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3. 盲導犬の基本歩行訓練
 盲導犬の歩行訓練はリードだけの状態からジャケット(胴輪)を着け、そしてハンドルを着けた直線歩行へと進んでいきます。トレーナーのコントロール下で犬に様々な作業を行わせるために、もっとも基本となる訓練です。
主人(トレーナー)の左右どちらにおいてもユッタリした動作で自主的に前進意欲を持ち歩行します。脚側行進と異なり、トレーナーの膝に犬の大腿部もしくはわき腹部分が軽く触れる位置で歩行します。
 脚側歩行ができている犬の場合、前進意欲が低下していないか、もしくは前進意欲が高過ぎて常にコントロールを必要とするかを観察し訓練を進めます。
 用いる命令語は『オッケー』、『ストップ』、『アト』で、補助語は『マッスグ』、『ユックリ』、『ハヤク』などです。
 
3.1 リード歩行
 リード歩行は、次のジャケット(胴輪)歩行への準備訓練となります。その歩行は、前方へ集中し、歩行中にある臭いや通行人、他の動物に気を取られることなく前進しなければなりません。
 
3.1.1 導入段階
 訓練の目的である歩行に対する集中を高める手段として、犬がわき見をしたとき厳しく叱って止めさせる方法が取られているが、これは間違いです。この方法だと犬は叱られない時は、わき見をしてしまいます。
 導入段階では、先ずトレーナーが歩行に集中し、補助語を掛け、かつ身体全体を使い犬にわき見をさせない歩行をさせ、そのことを賞賛する方法が正しい歩行を学ばせることになります。
 訓練の開始時には一旦『ストップ』で止め、犬に訓練開始の意識を待たせ落ち着いた歩行に導きます。この時の、リードによるコントロールは強くなり過ぎないこと。次に『オッケー』の命令で歩き始めます。歩き始めて短い間にその日の犬の状態、意欲、を把握し掛ける言葉の調子を変えます。
 前進意欲の低い犬、このタイプの犬の場合、犬舎から出すときから少し抑揚を付けた声を掛けます。これは歩行中の前進意欲を高い状態に保つためと、このようなタイプの犬に見られる感受性の低さを考慮し、犬の体に触れる度合いを増やし、全ての面で気持ちを鼓舞するようにします。但し、犬が背を丸めて歩いたり、興奮のあまりトレーナーに飛び付いたりの動作が生じるまでにしないよう注意することが必要です。
 前進意欲が高い犬には、出始めの『ストップ』を強めに与え、停座に多少の時間をかけた後、静かな『オッケー』の命令で歩き始めます。このタイプの犬の場合、動きも機敏でわき見も多くなる傾向にあるので、事前の声かけが必要で落ち着いた言葉を使うことです。
 訓練犬一頭一頭全て異なる性格を持ち、動作や反応も個体差があり、また、その日の状態でも変化し訓練中にも変わってきます。トレーナーは犬の変化を的確に掴み対処しなければなりません。
 
3.2 ジャケット歩行
 リード歩行とジャケット歩行は、基本歩行全体から見ると導入部分にあたり、リード歩行のいつの時点からジャケットを着けるか論議されるが、きわめて早い時期から着けてもかまいません。ジャケットを着けることにより、『歩行訓練』意識を高めるとともに、トレーナーとの一体感ある歩行を実感させることができます。ただし、その時は、犬に訓練意識が芽生えた状態でなくてはなりません。また、トレーナーもその意識を強く持ち訓練に臨まなければなりません。
 
3.2.1 導入段階
 ジャケットを初めて着用するとき、犬は緊張もしくは不安や違和感を持つものであり、無造作に着けようとしてはなりません。その後長い期間ジャケットを嫌がることとなります。ジャケットを意識させずに体に触れながら緊張をほぐし着けてしまうのが良いと言えます。もしくは多少の時間をかけ犬にジャケットを点検させ不安を取り除き慣らしながら着けます。注意することは、必要以上の声掛けと、激しすぎる動作です。つまり、「ジャケットを着けること即ち歩行訓練」この条件が崩れる接し方は取るべきではありません。
 まず、犬舎から出した時、犬の興奮状態を把握し極力落ち着きのある声と態度で一旦座らせ、ジャケットを近づけ犬に調べさせます。その後、下あごを軽く持ち上げ静かに首を入れ、手のひらでお腹を持ち上げ立たせる。初めてのときは事前にベルトは緩めに調整しておきバックルを留め、着けたら直ちに歩き出しジャケットを意識しないよう声かけを行います。ジャケットに対する反応は犬により異なるが、遅くとも3〜4日で楽に着けさせ歩行中も気にしなくなります。
 
