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I. ホスピスケアに関する研究
11. 在宅高齢者におけるターミナルケアの質の評価に関する研究
岐阜大学 医学部看護学科・講師 樋口京子
 
研究課題 在宅高齢者におけるターミナルケアの質の評価に関する研究
I 研究の目的・方法
 在宅高齢者のターミナルケアにおいて、高齢者が長く過ごしてきた生活の延長上に死があるという視点で、本人と家族の「死の迎え方(看取り方)」の希望を尊重し、人生の最期におけるQOLを高め、安心して死を迎えられるよう支援することが重要である。
 われわれは、高齢者の在宅でのターミナルケアの質の向上をめざし、それに向けた基礎資料を得る目的で、全国の訪問看護ステーションの協力を得て3次にわたる探索的な調査研究を行ってきた1)2)3)4)。この研究の主な特徴は、対象をがんに特化していないことと同じ在宅療養高齢者のアウトカムである(1)訪問看護師が推定した「介護者の満足度」(2)介護者自身の看取りを終えた当時の「満足度」(3)訪問看護師の死および死に至る過程の質に関する「ケア過程の評価」に、関連する要因を質的量的両面から多数例で比較することが可能な点である。
 ケアの質を評価するアウトカムとして、「満足度」などの主観的指標を用いることは、信頼性と妥当性に疑問の余地があるといわれている5)。しかしながら、「死の迎え方(看取り方)」は、長年にわたって培われてきた多様な価値観や、家族や重要他者との人間関係などの主観的な要素に規定される。また、Siger6)は、終末期のケアの質を改善するためには、従来の医療者の視点の評価では、本人や家族にとっての重要な事柄を見逃してしまう可能性があり、家族の視点から批判的することが重要であると言っている。
 そこで、全国の訪問看護ステーションを対象に実施した3次にわたる調査を在宅療養高齢者のターミナルケアにおける質を評価するアウトカムとして「介護者の満足度」を用い、次の2点から再分析した。目的は、(1)「介護者の満足度」を内容分析の手法を用いて、構成要素を抽出すること、(2)介護者自身が評価した「満足度」と看護師が推定した「介護者の満足度」に関連する要因を検討し、その相違点を明らかにすることである。
 
II. 研究の内容・実施経過
1. 3次にわたる全国訪問看護ステーション調査の概要
1)第1次調査:訪問看護ステーションや地域の特性などが在宅死亡割合に与える影響を調査、1999年11月に実施。対象は1998年8月の時点での全国の訪問看護ステーション全数2935のうち 回答のあった1325のステーション(回収率45.5%)。
2) 第2次調査:在宅高齢者のターミナルケアの実態と「死亡場所」「満足度」に関連する要因(ケアマネジメントなどのケア過程)を調査、1999年12月〜2000年1月に実施。対象は、第1次調査において「第2次調査に協力する」とした856の事業所。回答のあった428事業所(回収率49.9%)から訪問看護を受けた後、1999年9月から11月の3ヶ月間に自宅または自宅以外で死亡した利用者全数1,422名のうち、65歳以上の高齢者1,305名。
3) 第3次調査:遺族を対象としたターミナルケアに関するケアの評価や満足度に関連する要因を調査、2000年11月から2001年1月に実施。第2次調査で回答のあった428事業所のうち304事業所の協力を得て行い、対象は回答のあった主介護者253名のうち利用者が65歳以上であった229名。
2. 分析方法
1)「介護者の満足度」の内容分析
 第2次調査で訪問看護師の推定した満足度の根拠となる介護者の言葉が記述されていた事例は、1305例中768例(58.9%)であった。満足度に関する記述をほぼ一文ずつにコード化しカードに記録した。コード化した738件を内容分析の手法で、理由の意味を読みとりながら共通の意味をもつもの同士をカテゴリーに分類した。分析においては、738件を半分に分け、それぞれ3名ずつの研究者が2グループに分かれて分類を行った。各グループの分類が一致しているかどうかを確認し、さらに複数の研究者によるスーパービジョンを受けながら最終的なカテゴリーを決定した。
2)介護者自身が評価した「満足度」と看護師が推定した「介護者の満足度」に関連する要因
