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III 研究の成果
 有効対象患者数は30名であった。平均年齢は81.4歳、男性11名(36.7%)、女性19名(63.3%)であった。過去に行なった老人医療を専門としている病院(東京都老人医療センター:以下病院と省略)、聖隷三方原ホスピス(以下ホスピスと省略)と比較するとやや平均年齢が高く、女性が多かった。(表1
 対象者の主たる原疾患は悪性新生物が最も多く、全体の60%を占めた。この割合はホスピスで死亡した患者に比べると少ないが、病院での死亡患者と比較して多かった。これは今回の研究に参加した施設が在宅ホスピスと親和性が高い集団であり、癌の終末期患者とその家族が、在宅ホスピスが可能な施設として、今回の対象施設を選んで在宅診療を受ける頻度が高いためであると考えられた。その他、呼吸器疾患は13.3%と老人専門病院と同様の頻度であった。その他が6名(20%)であったが、そのうち5名が老衰であった。
 対象患者の死因となった疾患は、悪性新生物が56%と最多であった。原疾患が悪性新生物であった患者のほとんどが原疾患で死亡していた。これは病院において原疾患が悪性新生物であった患者のうち、約3分の1が他の死因で死亡していたことに比し、異なる結果であった。その原因として、在宅の悪性新生物の患者は、病院と比べ、合併症による死亡の頻度が少ない、あるいは合併症があっても認識されず、調査シートに反映されなかったなどの原因が考えられた。また、その他の死因のうち原疾患である老衰が死因の13.3%存在することは在宅で特に見られた特徴であった。
 死亡前48時間以内に患者に認められた症状・徴候は表2に示すように食欲不振が66.7%と最も多く、病院、ホスピスと比べても特に多くみられる症状であった。次いで呼吸困難、悪心・嘔吐、発熱、自制内の疼痛の順であった。病院およびホスピスにおいて昏睡が70%台と最多であったことに比べ、異なる結果であった。在宅の患者においては、24時間医療者が患者の傍にいないため、昏睡の状態が認識されにくいことも考えられるが、最多の症状が食欲不振であったことからも、在宅の患者は施設の患者に比し、比較的最後まで意識を保っているのかもしれない。
 死亡前48時間に行なわれた医療行為(検査を含む)の実施率は表3で示したとおり、病院、ホスピスに比べ、総じて低く、いずれも40%以下の頻度でしか行なわれていなかった。在宅は他の2施設に比べても特に医療行為が差し控えられているといえる。最も実施率が高かった医療行為は病院、ホスピスと同様、酸素吸入で40%の症例で施行されていた。次いで末梢からの点滴静注が23.3%の症例で行なわれていた。その輸液量の平均は1日約500mlで、病院(1日約1000ml)の半分であったが、ホスピス(1日約300〜400ml)よりやや多い傾向があった。麻薬の使用は20%で施行され、病院の19.8%とほぼ同様の頻度であった。中心静脈ラインからの点滴は20%で行なわれていたが、いずれも病院で挿入されたルートを利用したものであった。また、病院、ホスピスと比べて特に施行率が低かった医療行為は、高カロリー輸液、抗生物質の使用、血液検査であった。最も注目すべき点は、在宅では、総じて行なわれた医療行為に対する本人および家族の同意取得率が高いことである。本人からの同意は50〜100%の症例で得られており、家族からの同意はほとんどの医療行為において100%得られていた。症例数を勘案すると在宅医療とホスピスにおいては、医療行為に対する患者および家族からの同意取得率はほぼ同等であると言えよう。それに比し、病院での医療行為に対する同意取得率は明らかに低い。前年度の報告において、病院での医療行為に対する患者本人からの同意取得率の低さの要因として患者の認知機能の差異を挙げた。今回は患者の痴呆の有無とその程度について調査しているが、やはり自己決定能力がないと推察される患者においては、本人の同意は得られていなかった。しかし、家族からの同意の取得率については、それぞれの医療現場における医療者の患者および家族に対する姿勢の違い、医療行為に対する認識の違いが存在することが推察される。すなわち、患者の自宅やホスピスにおいては真に患者および家族が医療の主体と認識され、尊重されているが、一方、病院という医療現場においては、一概には言えないが、患者および家族の意志が在宅やホスピスのように十分には尊重されていないといえるかもしれない。
 患者に対する告知および事前指定についてであるが、在宅の主治医が患者に対して病名告知を行なった割合は30%であった。しかし、前医で告知された症例が存在し、その症例を含めると病名告知を受けていた患者は43%で、ホスピスとほぼ同様の比率であり、いずれも病院よりやや低かった。これは、在宅およびホスピスの患者に対しては告知されていることが多いだろうという予想に反する結果であった。その原因については今回の調査においては、明らかにすることができなかった。しかし、痴呆の患者に対しては、ほとんど告知していないため、在宅での患者群で痴呆のため告知が不可能な患者が多かったのかもしれない。病院およびホスピスにおける痴呆患者の数は調査されていないため、不明である。予命告知については在宅では8%、病院、ホスピスにおいても各々11%、7.4%といずれも低かった。
 事前指定については、在宅診療を行なっている施設においては70%以上の施設において所定の事前指定が存在すると答えた。今回研究に参加した施設は、患者の事前指定に対する意識が高いといえる。その背景として、在宅医療の現場では、患者および家族の意向が大変重要視されているためと考えられる。このことは、医療行為に対する患者および家族からの同意取得率が高かったことからも推察された。一方、老人医療の専門基幹病院では、事前指定があると答えた主治医は17.8%とその意識が低いことが窺い知れる。個々の患者が事前指定を所有していたかについては、在宅では16%であり、ホスピス(17.9%)とほぼ同様であった。一方、病院においては8.9%低く、老人医療専門病院といいながら、病院においては、ホスピス、在宅診療施設に比し、医療者の事前指定に対する意識が低いことが推察された。
 
IV. 今後の課題
 今回の研究の目的は、病院、ホスピス、在宅という3つ医療現場での高齢者の終末期医療の実態を明らかにし、その比較を行なうことであった。しかし、在宅における対象患者数がまだ少なく、その目的を十分に達したとは言えない。今後、調査期間を延長し、在宅の症例数を更に増やし、検討を行なう予定である。また、今回の研究への参加施設はいずれも在宅終末期医療に対して意識が高い集団であり、現在、我が国で在宅終末期医療を行なっている施設を代表しているとは言えないかもしれない。次の機会には、より大規模に無作為に施設を選択すべきであろう。
 今回の検討においては、特に医療行為に対する患者および家族の同意取得や事前指定といった患者の自己決定に関する事項において、施設間に差異が認められた。その背景として、患者の認知機能(意思決定能力)の他に、それぞれの施設における医療者の患者の自己決定に対する意識の高低も一因ではないかと考察した。それを実証するためには、それぞれの医療現場における医療者の意識調査も必要であろう。
 
V. 研究の成果等の公表予定
 今回の研究によって得られた成果は2003年6月に名古屋で行なわれる第45回日本老年医学会学術集会で発表する予定である。







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