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5. 初期面接について
1. はじめに
 人に面接を受けるということはあまり気分の良いものではありません。大抵の場合は初対面です。初対面の人に会って話をしなければならないのですから、面接をする側も受ける側も緊張し相当のプレッシャーがかかります。する側としては色々と聞き出さねばならないし、受ける側は、個人的なプライバシーに関わることをいろいろと聞かれるかも知れない不安が常につきまといます。また、どう評価されるのか気になるものです。面接をする側はプロですので、この場面において様々な配慮をしなければならないのは、当然面接をする側です。では「配慮」は何の目的でされるのでしょうか?
 訓練を提供する側にとって一番困るのは、訓練に入った後「こんなはずではなかった」「思っていたような人ではなかった」とミスマッチが起こることです。面接は一場面でしかないのでその希望者の全てが分かる訳ではありません。また、面接時に希望者が全てを的確に答えられる訳ではないし、常に本心を言うとは限らないことを知っておく必要があります。そのような中でなされなければならない配慮は、希望者に気軽に自然体で話ができるような雰囲気を作り出すことです。面接する側が緊張していると相手は必ず緊張します。緊張している状態では、なかなか自然体で話をすることは難しいことを知っておく必要があります。
 初期面接をインテークとも言います。通常の福祉施設などにはインテークワーカーと呼ばれる人が配置されています。インテークの時に必要な態度については、カウンセリングやケースワークの基本を書いた本にはよく登場するので、一読することをお勧めします。それらの態度については専門書に譲るとして、ここでは盲導犬育成施設に勤務する人間が、盲導犬取得希望者に対してどのようなことが必要かを筆者の経験を踏まえて概括します。
 
 初期面接を通してもっともつかみたい情報は、希望者の「理解力」を知ることです。もちろんどのような家に住み、盲導犬のトイレの場所はどこかなど環境を知ることも重要なことですが、育成施設にある期間入所し、あるいは在宅で訓練を受けていただく時に訓練士とのコミュニケーションがスムーズであれば訓練は順調に進む場合が多いと考えられます。比較的短期間に進む盲導犬の共同訓練では、このコミュニケーションがより重要性を増します。盲導犬による歩行であれ、白杖での歩行であれ、視覚障害者の歩行はほとんどの場合は自分の置かれた環境を理解し、その環境に対して働きかけることになります。この時にある程度の論理性が必要です。この論理性を希望者がどの程度持っているかどうかが、訓練がスムーズに進むかどうかの重要な鍵となります。
 訓練をする側は、経験に裏付けられた論理で歩行指導を試みようとします。単純に「この先を右に、100m先のT字路を左に」とルートを指示した場合、身体方向が右に曲がる、左に曲がるということが、どのようなことなのかを理解していなければ、実際に歩くことはできません。また、訓練士が言っている左に曲がるということは、このような行動をとった時に初めて左に曲がるということだ、と受けて側が理解してはじめてコミュニケーションが成立したと言えます。さらに「T字路」「Uターン」という誰でもが知っていると思われる言葉も、実は希望者によって言葉は知っていても、実際にT字路がどのようなもので、左折する場合にはどのように行動すればよいかを体験的に知らないことがままあります。いわゆる空間概念ができていない状態です。このように当然相手は理解しているはずの言葉、知識を疑ってみる必要があり、面接の中で語られることばの中から探っていく必要性があります。
 さらに受け答えの時の適切さも重要です。聞かれたことに適切に答える人もいれば、聞いたこととは全く関係ないことを話す人もいます。例えば「目のご病気は何ですか?」と聞いたときに、「私は○○で、20代の時に目が不自由になりました」と答えればいいところを、「よくわからないが気がついていたらこうなった。医者は色々説明するがようわからん。あの医者は自分の目をだめにした。それで女房も子供のも・・・」と自分の現状についての不満を言うようになった場合は、こちらの質問の意図をなかなかストレートに理解していないということに繋がるかも知れません。
 
 面接では、はじめにリラックスした雰囲気を作り出すことが重要で、そのために希望者が話したいことを自由に話してもらうことが必要です。内容は子供のこと、趣味のこと、生活のことなど何でも構いません。相手が気持ちよく話せることが重要です。気持ちよく話をしてもらうためには、「話を聞く」ということに徹しなければなりません。気持ちよく話している最中に否定的なことを言うことは禁物ですし、充分に聞かずに話題をそらすことも避けたいことです。往々にして専門家である我々は、自分が持っている知識を相手に押し付けがちで面接という限られた時間の中で色々な情報を伝えたがるものです。例えば「盲導犬とはこのようなものです。協会での訓練はこうで、フォローはこうで・・・。そもそも犬というものを飼う場合にはこれこれの知識が必要で・・・」というように。我々が持っている知識は知識として、まず相手がどのような認識をもっているかを確かめてから、徐々に「盲導犬の役割というものを我々はこう考えています。」というように持っていくことが肝心です。ここで「この訓練士は私のことを理解しようとしていない」という印象を与えてしまうことをもっとも注意しなければいけないと考えます。
 人間は一時に沢山の情報を提供しても覚えられないものです。重要なことだけ伝え、あとの細かい情報は徐々に電話なりで詰めていくことも可能なはずです。余計なことは言わないことが求められる態度です。
 