 「介護者の満足度」については、訪問看護師が介護者の満足度について推定したもの(第2次調査)と、1年後に主介護者本人が看取りを終えた当時の満足度を評価したもの(第3次調査)とを用いた。いずれも5段階(「満足した」から「悔いが残った」)で評価したが、分析は、「満足した」と「やや満足した」を満足した群とし、それ以外の回答群と比較した。
 関連要因としては、3次調査の主介護者による回答を用いた。「本人の死亡場所の希望(自宅、非自宅、知らない)」、「実際の死亡場所(自宅、非自宅)」、「死後の専門職による支えや慰め(あった、なかった)」、死に至る過程の状況について、「死の時期の予測ができた」「死への心構えや準備ができた」「死亡直前まで家で過ごせた」「できる限りの介護ができた」「死亡した者の望みがかなえられた」の5項目(「あてはまる」から「あてはまらない」までの5段階で質問し、2値に変換)で評価した。
 尚、本研究では、在宅ターミナルケアに積極的な活動を展開していた訪問看護ステーションからの回答が多かったと思われること、相対的に介護力に恵まれて在宅療養が可能であった高齢者が対象となっていることなどの点で、一定の偏りを持つことを考慮に入れることが必要である。
 
III. 研究の成果
1. 結果
1)「介護者の満足度」の内容分析の結果
 介護者の満足度を構成する要素を自由記述から分析した結果、介護者が評価する視点は、次の3つに大きく分類された。(1)在宅療養開始時から死に至るプロセス、(2)「死の迎え方」、(3)死別に対する意味づけ、解釈である。それぞれのカテゴリーとサブカテゴリーを表1に示した。
2)介護者自身が評価した「満足度」と看護師が推定した「介護者の満足度」に関連する要因
(1)対象者の属性:回答者である主介護者の属性についてみると、性別は男性14.4%、女性85.6%で、主介護者の平均年齢±標準偏差は63.6±11.2歳であった。配偶者、実子、義理の子がそれぞれおよそ3分の1の割合となっていた。死亡者の性別は、85歳未満では男性が6割、85歳以上が女性が7割であった。平均年齢±標準偏差は83.9±8.1歳で、85歳以上が49.2%を占めていた。死亡場所は、自宅58.5%、非自宅41.5%であった。1999年の自宅死亡者の割合は、15.0%(人口動態調査)であり、全国的な数値から比較すると高い値となっている。
(2)看取りに至る経過への介護者の思いとグリーフケアについて:「死の時期を予測」ができた人は65.1%、「死の心構えや準備」ができた人は66.7%であった。また、89.5%の介護者は、「死亡直前まで家で」看ることができたと思っており、94.0%の介護者が、「できる限りの介護」ができたと思っていた。一方、「死亡した高齢者の望み」を叶えられたと思っていた介護者は72.6%であった。
 看取りを終えた後に訪問看護師や医師などによる支えや慰めが得られたのは67.2%であり、死後の支えや慰めを受けていない介護者の29.3%は必要を感じながらもグリーフケアを受けていない状況にあった。
(3)介護者自身の「満足度」と看護師が推定した「介護者の満足度」の比較:主介護者自身は「満足した」が49.0%、「やや満足した」が24.3%と回答しており、合わせて7割を超えた。また、訪問看護師が推定した介護者の満足度については、「満足した」が36.1%、「やや満足した」が38.1%となり、合わせると7割を超えた。
 一方、両者の満足度評価のずれを2値(「満足した」と「やや満足した」を満足した群とし、それ以外の回答群)でみると、介護者自身も訪問看護師からみても「満足」と評価した事例は116であり、これは、訪問看護師が介護者が「満足した」と推定した150の77.3%であった。介護者自身も訪問看護師からみても「満足していない」と評価した事例は20であり、これは、訪問看護師が介護者は「満足していない」と推定した52の38.5%であった。訪問看護師からみて「満足」と推定した介護者のうち約2割は、「満足していない」と回答しており、訪問看護師が「満足していなかった」と考えた介護者のうち約6割は、「満足」と回答していた。
(4)介護者自身評価した「満足度」と看護師が推定した「介護者の満足度」の関連要因