3.2.2 学習段階
 ジャケットを着けることを条件反射とし歩行訓練の意識を更に高めます。ジャケットにハンドルを着けると、片手がハンドルに奪われ、賞賛時や身体の向きを事前にコントロールする時など充分な動作が取れません。したがってハンドルを着ける時期は、両手を使ってのコントロールが少なくなった時点で良く、慌てて着けることは必要ありません。
 
3.3 直線歩行
 歩行に対する集中力と道路横断時の確実な直線意識を持たせることが直線歩行です。交差点で進行方向と違う向きで止まったり、脇道に曲がって行ったりしないことも大切な内容です。また、歩行スピードは犬の集中が保てる速さであり個体により異なりますが、決して興奮した歩きにならず、リードが若干ゆるんだ程度で歩行できることが望ましい状態です。
 ハンドルを着け歩行に集中できるようになれば次の段階へ進みますが、この段階で歩行位置にも注意しながら歩きます。方法は犬の身体感覚を利用し、ハンドルで後方に抵抗をかけた場合犬は前方へ引っ張る。また建物側へ押すように抵抗をかけると反対に寄ってきます。このハンドルヘの抵抗は、訓練が進むにつれ大切になってきます。歩行に対する犬の自主性を高めるよう後方に軽く引き誘導意識を感じさせるが、強い前進意欲が出過ぎないよう注意します。時にはハンドルを前方へ押すように抵抗をかけ歩行スピードを落とす訓練もしなければなりません。前方へ押す時も、ただ単に力を抜くだけだったり、少し前方へ押したり、押しながら下方へも力を加えるなど、さまざまな工夫をします。
 
3.4 交差点ストップ
 盲導犬の最も重要な作業は、交差点を発見しそれを知らせるために止まることです。止まる位置は交差点を主人が足で確認できなければなりません。『交差点』といってもその形態は無数にあります。歩道のある道、歩道のない道、歩道のある道とない道との交差点、四つ角、三叉路、五叉路など、複雑に交わっています。しかし、道路と道路が交差している地点という条件は同じです。
 
<写真 交差点ストップ>
 
3.4.1 導入段階
 「交差点の正しい位置で止まる」ことを教える段階として、まず「止まる」ことを教えなければなりません。「ストップ」の命令でスムーズに歩行を停止し、次の命令を静かに待たねばなりません。
 基本歩行の段階から実施する科目ですが、導入段階から「ストップ訓練」を繰り返し行うのは前進意欲が高く性格的にハードな犬以外は慎むべきです。
 最初は『ユックリ』の補助語や、名前を呼び事前予告を与え、歩行スピードを落としたのち『ストップ』の明確な命令を掛けます。一瞬の間の後、リードで犬を止めます。リードは必ず犬の背骨に沿って斜め後方に掛けます。リードの引く方向が背骨の線からずれたり、前足が浮くほど極端に上に引いたりすると、進行方向に対して身体を斜めにして止まる癖がついてしまいます。また、歩行中から斜めになりながら歩行する場合は、事前に手を使い修正するが止まる時も修正する方向ヘリードを引く。その強さは犬の前進意欲に注意しながら加減しなければなりません。止まったならば、おもむろに落ち着いた賞賛を与えます。
 
