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4 眼科領域の基礎知識
1. 要約
 通常、外界の情報の8割は視覚を通して得られています。視覚障害には視機能が残存しているもの(ロービジョン)と両眼ともに光覚のない(盲)があります。
 国内における視覚障害の身体障害者手帳所持者数は約40万人で、このうちの3分の2は残存視機能を有するロービジョン者(児)です。
 本稿は、視覚に障害のあるかた(の目や見え方)を理解し多くのかたがそれぞれの役割を分担しながらより有効な支援を行うことができるように願いを込めて、1)目および視覚経路、2)視機能の表記方法、3)見えにくさのシミュレーション、4)主要な原因疾患、5)眼科医からみた対応の順に構成しました。
キーワード
 ロービジョン、視機能、視力、視野、屈折異常、視野狭窄、中心暗点、半盲、羞明、未熟児網膜症、網膜色素変性症、緑内障、糖尿病網膜症、ロービジョンケア
 
 通常、外界の情報の8割は視覚を通して得られています。視覚障害には視機能が残存しているもの(ロービジョン)と両眼ともに光覚のない(盲)があります。
 国内における視覚障害の身体障害者手帳所持者数は約40万人で、このうちの3分の2は残存視機能を有するロービジョン者(児)です。
 異なる障害が日常生活に与える影響(不都合)を比較するのは困難ですが、視覚障害によって生じる影響(不都合)は聴覚障害などに比較して大きいと考えられています1)
<失明の障害度1)
 そもそも疾患による障害度(disability)というものは実際その障害をもった人でないと判断できないはずですし、障害同士の比較が可能かどうかという問題もあります。障害度は、障害をもったときの年齢や職業など多くの因子が絡み合った問題であり、主観的なものにならざるをえず、実際上数値化するには少々無理な面もあると思われます。
 それでも、失明の障害度(disability)は他の障害に比べてどの程度のものでしょうか。1995年にWHOで行われたGeneva Meetingでは、専門家による討論によって障害度の相対数値化が試みられました。その結果では、最大の障害(死)を1.0と仮定した場合、失明は0.624となっており、他の障害については、四肢麻痺0.895、痴呆0.762、聾唖0.333、膝以下の切断0.281、リウマチ0.209、不妊症0.191、太りすぎ・やせすぎ0.024などとなっています。このように失明を単体で考えた場合、一般的にその障害度は他の障害に比べてかなり大きいものであり、個人にとって失明は大問題であるといえます。
<世界の失明状況1)
 現在、世界の失明者数は4500万人であり、このうちの90%は発展途上国に存在します。失明者は高齢者に多く、その6割は60歳以上です。WHOの試算によると、この数は増加を続け、2020年までには世界人口の高齢化が進むことにより、60歳以上の失明者が5400万人となり、そのうち5000万人が発展途上国に存在するようになるといわれています。
 世界全体の失明率は0.7%であり、先進国における0.3%からアフリカ諸国の14%までの開き(地域差)があります。特に問題なのは、アフリカ諸国、インド、中国を除く東南アジア諸国であり、失明の地域負担を示すregional burden of blindness(RBB)値も、先進国の5倍、3.5倍、3倍となっています。
 実は世界の失明の3分の2が避けられる失明(avoidable blindness)であり、その最大の原因は白内障です。手術を受けることができれば失明から開放されるにもかかわらず、手術を受けることができないために失明しているのです。
 
 
図1−1 眼球の解剖(カメラとの比較)
 
 眼球の構造はよくカメラに例えられます。角膜(黒目)と水晶体はレンズの役割をしており、このうち水晶体は厚みを変えることでオートフォーカス機能も担っています。虹彩(茶目)は絞りの、強膜はボディの役割を、そして網膜はフィルムの役割をしていると説明されます。つまり、角膜と水晶体は外界の映像が網膜にピントを結ぶように光を集める「レンズ」として働いています。水晶体は厚みを変えることでピント合わせができるようになっているため、近くのものにも遠くのものにもピントを合わせる際に重要な役割をしています。虹彩は、明るいところでは窓を小さく暗いところでは窓を大きくすることで、まぶしすぎたり暗すぎたりしないように目の中に入る光の量を調整する「絞り」の働きをしています。強膜は目の形を支えているだけでなく強膜の部分からは光りが入らないような構造になっていて「ボディ」として働いています。網膜が障害されていると傷んだフィルムで写した写真のようにきれいには見えません。網膜は光で届いた情報を受け取る組織で「フィルム」にあたります。
 網膜に写った外界の映像情報は視神経、外側膝状体を経由して大脳後頭葉の視覚中枢に達します(図1−2)。さらにその情報が何であるかを分析した結果(図1−3)が「見える」ということです2)
 「見る」「見える」ためには眼球(目)だけでなく、大脳を含んだ視覚に関係する神経経路のすべてが正常である必要があります。いいかえると眼球に異常がある場合はもちろん、眼球が正常であっても視神経や大脳の視覚中枢に障害があると視機能障害を生じることになります2)
 
図1−2 視覚伝導路(求心路)
 
図1−3 視覚経路(遠心路)
 