 次に、訪問看護師が推定した満足度と、介護者自身が評価した満足度に反映している要因を検討した。看取りに至る経過への介護者の思いやグリーフケアなどの項目に、年齢、死亡場所、続柄の要因を加えて独立変数とし、介護者自身の評価による満足度および訪問看護師の推定した介護者の満足度とを従属変数としたロジスティック回帰分析の結果を表2に示した。
 介護者自身が評価した満足度は、できる限りの介護ができたと感じ(オッズ比5.00)、死への心構えや準備ができ(オッズ比3.01)、死亡場所の希望を知らず(オッズ比2.91)、グリーフケアが受けられたと感じている(オッズ比2.18)介護者ほど高くなっていた。一方、訪問看護師からみた介護者の満足度は、死の時期の予測ができ(オッズ比3.35)、介護者が配偶者以外で(オッズ比2.99)、自宅で看取ることができた(オッズ比2.47)介護者ほど高いと推定されていた。
2. 考察
 「介護者の満足度」の内容分析の結果から、介護者の満足度を構成している主なカテゴリーとして、(1)在宅療養開始時から死に至るプロセスにおいてどのように介護をし、高齢者本人がどのように過ごすことができたか、(2)死をどのように迎えたか、(3)介護者自身が「死別」に対してどのような準備ができたか、が抽出された。サブカテゴリーとあわせて考えると、高齢者本人の満足度をある程度反映すると思われる要素と、介護者自身の介護に対する評価と死別の準備に関する要素に分けられた。
 アウトカムとして主観的指標である満足度を用いることは、信頼性と妥当性に疑問の余地があるといわれている5)。しかしながら、終末期に向けたケアのアウトカムを評価する指標として死別後の「介護者の満足度」を用いることによって、(1)亡くなった本人の満足度をある程度反映すること、(2)時期によって変化する介護に関する介護者の気持ちを適切にモニタリングし、死別の準備ができるよう働きかけたかを評価できる可能性があることが示唆された。
 次に、訪問看護師が推定した介護者の満足度と介護者自身が評価した満足度にどのような要因が反映されているか、それぞれについて比較検討した。訪問看護師が介護者の満足度を推定する場合、介護者自身の評価する満足度と異なる要因が反映し、必ずしも一致しないことを説明しうる可能性が示唆された。
 両者の評価が一致しなかった要因として次の3点をあげることができる。
 第1に、介護者自身の評価では、「できる限りの介護ができた」という主観的な介護者の思いが最も強く満足度に関連していたが、看護師の推計では関連がみられなかった。満足度は、期待の程度に影響される7)と言われており、「できる範囲」という介護者の期待の実現が満足度につながる。このことから、訪問看護師は、介護者が「できる範囲」をどのように考えているか期待度を確認しゴール設定を共有すること、終末期に向い病状が変化する中で家族の負担が「できる範囲」を越えていないか、介護者の思いが変化していないかなどをモニタリングすること、看取り後も「できる限りの介護ができた」という思いを支えることが重要であると考える。
 第2に死亡場所が自宅であったことは、訪問看護師が推計した満足度では満足度を高める方向に関連するが介護者自身では関連はみられなかった。在宅ターミナルケアは対象者それぞれの個別性が強く、客観的な評価基準が他のケア以上に見いだしがたい。そのため訪問看護師は、在宅死を評価の際の明確な拠り所として重視しやすく、看護師側の理想とする“よい看取り”に照らし合わせて無意識のうちに評価している可能性が伺われる8)。一方、死亡場所が自宅であることは、介護者自身の満足度と関連は見られず、たとえ在宅で看取りができなくとも、満足度が高くなる可能性を示唆している。
 第3に、看護師の推定では「死の時期の予測ができた」と考えた介護者の満足度を、予測ができなかった介護者より高く推定しやすい。死の時期の予測は、訪問看護師は最期の場を整えるために専門的な知識を駆使して臨む必要がある。そのため、死の時期の予測ができたということがより高く推定する基準になりやすい可能性が考えられる9)。しかし、介護者自身の評価の関連要因を考慮すると、「死の時期の予測ができる」ことにとどまらず、その予測を介護者の死別への準備やできる限りの介護ができたという思いを強化する方向でのサポートが求められている。







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