3.4.2 学習段階
 初期段階は交差点を意識し過ぎないよう、交差点以外の場所で『ストップ』の訓練を始めます。最初から交差点で行うと、交差点を意識して手前で止まり「縁石」(歩道上の交差点の目印となる縁の石)を確認できなくなります。
 初期段階は毎回交差点で止めず、一度止めたら2〜3箇所の交差点は通り過ぎ、再び交差点以外の場所で止めます。交差点で止まる回数を増やし、手前で止まりそうなけはいのときは通り過ぎる。このように極力交差点を意識し過ぎないよう『交差点ストップ』を繰り返し行います。意識しすぎると訓練が進み慎重になる場面で交差点の手前で止まる悪い癖が出てしまい、正しい位置を再度教えなおすことに大変苦労します。
 交差点の正しい位置に『ストップ』の命令で止まることを学習したならば、再び注意深い段階を踏み、命令が無くとも犬が自主的に止まるよう訓練を進めます。この場合も最初は、交差点2〜3メートル手前から『ユックリ』の声をかけ止めるべき位置を認識させ後で、『ストップ』の声を使わず、リードのコントロールだけで止めます。止めたならば速やかに『オッケー』で歩き出し、リードで止められたことを強く意識させないよう注意します。
 交差点に止まり落ち着かない動作を見せる犬や、交差点への意識が逆につき難い場合は、その場に座らせる方法も効果的です。
 歩道上の歩行でも歩車道の区別の無い交差点でも、訓練の手順は同じですが区別のない所では交差点の「スミキリ」を少し脇道に入り込んだ位置となります。
 
3.5 方向変換
 人間が目的地に到達するには、道路が交差している場所で方向を変える必要があります。盲導犬との歩行では、交差点で方向を変えるルールがありそれを「方向変換」といいます。
 次の交差点で右に曲がることが分かっていて、そのまま交差点の縁石まで行かずに方向を変えて歩き続けると自分の方向を見失います。必ず交差点の縁石、スミキリまで行って初めて自分の位置を確認し、その後指示で方向を変えます。使用する命令語は『アト』です。歩いてきた道を後戻りする、後に進行方向を変える時に用います。
 
3.5.1 導入段階
 『アト』の方法は、人間の動きが大きくなるため注意が必要です。確実に180度真後ろに向き直らなければ主人は方向を間違えてしまいます。止まっている犬を軸に行うため、普段の訓練から犬の向きを修正していることが重要です。修正は正しい向きを教えてから、悪い向きをコントロールで直します。前進意欲の強い犬や予想力の高い犬は、後戻りの『アト』を教えるのが難しく、そのような場合は、歩行中に突然『アト』の命令と同時に後戻りし歩きつづける。しばらく歩いた後『ストップ』をかけ今度はゆっくりと『アト』の命令を順序良くをおこないます。この繰り返しで犬に歩行は前進だけでなく後戻りも楽しいことを学習させます。
 次に『マワレ』を導入します。初期段階は命令する準備として、トレーナーが犬の頭に近い位置まで前方に移動します。膝を曲げ犬がトレーナーの後ろを回りやすくします。命令の補助として、犬と反対側の自分の太ももを叩き音による誘導も利用します。そして犬を左右に持ち替えます。犬が回ったならば直ちに『オッケー』で歩き出します。
 この動作は頻繁に使われ覚えやすい。出発時に『マワレ』をし、すぐに歩き出すことが賞賛となるためです。この条件は『アト』にも利用されます。
 最後に立つ位置を少しずつ後ろにすると共に、膝の曲げる角度を減らします。回りきった側に壁のある場所を利用し、身体が斜めにならないよう気をつけ訓練します。
 
3.6 歩行位置
 歩道上ではほぼ真中を歩き、歩道の無い道は、道路の一番端を歩く、このことで交差点の正しい場所に誘導しやすくなります。
 特に歩道の無い道では、端を確実に歩くことにより安全性が高まり、犬が交差点の『スミキリ』を発見しやすくなります。望ましい位置を歩行するには、ハンドルの抵抗を利用します。歩道上は真中を歩かせながらハンドルで建物側や車道側に抵抗をかけ反対の手でリードを使い正しい位置へ誘導します。このことで、犬はハンドルの抵抗にかかわらず正しい位置を保とうとします。
 歩道の無い道路でも同じく、道路の中央側にハンドルを引き、抵抗をかけ反対の手でリードを使い道路の端をキープさせます。ハンドルの抵抗は微妙な力加減が必要であり、これに対してリードで誘導する時は、犬に気付かれないよう工夫し、リードを使った瞬間に犬を鼓舞します。犬が自分でリードに抵抗し正しい位置を歩いていると感じさせます。
 この方法とハンドルの抵抗に負けた時の『チョーク』を上手に使い分けながら、正しい位置を歩くことを強化していきます。







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