 どの候補犬をどの希望者に持ってもらうかのマッチングは重要です。マッチングに必要な基礎的資料に書かれているものは、氏名、年齢、住所、身長、体重、障害状況、健康状態、生活歴、家族構成、周辺環境、希望者の移動範囲、希望動機などです。
 年齢と障害状況、生活歴は微妙にからまっています。たとえば、先天性の視覚障害者で50代の男性、治療院経営、単身世帯、歩行訓練の経験なし、といった場合に何が考えられるでしょうか?
 まず、先天性の視覚障害者であれば盲学校に通っていた場合がほとんどです。地方都市であれば、寄宿舎、盲時施設に入所しながら、親元を離れて生活していたはずです。単身である理由は様々考えられますが(普通はなぜ単身なのかなどの話はしない)、うまく女性とコミュニケーションを取れなかったか、チャンスを自ら作ろうとしなかったなどが考えられます。性格的には他者とのコミューケーションを積極的に図りたい方ではないかも知れません。また、白杖の歩行訓練を受けた経験がないのは、今まであまり不自由を感じていなかったからで、それは誘導してくれる人間が身近にいたからでもあります。この場合は親が想定されますが、親が高齢になってそろそろ誘導もおぼつかなくなってきた現実があるのかも知れない・・・などと想像することが可能です。もちろんこれは想像であって実際とは違うかも知れませんが、基礎的資料に書かれていることからある程度の生活歴やその背景を想像しながら訓練を実施していくことは重要です。
 希望訓練範囲や希望動機については変わっていく可能性があります。特に盲導犬との歩行を経験したことがない希望者は、イメージは持っていても、実際にどの程度が行動範囲になるかはわかっていない場合が多いと思います。これは訓練をやりながら徐々に実際生活を造って行く過程でできあがるものではないかと考えます。ただし、希望目的地を聞くことは必要で、その目的を達成するための訓練プログラムを立てねばならないことも事実です。
 
 面接は基本的に希望者の家で行うようにした方が良いと考えます。そのメリットとして考えられることは、盲導犬の居住スペースやトイレを確認できる、希望者が歩く範囲、環境を確認できる、そして希望者の領域なのでよりリラックスした状況を作りやすいなどのことが考えられます。
 面接時にはビデオを用意し、希望者と話をしているところや家の中の様子、周囲の環境などを撮影すると、後でマッチングミーティングをする時などの資料につかえます。また実際にデモ用の犬を同伴することも必要に思います。「犬は家族皆好きです」と電話で言っていても実際に「犬を連れてきたのですが、家に上がっても良いですか?」と聞いた時に、本人は良いと言っても、家族の視線が意外に冷ややかだったりすることもあります。また、希望者自身も実際の犬の大きさやしぐさに驚くこともあります。このような反応を引き出すには有効な手段だと考えます。
 話の中で「理解力」を探ることは前述しましたが、迎えでた時の挨拶の仕方、服装、家の中の整理状況、案内の仕方、出てくるお茶やお菓子の器などすべてがチェックの対象となります。特に整理や掃除などが行き届いているかどうかについては犬の健康管理にどの程度気をつけることが可能かなどの目安にもなります。例えホームヘルパーに頼っていると言っても性格は出ますので、それがそのままブラッシングなどの習慣にも影響すると考えた方が良いと思います。
 家の近隣を白杖などで歩いている人であれば、近くまでの移動を見ることも参考になります。どのようなランドマークを使って歩いているか?杖のテクニックは習っているものか?移動には慣れているか?歩行スピードはどの程度か?バランスは良いか?などもチェックの対象になります。話しているときは気づかず、実際に歩いてもらってはじめてボディーバランスが悪いことが見受けられることもしばしばです。よく聞いてみると最近脳梗塞をわずらったことがあるなどという話にもなります。
 最後にデモ用の犬と知っているところを少し歩いてもらうことも良いのではないかと思います。体験歩行をしたことがある人でも、自宅の知っている場所で盲導犬が実際にどのように動くのかはなかなかわからないものです。実際に生活している場所で動けることを体験することがより動機を強く持つことにも繋がります。また訓練士サイドとしては、現状で犬のスピードにどの程度ついていくことが可能か、バランスはどうかなどを見ることもできます。
 実際の面接を移動も含めてビデオに撮り検討することは、希望者面接表のように紙に書かれたものを見るだけでは作りにくいイメージを容易に職員間で共有することが可能となります。また、面接には気がつかなかった本人の特性を他の訓練士から指摘を受けることもベテランの指導員から面接のアドバイスを受けることも可能とします。
 
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