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21. ターミナル期の患者を看取った家族の死別期の看護
山口赤十字病院 緩和ケア病棟・看護師 瀬川裕子
 
I 研究の目的・方法
1. 研究目的及び必要性
 がん患者をとりまく家族への看護が、ターミナルケアにおいて重要な意味をもつという認識が広まるにつれ、家族の研究がさかんに行われるようになった。死別後の家族への聞き取り調査やアンケート調査により、ターミナル期の患者をもつ家族への看護へのニードを明らかにしているものや患者を充分に看取ることができた家族の経過を分析して、有効だと思われる看護を探ろうとするものがある。1)3)最近では、がん終末期で症状緩和をうける患者の家族のストレス・コーピング4)や在宅ターミナルの患者を看取る家族の情緒機能に関する研究5)も報告されている。
 しかし、がん患者の家族に焦点をあてた研究は行われているが、ターミナル期の家族のニードを明らかにしようとするものや死別後の家族に焦点をあてた実態調査が多く、荒川らが、家族ダイナミックスの面から看護介入の研究報告6)をしているが、家族という集団を対象とした看護介入に関する研究は少ない。そこで本研究は、緩和ケア病棟入院中の患者を看取った家族の悲嘆反応や家族システムの変化より、予期悲嘆を支える死別期の家族への援助を明らかにすることを目的とした。
2. 研究方法
1)対象者
 緩和ケア病棟入院中の患者の配偶者(妻)5名で、研究の主旨を理解し、協力の許可が得られた者(表1参照
2)データの収集方法
 対象者に、入院中家族システムの調査紙を病室外で記入してもらった。死別1ヶ月後、研究者が自宅訪問をし、面接を実施、面接後に家族システムの調査紙の再記入をしてもらった。質問紙は、立木茂雄らにより開発された家族システム評価尺度第4版FACESKGIV−16を使用した。7)
 面接は、家族のありのままの感情を大事にするために、半構造化面接とした。面接時間は、1人1時間〜2時間程度で、面接内容はあらかじめ了解を得てテープに録音し、後に転記した。データ収集期間は平成14年6月〜9月であった。
3)分析方法
 テープより転記した個々の面接内容を、数行づつデータの意味を表す概念的ラベルをつける。(コード化)コード化した後に共通の意味をもつもの同士をカテゴリーに分類する。分類後、カテゴリー間にみられる関連を検討する。家族システムは、入院中・後の変化より、死別期の家族ケアについて検討する。
4)倫理的配慮
 対象者には、事前に研究の主旨と自由に研究の参加中止できることを説明し、協力の承諾を得られた者に対してのみ行った。また、得られた情報は本研究のみ使用し、対象者の許可なく他者や医療者には知らせないことを考慮して行った。
 
II 研究の内容・実施経過
1)抽出されたカテゴリー(表2参照
 面接内容は、1. 死別の受け止め、2. 死別に係る感情、3. 家族のケア、4. 悲嘆の癒しや克服の方法と結果、5. 受けたケアと評価、6. 現在及び今後の生活という6つのカテゴリーに分けられた。1〜6のカテゴリーは【】、コードは<>で表わす。
 【1. 死別の受け止め】は、血圧の低下や黄疸などの症状が目に見えてわかるようになったり、医師に厳しい状態であることを告げられたりする<時期>と目を閉じて息をしていないとわかったり、看護師から亡くなった状態にあることを告げられることで死別したことがわかったとする<何をもって受け止めたか>の2つのコードよりなる。死別したことを家族は、医療従事者の言動や患者自身の症状の変化より受け止めている。しかし、死別後ピンとこないという感情や臨死期のことを覚えていないケースもあった。
 【2. 死別に係る感情】は、「疲れたというよりはうつろな感じがする」「あっけなかった。」等<悲嘆・寂しさ・後悔・喪失感>と「足の痛みに休みはないからしかたない。」という<困難・あきらめ・苦労>、「幸せだった。」「何とか楽にしてあげるからといわれ。」等<希望>、「寿命だと思う。」「これで楽になったと思う。」等<受容・了解・納得>、<実感がもてない・信じられない>とどこにも入らない<その他>の6つのコードよりなる。
