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29. 高度先進医療機関(大学病院)における緩和ケア病棟の位置付けに関する研究
東京女子医科大学 在宅医療・緩和医療学・講師 有賀悦子
 
【共同研究者】
加藤 多津子(東京女子医科大学医療・病院管理学・講師)
大堀 洋子 (東京女子医科大学病院看護部・がん看護エキスパートナース)
【研究協力者】
佐藤 康仁 (東京女子医科大学衛生学公衆衛生学(二)教室)
 
I. 研究の目的・方法
1. はじめに
 医療機能分化が促進され、大学病院は急性期病院として高度先進医療を担い、療養的意味を含む緩和ケア病棟はそうした急性期病院にはそぐわないとされてきた。
 一方、医療は在院日数のさらなる短縮を求められるなど変化を生じている。これに対応するには地域医療機関との医療連携の促進や病院の中である程度の療養などのサポートができる水平統合が必要と考えられるようになってきた。大学病院では多くの悪性腫瘍患者が治療を受けている。こうした患者の療養支援として緩和ケア病棟は、在院日数の算定から除外されることや定額制であることから経営的にも組織全体の目的達成に有用とされる傾向に変容してきた。
 また、教育機関である大学病院にとってプライマリケアや緩和医療を医学生に教育する場を持つことは重要である。
 
2. 研究の目的
 本研究では、急性期病院としての役割に留まらない大学病院において、医療の変革にともない病院は緩和ケア病棟を含めどのような組織形態を持つべきか検討を行うことを目的とする。病院組織としての全体像のあり方について海外調査おこなうとともに、東京女子医科大学病院の終末期悪性腫瘍患者の現状調査、緩和ケア病棟のあり方について大学内医師、看護師全員を対象としたアンケートを行い考察していく。
 
3. 研究方法
1)大学病院における悪性腫瘍患者の看取り入院の現状
 医事課データベースを用い、悪性腫瘍または悪性新生物の診断名で検索を行った。悪性腫瘍で一回以上の入院をした患者数、そのうち死亡となった(以下、看取り)入院の在院日数、最終月の一日あたりの診療点数、年齢について各診療科別、原発臓器別に原発臓器別に集計を行った。その結果から一日あたりの悪性腫瘍の看取り目的の平均入院患者数を計算した。
2)大学病院の医療者に対する意識調査
 “大学病院の緩和ケア病棟のあり方を探る”をテーマとした、大学病院の緩和ケアを考える会世話人会では全国の80大学病院本院に施設毎医師50看護師100の調査票を配布した。東京女子医科大学病院では、このとき作成された調査票を会の了解を得た後、2001年12月から2002年1月の期間、全看護師、診療科医師(母子センター及び出張者は除く)に配布、回収した。この結果を今回、単純集計、SAS統計ソフトを用いた単変量、多変量解析を施行し、大学医療者の意識について調査した。
3)海外における高度先進医療機関における緩和ケアの現状調査
 アメリカにおける高度医療機関から地域医療機関における緩和ケアの現状を現地訪問により調査した。
 
II. 研究の内容・実施経過
1)大学病院における悪性腫瘍患者の看取り入院の現状
 研究方法に従い、データの集計、項目別統計を施行した。なお、診療科別は研究報告には内科、外科、その他の3グループにまとめた。診療点数はばらつきが大きいため最小値、最頻値、最大値、参考値として平均値を列挙した。
2)大学病院の医療者に対する意識調査
 研究方法に従い、単純集計を行った後、大学内の現状を看護師や医師とヒアリングを行い、急性期医療の患者と終末期の患者が混在することによって“ストレスや疲労が増す”とした設問と“大学病院に終末期医療を学ぶ専門病棟は必要である”の2項目に焦点をあてることとした。これらについて医師と看護師との比較、属性(経験年数、所属部署)の割合、オッズ比を用いて各質問間の関連について検討をすすめた。
3)海外における高度先進医療機関における緩和ケアの現状調査
 海外の高度先進医療を担う病院を緩和ケア病棟だけにとらわれることなく、組織体全体のあり方を研究・調査とすることを念頭に、2003年2月11日 ヘルスケア・デイメンションズ・ホスピス、ミシェル・クレム医師往診クリニック(以上ボストン)、2月13日 マウント・サイナイ病院(マンハッタン)、2月14日 モンテフィオーレ病院(ブロンクス)において視察、調査、ヒアリングを施行した。
 
III. 研究の成果
1)大学病院における悪性腫瘍患者の看取り入院の現状(表12
 悪性腫瘍患者の2001年一年間の延べ入院は全体で2188件、看取り件数は403件であった。(表1
 
(A)看取りとなった入院の平均在院日数の合計
(A)÷365日=52
 
 以上の数が得られた。よって、2001年に看取り目的で入院していた患者は平均52人/日であった。
 診療点数は平均値5000台であったが、最頻値は2000から4000点に認められた。
 救急医療系診療科での死亡退院は他の診療系に比較して看取りの割合と診療点数は高く、在院日数は短かい傾向が認められた。対象疾患が必ずしも一診療科に限定されていないため、表2に原発臓器別看取り症例としてまとめた。血液疾患は在院日数が長い傾向にあった。
 
