている末期がん患者の実存的苦痛やスピリチュアリティの問題にも深く関連しているといわれている(Kissane, Clarke, & Street, 2001;森田・角田・井上・千原、 1999)。欧米の研究においてはコーピングと宗教との関連が指摘されているが(Holland, Passik, Kash, Russak, Gronert, Sison, Lederberg, Fox, & Baider, 1999)、日本においては特定の宗教を持たない人の割合が多く、独特の思考体系がみられるため(佐藤、 1997)、日本人に固有の部分を検討する必要がある。対処過程における意味づけの具体的な内容を探索的に調査することは、患者ケアの目的であるとされる病気や死の受容を考える上で有意義であると考えられる。
 
 本研究では、ストレス・コーピング理論をもとに、末期がん患者の病気への対処過程において、人生あるいは病気への意味づけに関わるコーピングの実態を明らかにすることを目的とした。
 
 2002年8月から9月にかけて、大阪府内の2つの総合病院において、外来通院中あるいは入院中の末期がん患者を対象に半構造化面接を行った。対象者の基本属性として、年齢、性別、面接実施日、職業、宗教の有無を表−1に示した。対象者は50歳から80歳(平均65.5±10.15歳)の男女計20名であった(表−1)。また、対象者の状態については、病名、治療法、入院状況、通院・入院期間・推定予後を表−2に示した。入院患者は6名、外来患者は14名であった(表−2)。
 
表−1 対象者の属性
対象者 年齢 性別 面接実施日 職業 宗教
A 80 女性 2002/8/6 なし キリスト教
B 67 男性 2002/8/6 なし なし
C 66 男性 2002/8/13 形式上あり キリスト教
D 65 女性 2002/8/13 なし キリスト教
E 80 男性 2002/8/13 なし なし
F 61 男性 2002/8/27 なし なし
G 52 男性 2002/8/28 なし なし
H 75 男性 2002/9/2 なし なし
I 51 女性 2002/9/2 なし なし
J 72 女性 2002/9/3 あり 仏教
K 70 女性 2002/9/3 なし なし
L 80 女性 2002/9/3 なし キリスト教
M 70 男性 2002/9/4 なし なし
N 61 男性 2002/9/9 なし なし
O 52 男性 2002/9/9 あり なし
P 57 男性 2002/9/10 休職中 なし
Q 79 女性 2002/9/17 なし なし
R 50 男性 2002/9/17 休職中 なし
S 61 女性 2002/9/25 なし なし
T 61 男性 2002/9/25 なし なし
 
表−2 対象者の状態
対象者 病名 治療法 入院状況 通院
入院期間
推定予後
A 直腸がん・肝臓転移 薬物療法・民間療法 外来 4ヶ月 1〜3ヶ月
B 肺がん 薬物療法 外来 1ヶ月 1〜3ヶ月
C 脳腫瘍 薬物療法 外来 5ヶ月 1〜3ヶ月
D 甲状腺がん 薬物療法 外来 6ヶ月 6ヶ月以上
E 肺がん 薬物療法・民間療法 外来 4ヶ月 数週
F 直腸がん・肺転移 薬物療法 外来 5ヶ月 1〜3ヶ月
G 直腸がん 薬物療法 入院 1ヶ月 1〜3ヶ月
H 肺がん 薬物療法・民間療法 外来 4ヶ月 1〜3ヶ月
I 乳がん・膵臓転移 薬物療法 入院 3ヶ月 数週
J 肝臓がん 薬物療法 外来 7ヶ月 4〜6ヶ月
K 乳がん・膵臓転移 薬物療法 外来 6.5ヶ月 1〜3ヶ月
L 肺がん 薬物療法 外来 2ヶ月 数週
M 前立腺がん・S状結腸穿孔性腹膜炎 薬物療法・民間療法 入院 5ヶ月 1〜3ヶ月
N 肺がん 薬物療法 入院 0.5ヶ月 1〜3ヶ月
O 悪性胸膜中皮腫 薬物療法 外来 21ヶ月 1〜3ヶ月
P 後腹膜腫瘍 薬物療法 外来 8ヶ月 4〜6ヶ月
Q 肺がん 薬物療法 外来 0.5ヶ月 数週
R 軟骨肉腫 薬物療法・民間療法 外来 11.5ヶ月 6ヶ月以上
S 子宮がん・直腸、骨盤内、肺転移 薬物療法 入院 6.5ヶ月 1〜3ヶ月
T 腎臓がん・多発性骨転移・右胸膜転移 薬物療法 入院 4ヶ月 4〜6ヶ月
 
 質問は、病気や人生への意味づけ、病気の受容に関する3つの質問を行った。所要時間は平均29.50±13.71分であった。対象者別の合計面接時間、平均時間、標準偏差、合計TU数は表−3に示した。
 
表−3 面接時間とTU数
対象者 面接時間 TUs
対象者 面接者 その他
A 23分48秒 115 53 1 169
B 24分12秒 120 79 1 200
C 27分29秒 71 57 10 138
D 43分43秒 204 129 0 333
E 41分28秒 195 142 0 337
F 34分19秒 210 171 0 381
G 22分20秒 108 92 0 200
H 51分12秒 251 102 2 355
I 65分37秒 390 124 89 603
J 27分52秒 111 19 0 130
K 16分42秒 90 81 0 171
L 22分26秒 140 101 0 241
M 23分42秒 186 50 0 236
N 30分07秒 90 60 42 192
O 17分02秒 100 58 0 158
P 17分40秒 80 62 0 142
Q 13分20秒 78 63 20 161
R 11分31秒 57 44 0 101
S 33分03秒 174 83 41 298
T 42分24秒 138 93 0 231
589.95分 2908 1663 206 4777
平均 29.50分 145.40 83.15 25.75 238.85
S.D. 13.71 78.85 37.12 30.63 118.34
 
 すべての面接過程を対象者の許可を得て録音した。録音したデータをもとに逐語録を作成し、そのすべてを語幹単位(Thematic Unit; TU)に分割した。内容分析法によって、すべてのTUがいずれかのカテゴリーに含まれるようにカテゴリーを作成し、すべてのTUを分類した。TUの分割と分類には心理学を専攻する3名の学生が独立して判定を行い、不一致の場合は議論により決定した。「心理的状態・コーピング・その他」の上位カテゴリーのもとに22のカテゴリーが同定された。そのうちコーピングのカテゴリーは[肯定的評価]・[新たな目標の設定]・[気晴らし]・[意味を見出す]・[闘志・挑戦]・[積極的受容]・[消極的受容・運命]・[消極的受容・諦観]・[否認・回避]・[問題解決]・[宗教的な思考や行動]であった。







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