 全ケース共、寂しさや喪失感を感じながらも夫の死を受容していこうとする段階であった。病的悲嘆に陥っているケースはなかった。
 【3. 家族のケア】は、妻自身が行った車いすでの散歩やマッサージ、面会にきて話をするといった<直接ケア>と入院前・中の旅行や外泊時の<思い出づくり>とできるだけ一緒にいようと思った等の<その他>の3つのコードよりなる。大切な人と死別しようとしている時、それまで家族で過ごした日々が意味ある時間であったと納得している。少しでも傍にいて、話をしたり背中を擦ったりと自分のできる精一杯の看病をしたという思いともう少し何か出来なかったのかという思いがある。しかし、全ケースとも、自分なりに精一杯の看病をしたという満足感がある。
 【4. 悲嘆の癒しや克服の方法と結果】は、同じ悩みを抱えている友人との交流や他の家族の支え等<癒しや克服の方法>と「他の家族がいるから頑張れる。」等<癒しや克服の結果>の2つのコードよりなる。家族や友人の支えや買い物等でストレス・コーピングできており、周りの人に助けられているということが悲嘆の癒しや克服によい影響を与えている。
 【5. 受けたケアと評価】は、おしつけでなく患者の意思を尊重して係る様子を傍で見たり、痛みなど症状が安定することで「この病棟に来てよかった。」等の<ケアと評価>と病室内の環境が一般病棟と比較しよかったという<環境と評価>の2つのコードよりなる。
 どのケースも一般病棟より転院や転棟してきており、ケアの内容や環境面を比較した発言が多い。まず、患者自身への丁寧なケアがされていると家族が感じたことや家族への声かけや環境面で配慮がなされていることがよい評価になっている。死別の1週間前に入浴したことやお酒やジュース等の飲み物が飲めたこと等最後まで、患者本人の望む日常性を取り入れた援助が家族にもよい影響を与えている。
 また、悲嘆反応の経過において、コミュニケーションを通して、家族の悲しみを聴き、理解しようとする看護者の姿勢が評価されている。人としての尊厳性を大切にし、臨死期に係ることは、家族の予期悲嘆の課題達成に繋がる。
 【6. 現在及び今後の生活】は、死別後の手続きや日常生活の様子等の<現在の生活>と他の家族との今後の生活等の思い等の<将来の方針・希望>の2つのコードよりなる。死別後の書類の整理や遺書の取り扱いといった現実と今後のことはまだゆっくり考えられず、他の家族を頼りにしているケースがある。夫の死後の生活のイメージがまだ実感として掴めていないが、全ケース共前向きに生活されていた。死別後1ヶ月では、49日の法要がまだのケースがほとんどで、法要の準備や死別後の事務処理等により、将来の方針や今後の生活について考えられていない。
 家族の予期悲嘆の課題には、(1)喪失の現実を受け入れること (2)悲嘆を苦痛なものとして受け入れること (3)死者の手助けとか支援なしに、変化した環境に適応すること (4)死者に注いでいた多量のエネルギーを、新たな関係に向け変えることの4つがあるといわれている。課題達成への支援として、臨死期に、看護者が日常生活援助を通して、病状の変化を伝えたり、家族に対し労いの言葉をかける等家族にとって癒されるような関わりが、死に臨んでいるという現実の受け入れに繋がる。また、患者本人の望む日常性を最後まで取り入れた援助や家族の直接的ケアを支援することが、“緩和ケア病棟に入院してよかった。精一杯看病した。”という満足感に繋がり、大切な人を失った環境に適応していけると考える。
2)カテゴリー間の関連
 死別後1ヵ月後の家族の思いは、【1. 死別の受け止め】【2. 死別に係る感情】【3. 家族のケア】【4. 悲嘆の癒しや克服の方法と結果】【5. 受けたケアと評価】【6. 現在及び今後の生活】の6つのカテゴリーから構成されていた。このカテゴリーの関連を見ると、図1のような構造図で表現される。
 【家族のケア】【受けたケアと評価】【悲嘆の癒しや克服の方法と結果】が、緩和ケア病棟でのケア体験というカテゴリーにまとめられる。緩和ケア病棟で受けたケア体験が、回復プロセスに影響を与えている。【死別の受け止め】【死別に係る感情】【現在及び今後の生活】は、死別による悲嘆反応というカテゴリーにまとめられる。緩和ケア病棟でのケア体験が悲嘆反応に影響を与えており、回復プロセスにも関連している。緩和ケア病棟でのケア体験や死別による悲嘆反応は、家族システムに変化を与えたり、受けたりする。
