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8 引退について
1. はじめに
 ラブラドール・レトリバーなどの中型犬の寿命は一般的に15歳前後と言われていますが、歩くスピードが遅くなる、排便のリズムが狂いだす、白内障が出てくるなど、老いの症状は年齢を重ねれば必ず出現します。老いには個体差がありますので「○○歳で引退」と決めることは一概にできませんが、概ね11歳前後が引退の時期としては適当ではないかと考えられます。
 この項目では引退に関係することがらについて概括します。
 
2.1 一般的な引退
 盲導犬としてユーザーの安全を確保しながら、スムーズな歩行を提供するためには、肉体的な健全性が重要です。しかし、10歳前後になると体力的な衰えは徐々に表面化してきます。時には急速に痴呆が進むような場合もあります。
 育成側としては、原則として8歳前後から引退時期をいつにするかについて考慮に入れておく必要があると考えられます。ユーザーが持ち替えを必要としていることが明らかな場合、可能な限り代替えの盲導犬との持ち替えをスムーズに行う必要があります。
 盲導犬との歩行を長年の間続けてきたユーザーは、盲導犬との移動を当然のように行っています。盲導犬との歩行は白杖による単独歩行と感覚的に異なる部分が多く、すぐに白杖歩行に戻ることが難しいと予想されます。そのため、盲導犬を取得する以前に白杖で歩いていたユーザーでも全く外出ができない状態になることがほとんどだと考えられます。
 従って、引退は代替えの犬が決まっており、しかも訓練の時期も想定した上で行うことが理想的です。
 
2.2 身体的な問題での引退
 盲導犬になる場合には、股関節、肘関節、眼、皮膚、心臓など基本的な健康チェックを行い、健康的な身体であることを前提にユーザーの手に渡します。
 しかし、残念ながら突発的に病気にかかる場合も少なからずあります。盲導犬としての作業をこなせない状態であれば引退ということになります。
 
2.3 性格的な問題での引退
 PW時代や訓練所でのトレーニング中にあまり協調されていなかった性格が、何らかの原因により出現してくることがあります。例えば、他の犬にあまり関心を示さなかった盲導犬が、放し飼いの犬に攻撃されたために、犬を見ると唸るようになる、あるいは専制的に攻撃するようになるなどのことは考えられます。
 また、長期間人間と過ごすことにより、人間がいない状態では落ち着くことができなくなり、別離に対して極端に不安を示すようになる場合もあります。ホテルの部屋などに置いておくと主人をずっと呼び続けるようになることもあり得ます。もともとの性格傾向がありますが、ユーザーが意図せずに強化してしまうことも考えられます。
 いずれにせよ、盲導犬を使用しているユーザーの生活に支障をきたし、尚かつフォローしても改善の見込みがない場合には、ユーザーの理解を得た上で引退となります。
 
2.4 ユーザーの都合による引退
 ユーザーの方が体力的に盲導犬との歩行が難しくなる、あるいは病気などで身体的に問題が発生し、盲導犬との生活が難しくなるなど、ユーザー側の事情によりやむを得ず引退しなければならない場合があります。
 盲導犬が概ね4歳以下であれば、次のユーザーを探すことも可能と考えられますが、4歳以上の場合であれば、新たなユーザーとの生活期間が短いことになり、現実的に新たなユーザーに渡すことは難しいと考えます。
 
 「引退」は盲導犬を取得する以上、必ずやってきます。盲導犬を渡したその時から引退についての心構えをユーザーに作っておくように指導していく必要があります。
 上記いずれの引退の経過をたどるにしても、ユーザーは「引退」ということに対して非常にナーバスになると考えられます。特に1頭目の盲導犬との別れは、精神的に相当の苦痛を伴うのが一般的だと考えられます。これは一般のペットを飼っている人が、そのペットを失った場合に起こる「ペットロス」と同等か、それ以上だとも言われています。
 この状態に対して育成施設がとれる態度は、その悲しみに対して「共感する」あるいは「共有する」ことだけです。「代わりの犬をすぐ用意するから」とか「いつまでもくよくよしていても始まらない」などの声かけは禁物です。ペットロスは非常にパーソナルな感情です。その気持ちはユーザー自身にしかわかりませんし、「分かったつもりで接している」との印象を与えることは逆効果になることがしばしばあります。
 この場合には同じ経験をしたユーザー同士で話をしてもらうなど、ユーザー同士でケアをしあうことが効果的であるとの研究報告1)もあります。
 育成施設側ができることは、環境を整えることです。まず、引退犬ボランティアのシステムを紹介し、引退後の生活が安心できるものであること理解してもらうこと、代替えの犬を用意することです。あせらずにじっくりユーザーが代替えの盲導犬に気持ちが向くような環境を整えることが重要であると考えます。
 
 
<写真 老犬ホーム>
 
 
 北海道盲導犬協会には「老犬ホーム」と言って、人間で言えば「老人ホーム」のような設備を用意していますが、盲導犬の引退後は「引退犬ボランティア」に引き取られ生活する場合が一般的です。
 引退犬ボランティアはユーザー自身が自分で探す場合と施設側が募集して用意する場合とがあります。いずれの場合にも引退後の盲導犬は病気になったり、寝たきりになったりと手が掛かることが多く、場合によってはかなり高額な費用がかかることも理解してもらわねばなりません。
 育成施設の方針によりその後の対応はまちまちですが、引退犬ボランティアと定期的に連絡を取り、必要に応じてアドバイスを行うなどのケアをすることが理想的だと考えられます。また、元ユーザーがその情報を知りたければ、積極的に伝えていく必要もあると考えます。
 引退犬に対するケアのシステムは個々の育成施設が決めることですが、ユーザーとボランティアが連絡を取り合う、高額の治療費は協会が負担する、最後は火葬をする、などのルールをあらかじめ決めておく必要があると考えます。







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