2)大学病院医師、看護師の急性期医療のなかで終末期患者を診ることに対する意識調査
 調査票配布医師数958名、回収率34%、調査票配布看護師数1,246名、回収率86%であった。 
 表3に単純集計を示した。
 急性期と終末期患者の混在によりストレスを感じた者の特徴を検討した。(表4)看護師は経験年数が長いほど高く、混合より内科、外科の方が高かった。医師は内科で高い傾向があった。
 このことより、アンケート各設問とストレスとの関連は多変量解析を用いて、経験年数と所属部署で調整した。急性期と終末期患者の混在により“ストレスや疲労が増す”の質問との関連は, 表5に示した。「看護治療が行き届いていない」との関連はオッズ比看護師3.30、医師5.43、「終末期医療は誰かに任せてしまいたい」は看護師1.87、医師8.40であった。
 大学病院に終末期医療を学ぶ専門病棟が必要と思う者の特徴をみた。(表6)医師において所属部署の「混合」は同一診療科内においても一定していなかったため、外科と内科のみで比較したところあきらかな差がなくこのことから経験年数、所属部署で明らかな傾向は認められなかった。よって単変量解析とした。(表7)また、病棟の役割について看護師と医師とで比較した。
 
3)海外における高度先進医療機関における緩和ケアの現状調査
 米国における緩和ケアの歴史は、イギリスにおいて60年代にシシリー・ソンダース女史を中心に発足したホスピス運動が70年代に米国に上陸した頃より始まる。78年には全米ホスピス協会(NHO)発足、83年からはメデイケアにて100%カバーされるようになり、96年時点で1800のホスピス施設の内、1450施設がNHOに所属している。
 このように、日本に比して約10年も歴史が古い米国の「緩和ケア」施設訪問は、さまざまな問題点や示唆に富む有意義な成果が期待された。特に、今回の訪問の目的は、「大学病院(高度専門医療・急性期疾患・教育機関)における緩和ケア部門のあり方を模索する」という課題に特化した。
 
ヘルスケア・デイメンションズ・ホスピス
 ボストン市内より車で小一時間ほどのウオルトハムという町にある往診型ホスピスサービスセンタである。所長のエレン・ライター女史は、MBAの資格を持つ看護師である。この施設はNHOに加入しており、完治ではなく、症状軽減と精神的肉体的なサポートを目的とした自然な緩和ケアを行い、CPRや積極的な延命治療はいっさい行わない方針である。
 ホスピスチームは、主治医・ケースマネージャー・看護師・SW・在宅エイド・チャプレン・ボランテイア・癒しチーム(死後13ヶ月間の家族ケア)から構成され、在宅ケア(定期・急変時対応)のサービスと共に、契約病院への入院時ケア(ペインコントロール・対症療法・家族の休息目的)のサポートも行っている。14人の看護師が、主治医との連携を保ちながら、1日4−5人ずつの患者を訪問しているが、所長のお話によると、最も大きな問題点は、収入よりコストが高くつき、寄付集めに苦労されているという事であった。NHOに属してメデイケアを100%受ける条件は、余命6ヶ月以内・積極的な延命治療をしない・ケアの80%以上を在宅にて受ける・サポートする家族か友人がいること、と非常に厳しい。特に、ケアの大半を在宅で受けられるには、それなりの在宅療養環境が必要であるため、この点でメデイケアを受けられない患者が少なくないのが実情であった。
 因みに、NHOにてメデイケアでサービスを受けている施設は、2001年度で在宅型3100施設・入院型240施設、利用者数としては約54万人である。
 
ミシェル・クレム医師在宅往診クリニック
 同日午後からは、28歳のMGHのレジデントであるミシェル・クレム医師による、ボストン郊外のホスピス患者さんの往診に同伴した。クレム医師は、カレッジで社会学学士を取得後、放射線腫瘍学専門医を目指し、精神医学を受講しながら緩和ケアの勉強を続ける研修医である。上司・看護師と3人でチームを編成し、地元の主治医と連携を取りながら、毎週火曜に2人の患者を往診している。
 患者は、81歳の末期腎癌(骨・全身転移)の老婦人であったが、疼痛は比較的良好にコントロールされており、往診時には非常に穏やかに、海外からの来訪者をも受け入れて頂いた。そこでの会話は、「一度は市の図書館に行ってみたい」と言うような要望の成就に向けての話合いや、孫たちの自慢話、遺言をテープに取る相談等で約1時間の滞在であったが、印象的だったのは、患者とクレム医師が、目前の死をしっかりと見据えて会話をしていた点である。







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