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〔表3〕 動物介在療法(Animal Assisted Therapy :AAT)の緩和ケア病床への導入について(案)
背景
 関西労災病院緩和ケア病床は平成12年3月の開設以来、順調に緩和医療の診療実績を積み重ね、緩和ケアチームのスタッフもその専門性についての研鑚を重ねてきている。緩和ケアにおいてその中心となるのは言うまでもなく、患者個々人の苦痛の除去、軽減にある。特に癌終末期患者の苦痛に関しては、癌の局所進展による単なる身体面での苦痛だけでなく、心理面、スピリチュアルな面、社会面などを合わせた全人的な痛み(total pain)としてとらえ、対処する必要があることが指摘されている。当緩和ケア病床でも開設以来、独自の“一般病棟用疼痛コントロールマニュアル”(山?ア惠司先生、監修)を作成して体系だった疼痛管理を実践し、その結果アンケート調査によっても92.9%という非常に高い割合で患者の満足する疼痛コントロールが得られている状況である(山?ア惠司他、第62回日本臨床外科学会、2000年11月、発表)。しかしながら、この疼痛コントロールはあくまでもモルヒネ等の薬剤を用いた身体的苦痛の緩和が中心であり、前述の全人的な痛みの緩和を考えた場合、まだまだ十分とは言いがたいのが現状である。心理的、精神的な面からの様々な苦痛、恐怖、不安、悩みなどに対する緩和ケアにおいてその中心となるのは患者の家族、友人などのサポートであるが、家族構成員数の減少、友人関係の希薄化などが大きくクローズアップされてきている現代社会において、これらの人的サポートのみに頼ることには自ずから限界があるとも考えられる。この点において、昨今、特に欧米社会において注目されているのが、動物介在療法(Animal Assisted Therapy : AAT)である。これは、動物、特に古くより人間との関わりが深い“犬”を用いて種々の人間に対する医療に役立てようとする試みで、人間と動物との相互関係によってもたらされる影響、すなわち動物に触れることによって心身の痛みやストレスを和らげる効果を利用するものである。欧米においては1960年代より研究が始まり多くのデータも出され、1970年代後半より活動を開始したアメリカのDelta Societyによって一般的にも広くまた深く知られるようになった。現在では集学的医療行為の選択肢の一つとして、医学上のコンセンサスも得られている。病院、リハビリテーション施設などの医療施設においてセラピー犬を中心とした動物が患者と接することにより、精神的および身体的にも大きな治療効果が期待できることが多くの報告、文献によっても示され、実際に多くの患者に多大な福音をもたらしている。
 
アンケート調査
 
 歴史的に動物が人と共同生活をする場面が多かった欧米社会においては、公共施設、医療施設を含めて人の生活の場に動物がいること自体、比較的受け入れやすい土壌がある。しかしながら、元来農耕民族である日本人の社会においては、まだまだ動物が人の生活の場にそのまま共存することには違和感を感じる人も多いのではないかと考えられる。そこで、AATの導入を検討するにあたって、まず、緩和ケア病床の入院患者およびその家族を対象に平成13年10月にアンケート調査を実施した。その内容と結果のまとめを別紙に示す。大半の回答者が、犬の病床訪問に関して、好意的な印象を持っているが、しかし、少数ではあるが、犬に対して、吠える、咬むなどの否定的なイメージから不安を持っている人もおられ、これらの人たちの感情にも十分留意し、体制を整えることが必要と考えられた。また、同時にセラピー犬として十分なトレーニングを受けた犬に関しては、衛生上の問題も含めて全く心配がないことなどの情報の普及、啓蒙も必要と考えられた。
 
計画の概要
 
1. 責任者
緩和ケア病床責任者、冨田尚裕(外科第2部長)
北9階婦長、舩?アひさみ
2. 担当者
(医師):冨田尚裕(外科)、辻本浩(心療内科)
(看護婦):舩?アひさみ、藤澤桂子、古家後智美、網盛依子 他、緩和ケア病床看護婦
(ドッグトレーナー):川北奈緒子(Australian Dog Training, Australian K-9 official license 取得)
(獣医師):渡辺博文(セントラル動物病院院長、兵庫医科大学病理学研究員、(財)日本動物病院福祉協会会員)
(ボランティア):近藤美保子、冨田眞弓 他
 
3. セラピー犬の資格について
 セラピー犬は、当初、小型犬(バスケットなどでの移動が可能な大きさのもの)から導入を開始し、状況をみて中型犬、さらに大型犬の導入も検討する。現在、日本では(財)日本動物病院福祉協会が老人ホーム・養護学校等の施設への訪問活動(動物介在活動、Animal Assisted Activity:AAA)において実績を挙げており、本協会での基準および、欧米におけるAATの第一人者である米国のDelta Societyにおいて定められているセラピー犬の認定基準に従ってセラピー犬を選別する。すなわち、専門の訓練士(ドッグトレーナー)やインストラクターの指導によってセラピー犬としての訓練が終了し、如何なる状況においても吠えない、咬まない、決められた場所以外での排泄を行わないという躾が完全に成されており、また、定められたすべてのワクチン接種が完了していること、および訪問前に専門の獣医師による健康、感染症チェックをパスし、歯の手入れ(歯石の除去)済みであり、また専門のトリマーによる全身の清掃(シャンプー)、爪の手入れが行われていることなどである。
 