 「以前の病院で、オムツをされたりとか、鼻からチューブをいれて吐物を抜かれたりとか尿に管を通したままの姿で歩いたりとか耐えられなかった。だけどここでは、お酒も自由だしシャワーも浴びれたり、ゆったりとした気分で過せた。」「外科では、バタバタしていて、忙しく、処置が終わったらサッサとした感じがして。」「亡くなる1週間前までお風呂にいれてもらったり、音楽を聴いたりできたし、夫婦で子供の話しをしたり、車椅子で散歩したり自由な時間を過せた。」【受けたケアと評価】、「寝たきりの状態で看護婦さんについてきてもらい外泊できたのは、本当によかった。ゆったりした環境だから、自分も精一杯できたし、励ましあう友人ができた。」【家族のケア】【悲嘆の癒しや克服の方法と結果】と緩和ケア病棟で受けたケアや環境に癒され、自分はできる限りのことをしたという達成感が持てている。緩和ケア病棟で受けたケアのよい評価が死別後の回復プロセスによい影響を与えている。死別に際し、「寿命だと思う。」「疲れたよりうつろな感じがする。残念で寂しくなり涙もでるけど、よくしてもらったし、この病棟に入院できて本当によかったと思っている。」【死別の受け止め】【死別に係る感情】と死別した悲しみと共に、緩和ケア病棟に入院したという選択に間違いはなかったという思いを表現される。
 緩和ケア病棟では、その人がその人らしく最後まで生をまっとうできるよう支援しており、必然的にケア内容や環境は、一般病棟と比較し家族にとって満足度が高い。ケアの満足度が、悲嘆からの回復へ影響を与えている。予期悲嘆の達成を支援するには、看護者が意図的に予期悲嘆の課題達成のためのケアを実践することが大切である。また今後、患者・家族へのより質の高いケアの提供が重要である。
 カテゴリー別割合をみると、【2. 死別に係る感情】38%、【5. 受けたケアと評価】22%と全体の6割を占める。死別後1ヶ月の家族思いは、緩和ケア病棟で受けたケア体験に対する感情に占められている。(図2参照)家族は、緩和ケア病棟で受けたケア体験の肯定的な感情を表出しており、感情表出をすることで、緩和ケアに入院させた自分の選択に間違いはなかったと肯定し、入院中精一杯看病したという健全な悲嘆作業を行っていると思われる。
3)家族システムの変化(表3参照
 家族システム評価尺度第4版FACESKGIV−16は、きずなとかじとりという2つの次元を用いて診断評価する。きずな次元は、家族の示すつながりの強さの度合いにより、順番に「バラバラ」「サラリ」「ピッタリ」「ベッタリ」の4つのレベルに分けられ、かじとりは、変化に対する柔軟性の度合いにより「融通なし」「キッチリ」「柔軟」「テンヤワンヤ」の4つのレベルに分けられる。さらにきずなとかじとりのバランスにより、両次元とも中庸なレベルにある「バランス型」、一方の次元のみ極端なレベルにある「中間型」、両次元とも極端なレベルにある「極端型」の3つのタイプに分けられる。平成13年に行った緩和ケア病棟に入院している家族システムの調査研究で、家族システムは中間型が多く、きずなが「ベッタリ」「ピッタリ」のレベルが多く家族の凝集性が高いという調査結果を得ている。今回の調査対象の5ケースは、「中間型」「バランス型」が各々2ケース、「極端型」1ケースであった。いずれの家族も凝集性が高いレベルにあり以前の調査結果を裏付けている。死別後の家族システムの変化をみると、ケース3では、家族システムが極端型から中間型に変化しており、緩和ケア病棟入院中のケアや環境が適切であれば、家族システムはよい方向に変化すると考えられる。ケース4では、死別後、きずなが「ピッタリ」から「ベッタリ」になったことで、家族システムが中間型から極端型に変化している。きずなが「ベッタリ」に変化したのは、配偶者の年齢や家族背景より他の家族成員へ精神的に頼っている面が協調されたと考える。情緒的結合が高まったベッタリの家族は、健康度が低いといわれているが、一致団結して事態を乗り越えられる場合もあり必ずしも援助が必要とはいえない。







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