図2 視角
 
 「どれくらい見えるか/どれくらい見えにくいか」を比較・判断するためには、比較・判断用の尺度(ものさし)が必要です。その尺度には多くの種類がありますが、最も基本的なものは、「視力」と「視野」です。
 「視力」はどのくらいまで近接したものが離れている(接していない)と判断できるかを表している尺度です。2点または2線と目をそれぞれ結んだ線の成す角度(視角:図2)の逆数で表されます。
 「視野」は見える(眼を動かさないで見ることのできる)範囲(広がり)のことです。視野が正常の場合は左右それぞれ上方と内側が約60度、下方が約70度、外側は約90度の範囲が見えます。また通常は自覚しませんが、外側約15度のところには正常でも見えない部分(マリオット盲点)があります。この視野が障害され残存視野が非常に狭い場合は、例え視力が1.0であっても歩行など(日常生活上)の不都合は大きいことが多く、視力が0.1以下であっても十分な広さの視野があれば歩行などの不都合は少ないことが多いようです。
 視力値の記載方法の基本については知っておくべきです。単に視力と言った場合、一般的には裸眼視力の意味に使われることが多いようですが眼科では矯正視力のことをさしています。
 通常は眼科受診の際に視力検査が行われますので、この結果を知らせてもらい理解することが重要です。例えば
視力:右0.02(0.2×S+8.0D=C−3.25DAx65°)
 この記載の意味がわかりますか?
(1)視力および矯正に用いるレンズの記載について3)
 ( )の左の0.02は裸眼視力を示しています。裸眼視力というのは眼鏡やコンタクトレンズなどの矯正手段を用いない状態の視力の値です。( )内の左端0.2は眼鏡の度数を変えた中で最良の視力(矯正視力)を示しています。そしてxから右すなわちS+8.0D=C−3.25DAx65°がその(最良の)視力が得られた眼鏡の度数です。言い換えるとS+8.0D=C−3.25DAx65°という度数の眼鏡で矯正視力0.2が得られたということを示しています。
 眼鏡などのレンズの強さ(度数)はD(ディオプター)という単位で表されます。D(ディオプター)はレンズの焦点までの距離(焦点距離:メートル単位)の逆数で表され(D=1/焦点距離(m):あるレンズの焦点距離が1mであればそのレンズの度数は1/1=1Dであり、」焦点距離が10cm=0.1mであれば1/0.1=10Dとなる)、焦点距離の短いレンズほど度数が強いことになります。
 
図3−1 球面レンズ
 
図3−2 円柱レンズ
 
 S+8.0D=C−3.25DAx65°の=は組み合わせているという意味で、S+8.0DというレンズとC−3.25DAx65°というレンズを組み合わせているということです。S+8.0DのS(あるいはsph)は省略されることが多いのですがSは(省略されていても)球面レンズということを表しています。レンズに入る光をすべて一点に集められるレンズのことを球面レンズといいます。+は凸レンズを示し、−は凹レンズ(図3−1)を示します。C(あるいはcyl)は円柱レンズという意味です。円柱レンズに入る光は方向によって受ける屈折力が異なります(軸と直交する方向でレンズとして最も強く働き、軸方向ではレンズの働きはない:図3−2)。C−3.25Dというのは凹円柱レンズでその強さは3.25Dという意味です。Axは軸方向のことでAx65°は軸が65°であることを示しています。C−3.25DAx65°は3.25Dという度数(強さ)の凹(−)円柱レンズの軸を65°方向に合わせたという意味です。
 8Dや3.25Dというのはレンズの度数(強さ)を示しており+(凸レンズ)であっても−(凹レンズ)であってもまた球面レンズでも円柱レンズでも数字が大きいほど矯正に用いるレンズの度数が強いことを示しています。
(2)屈折異常(遠視・近視・乱視)とその矯正について3)
 
図4 屈折異常とその矯正
 
 遠視・近視・乱視という状態(図4)について、しっかり理解している方は多くありません。遠視というのは(遠方から眼に向かってきた)平行光線が網膜よりも後方でしかピントを結ばないため網膜にはピントを結んでいない状態。近視は平行光線が網膜よりも前方でピントを結び網膜にはピントを結んでいない状態。乱視というのは眼に入る光の方向によってピントを結ぶ位置が異なっている状態のことです。乱視には近視性乱視や遠視性乱視などもあります。
 このためのように遠視の矯正には凸(+)レンズが用いられ、近視の矯正には凹(−)レンズが用いられます。そして乱視の矯正には、方向によって屈折力が異なる(軸と直交する方向で最も強くレンズとして働き、軸方向ではレンズの働きをしない)円柱レンズが用いられます(図4)。矯正に用いるレンズの度数が大きいということはその眼の屈折異常が大きいことを示しています。例えば矯正度数−1Dより−8Dの方が近視(凹レンズ)が強いということです。このため、(通常)矯正に用いているレンズと度数がわかればそれから眼の屈折状態がわかります。余談ですが眼鏡を虫眼鏡のようにして手元のものを見たときに大きく見えれば凸(+)レンズ、小さく見えれば凹(−)レンズ、眼鏡を回転させたときに見え方のゆがみが変わるようであれば円柱レンズが入っていると判断できます。
 ロービジョン(弱視)の場合、矯正を行ってもほとんど視力値に変化のないことは少なくありません。しかし、矯正を行わずに網膜像のピントがずれたまま、レンズ類(ルーペ、単眼鏡、拡大読書器など:後述)で拡大して見ようとすると、ピントのずれも拡大することになります。同じように拡大しても矯正した場合に比べて見にくいことになりますので例え視力値が向上しなくても網膜に写っている物体や文字の(像の)ピントを矯正によって合わせる屈折異常の矯正は重要です。







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