4. 緩和ケア病床入院患者への動物(犬)訪問
 ※ 週2回(月、金、午後2時〜4時)を予定。
 ドッグトレーナーがセラピー犬を連れて、自動車にて来院する。セラピー犬はトレーナーと共にバスケットなどで院内に入り、職員用のエレベーターで北9階まで移動する。北9階病棟では談話室において、AATを希望される緩和ケア病床入院患者と時間を過ごす。また、希望により、病床(個室)の訪問も実施する。訪問前の準備、訪問後の清掃(犬毛の除去など)についてはボランティアの協力をいただく。
 
5. 必要経費(案)
 本AATにおいて、当院職員以外のスタッフは原則としてボランティアとして参加し、上述したセラピー犬のチェックなどの費用を含めて、必要実費の支払いとする。その概算を以下に記す。
 
(Version 1、2001年12月28日)
 
〔表4〕 緩和ケア病床における犬の訪問活動 計画書
 緩和ケアにおいてその中心となるのは患者個々人の苦痛の除去、軽減にあることは言うまでもないことであるが、全人的な痛みの緩和を考えた場合、薬剤を用いた身体的な苦痛の緩和ケアと共に患者の家族、友人などのサポートによる精神的、心理的な面からの様々な苦痛、恐怖、不安、悩みなどの緩和ケアも必要となって来る。
 関西労災病院緩和ケア病床では昨秋より昨今の社会事情、すなわち家族構成員数の減少、友人関係の希薄化などを鑑みてこれらの人的サポートに加えて、動物、特に古くより人間との関わりが最も深い"犬"に触れることによって心身の痛みやストレスを和らげることを目的とした動物介在療法を導入すべく、スタッフによる勉強会、緩和医療学会における発表、実際の活動の見学、動物介在療法関連の講演会やセミナーへの参加等を重ねて来た。
 その結果、導入の条件や方法等、当初の計画内容を変更すべきではないかと考えられる項目が多少浮上して来たため、改めて計画の内容を報告するものである。
 
1. 活動内容は動物介在活動(AAA)とする
 当初、緩和ケア病床では動物介在療法(AAT=Animal Assisted Therapy)を考えていたが、AATを実施するには緩和ケア病床の患者の性質上、個々の患者の目標を設定しその治療のある段階において動物を用いるというAATの定義を満たすのは困難であるとの結論に達し、患者の生活の向上を図ることを目的とする動物介在活動(AAA=Animal Assisted Activity)を導入するという考えに至った。
 最もAAT、AAAいずれにおいても、動物による心身へのプラス効果がもたらされることが期待できるということにおいてはなんら変わりはないものであると考える。
 
2. 訪問犬の資格について
 (財)動物病院福祉協会の基準に準じて犬の健康面・衛生面と適性、またその飼い主であるボランティア・ハンドラーの適性をチェックし採用する。
 当初、犬の大きさについて“バスケットなどでの移動が可能な大きさ”を考えていたが、実際に特別養護老人ホーム「きしろ荘」、神戸アドベンチスト病院・ホスピス、国立がんセンター東病院・緩和ケア病棟等の見学を行った結果、犬の適性を考える上でその大きさは問題ではないと判断した。また、犬の適性と共にボランティア・ハンドラーのボランティアとしての資質が重要なポイントであることがわかった。
 当緩和ケア病床においては、日本での動物による訪問活動の分野で最も実績のある(財)動物病院福祉協会が実施しているコンパニオン・アニマル・ぺット・パートナーシップ(CAPP)認定審査に合格した、ゴールデン・レトリバーのSandyちゃんとその飼い主であるボランティア・ハンドラーの谷口桂子さんのペアに依頼し、AAAから開始したいと考えている。
 勉強を重ねるに伴い、ドッグトレーナーを採用するよりも、常に犬と生活を共にする飼い主の方がより犬のことを理解し、訪問活動に際しての犬のストレス等も読み取りやすいので事故を回避することができるということが明確になって来た。従って、ドッグトレーナーの採用は不可とした。
 
3. 緩和ケア病床入院患者への犬の訪問
 ※ 週1回(金曜 午後2〜4時)を予定。
 ボランティア・ハンドラーが犬を連れて、自家用車にて来院、一般駐車場に駐車する。
 職員通用口、あるいは救急出入り口より院内に入り、職員用エレベーターで9階まで移動する。
 北9階ナースステーションにて担当の看護師は、犬の訪問を希望している患者で訪問可能な患者を事前にリスト・アップしてボランティア・ハンドラーに知らせる。
 基本的に、希望する患者の病室(個室)への訪問とする。訪問時間は一部屋につき10〜15分程度。
 緩和ケア病床という特殊な場所、患者への訪問活動という性質上、犬にもボランティア・ハンドラーにも多少のストレスがかかるものと思われるので、病室への訪問の合間に休憩場所として北9階病棟談話室を使用していただこうと考えている。
 前出の活動見学の結果、犬の存在は当該患者のみならず、患者の家族や病院スタッフ等にとっても心理的効果を及ぼす存在であることが実感された。犬が談話室に数分いることは特に問題ないものと考える。
 
4. 責任者
緩和ケア病床責任者、冨田尚裕
北9階看護師長、撫養(むや)真紀子
 
5. 担当者(AAAチーム)
医師:冨田尚裕(外科)、柏木雄次郎(心療内科)
看護師:古家後智美、梶山友香、古野本衣子
獣医師:渡辺博文(セントラル動物病院院長、兵庫医科大学病理学研究員、(財)日本動物病院福祉協会CAPP活動委員)
ボランティア・ハンドラー:谷口桂子(家庭犬しつけインストラクター)、Sandy(CAPP認定犬)
ボランティア・コーディネーター:冨田眞弓
 
6. 必要経費
 本AAAにおいて、当院以外のスタッフは原則としてボランティアとして参加するものとする。
 従って、当院のボランティア規約に準ずる扱いとする。







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