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第2節 看護学生のコミュニケーションの目標設定とスキル評価との関係
 コミュニケーションとは、言語、非言語の多数のチャンネルを同時に用いて、多重的なメッセージを送受信し、情報、思想あるいは態度を共有することである。そして、ターミナルケアで求められるコミュニケーションとは、学生と患者とが本音で語れるような対人関係を築き、患者が納得した生き方ができるようなケアヘの思いを共有できることをねらう。そのためには、学生は患者のメッセージを受けやすくしたり、患者にわかるようにメッセージを送信したりするコミュニケーション行動がとれることが必要である。つまり、ターミナルケアにおいて学生は患者のメッセージを受けやすくしたりするCSや患者にわかるようにメッセージを送信したりするCSが必要となる。
 それでは、スキルとは何か。一般的に、スキルとは「技能」と訳されることが多い。そのスキルという用語が学問領域で取り上げられるようになったのは1940年代である。スキルという用語は、人間の遂行行動(performance)を情報処理過程とみなす考えのなかで発達し、人間と機械との関係を研究する人間工学で用いられできた。現在のように対人関係のなかで用いられるようになったのは1960年代である。Argye(1967)は、人間工学で発展してきたスキルを社会行動モデルとして採用し、テニスや運転をするときの運動をスキルとしてモデル化した。以後、スキルは、対人関係に関連しようとなかろうと、課題や状況に対する適切性と、目標達成の効果性を問題にするようになった。つまり、ターミナルケアにおけるCSとは、コミュニケーションの目標を達成させるための適切で効果的な言語的・非言語的なコミュニケーション行動がであるといえる。
 相川は、社会的スキルの生起過程モデルについて、(1)相手の対人反応の解読(下位過程:対人反応の知覚、対人反応の解釈、対人感情の生起)、(2)対人目標の決定、(3)感情の統制、(4)対人反応の決定(下位過程:スキル因子の決定、スキル要素の決定、対人反応の効果予期)、(5)対人反応の実行などがあり、それらは循環していると述べている(1993)。そこで、ターミナルケアにおける学生のCSの生起過程をこのモデルに合わせて検討すると、学生のCS欠損とCAとの関係には次の2つのことが考えられる。一つは学生が患者のコミュニケーションの反応を解読し、CSを実施する前からCAが生じることである。この場合は、学生が患者の反応に対して設定した目標とCSとの間にギャップがあり、実施する前からCSの不足を査定した結果にCAが起こると考えられる。もう一つは学生が目標を設定、情動を統制し、CSを実施した結果にCAが生じることである。この場合は、CSの実施過程で患者反応を知覚・解読の結果、患者の反応が自己の期待に反している、その反応が自己の目標を達成するうえでは不利であると解読した結果にCAが起こると考えられる。前者の場合は、目標の設定方法を修正し、CSを上げることによって、CAが変容する可能性がある。後者の場合は、CSを上げるとともに対人反応の知覚と解釈の内容を修正することでCAが変容する可能性がある。つまり、ターミナルケアにおける学生のCS欠損とCAとの関係は、CSが上がるという変容だけでは解決しにくく、目標の設定やその評価内容も含めて検討される必要がある。
 
 ターミナルケア場面で起こる学生へのCAは、これまで述べてきたように、その場面の認知や自己の能力への相対的評価によって喚起されるし、その程度も異なる。ターミナルケア場面の認知とは、患者の心理状態、その心理状態に伴うコミュニケーションの内容への予期などであり、自己の能力とはCSである。その場面への認知には、過去の不快な対人的経験に伴う不安の学習及び対人的経験に伴う脅威の認知プロセス、現在のコミュニケーションに対する目標が影響を及ぼすことが考えられてきた。著者の研究により、ターミナルケア場面の患者の心理状態への認知、その心理状態の認知に伴うコミュニケーションの内容への予期及びCSはCAに影響することが明らかになった。そして、教育的介入によりCSを獲得させることは、CAの改善には効果的であることも検証された。しかし、一部の学生においては、CSが獲得され、患者の関係性を示す反応も良くなったにも関わらず、CAが改善しない状況があった。
 ターミナルケア場面での学生CAが改善しない要因としては、次の3つの要因が考えられた。一つ目はコミュニケーションの目標との関連で、CSに対する目標の設定が高すぎる場合である。二つ目は、非合理的な信念である。3つ目は患者との心理的距離と患者のスピリチュ苦悩に対する無力感の問題である。本研究では、コミュニケーションの目標設定とCAとの関係について検討する。
 学生はターミナルケア場面ではコミュニケーションの目標を持ち、それに達成できるようにCSを使う。このときに、学生のコミュニケーションの目標は果たしてCSで達成できるかどうかということが検討課題となる。CSの直接的な機能は、患者との情報の送受信によって、情報を共有したり、その結果に対人関係を築くのに効果的な技能であると言われている。しかし、看護教育において、コミュニケーションの機能は、情報を共有したり、対人関係を築いたりする側面ではなく、コミュニケーションを通して患者の苦痛を緩和したりするやや治療的な側面が強調されている傾向がある。例えば、ある患者が身体の痛みを訴えていたり、死ぬことへの怒りや恐れを訴えていたりするとする。このような患者に学生がCSが取れ、情報が共有されたからといって、身体的な痛みが緩和されたり、死ぬことへの怒りや恐れが緩和したりするかというと、それは直接的な効果としては期待されない。言い換えれば、患者の身体的な痛みや死ぬことへの怒りや恐怖を理解してもらえない苦痛があれば、その苦痛は緩和されるかもしれない。患者の身体的な痛みは情報を共有することで、患者に適した鎮痛剤の投与がされたり、閾値を上げるケアがされることで緩和させる可能性はある。また、患者の死ぬことへの怒りや恐怖について、学生が共有しても、患者にとって間近な死が避けられないならば、その苦悩は緩和しないであろう。また、必ずしも死を前にした苦悩が緩和することが望ましいとはいえない。なぜならば、その苦悩も患者にとっての生きる価値として重要なものならば、医療者の価値判断で緩和する意味を持たないと考える。
 上述したことから、ターミナルケア場面における学生のCAの要因を明らかにするには、コミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価の検討が不可欠となる。このようなコミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価との関係が明らかになれば、学生の目標に教育的に介入し、そのことで喚起されるCAも改善させる可能性がある。そのことの意義は、ターミナルケア実習における学生の自我を安定させるばかりではなく、患者と関わる機会を増加させることで、間近に死を控えた患者とともに、生きること、死ぬことへの考えを深め、両者の人間としての発達にも影響すると考える。
 本研究では、ターミナルケア場面における学生のCAの要因を明らかにするために、コミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価の関係性を明らかにする。しかし、コミュニケーションの目標に対する測定尺度は未だ開発されていない。したがって、本研究も目的は、コミュニケーションの目標を測定する尺度を開発するとともに、ターミナルケア場面における学生のCAの要因として、コミュニケーションの目標の適切性とCS及びその評価の検討について検討することである。







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