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■飯島博 NPO法人アサザ基金代表理事
 私たちは霞ヶ浦というところで市民型公共事業を行っております。霞ヶ浦もそうですけれども、地球環境の問題を含めて、野生生物の絶滅の問題、さまざまな環境問題の原因は、特定の原因というよりも社会システムそのものに原因がある。非常に複雑で色々な要因が絡まって、色々な環境問題という形で顕在化している、そこに環境問題の解決の難しさがあるわけです。
 
環境問題を解決しながら社会を再構築する
 実は、困難な背景を持った今日の環境問題は、逆に私たちの社会の再構築を促す大きなインパクトにもなる。そういう機会を与えてくれているものである。むしろ、それが私たち一人一人に創造的な意欲をかき立て、社会に対して色々な働きかけをしていくきっかけになるのではないかと思います。
 そのような発想で、一つの新しい「環境」という価値観を様々な分野に導入することによって、社会の再構築を促していこう。その社会の再構築を促していく中で、私たちは新しい価値を、既存の社会システムの中から見つけることもできる。そういう価値が価値を生む循環の積み重ねの中で、今までにない社会の活性化が生まれてくるのではないかとい思っています。そういう意味で、私は、今の社会に対してすごい展望を持っているのです。
 私たちが行っている霞ヶ浦、渡良瀬、足尾を結ぶ非常に広大な地域での事業ですが、これは行政の枠組みをはるかに超えていまして、おそらく企業の皆さんにもこれだけの規模の事業を展開するのは難しいのではないかと思います。
 この事業を進めていく上で、私には基本的な戦略がありました。それは、私たちの対象地域の中で行政が行う事業、あるいは民間が行う事業、私たちも色々な事業を行っていますし、色々ありますけれども、それぞれの個々の事業を絶対に自己完結させないということです。
 それから、それぞれの事業に単一の機能を持たせないで、多面的な機能を持たせるということを一つの大きな戦略としています。この中で、私たちの事業を進めているわけですけれども、具体的な事例を紹介したいと思います。
 
「治水はつくるものにあらず」
 霞ヶ浦は、琵琶湖に続いて日本で2番目に大きな湖です。220平方キロメートルあり、流域面積はその10倍、2,200平方キロメートル。全域を対象とした環境保全の事業は、総合的なものは行政もできない。
 国内でも最大規模のヨシ原が保全されています渡良瀬遊水池、その上流にあります足尾山地、3,000ヘクタールの森林がいまだに、100年経っても足尾鉱毒事件の影響で復活していない。
 霞ヶ浦でも、環境破壊の影響が色々起きていますけれども、水質汚濁が一番大きなテーマになっています。
 こういった環境問題をそれぞれに抱えている地域で連携させながら、一つの利根川水系というレベルで環境保全のシステムをつくり上げていこうというのが、私たちの取り組みなんです。
 実は、ここには歴史的な背景があります。足尾鉱山その下流に渡良瀬遊水池がある。そのさらに下流に霞ヶ浦がある。足尾鉱毒事件によって、まさにその水系に沿って大規模な環境破壊が起きた場所です。100年前の話ですね。私達はその広大な地域を一体のものとして自然再生事業を行おうとしています。
 昔の衆議院議員で、田中正造が日本で初めての環境保護運動を行った。田中正造が、その当時色々書いたもの、言い残した多くのことは、今でも私たちが新しい環境保護運動を進めていく時に、役に立つもの、生かされるものがたくさんあります。
 その1つに、「治水はつくるものにあらず」という言葉があるのです。治水という一つの機能を果たすため、河川に機能を持たせるために、今はモノ(いわゆる箱物)を何でもつくります。でも、当時田中正造はシステムで考えろということを言っているのです。それが、新しい社会(自然と共存した社会)を構築していくことにつながっていくのだと言っています。
 
アサザプロジェクト
 私たちのアサザプロジェクトという市民型公共事業ですけれども、一番大きな特徴は中心に組織がないネットワークだということです。中心にあるのは場です。協働の場がある。その協働の場を、私たち、生活者の視点を持ったNPOがコーディネートしていく。
 その協働の場を、国土交通省であるとか、市町村であるとか、大学であるとか農林水産業、学校、さまざまなセクターが活用して、ネットワークの中で新しい価値観や事業の効果を引き出していく。みずからの戦略を展開できるような場を提供していく。
 もう一つの私たちの事業の進め方ですが、長期計画を持っている。100年計画で事業を進めていこうということです。これも年度割りの行政ではなかなか難しいことだと思いますけれども、100年計画を立てて、じっくりと環境や社会の再構築を進めていこうと思っています。100年後に、日本の近代化100年で失ってしまったトキを目標として。
 具体的な目標がありますと、その中で人々は動きやすくなることがある。トキは単なる野生生物ではなくて、日本の文化を背負っている生物なのです。
 もう一つは、すべての事業に子供が参加する。環境教育と自然再生事業とよく言われますが、この二つが一体化しているということです。公共事業にも子供たちが参加しているのです。
 
自然の再生
 霞ヶ浦では、かつては自然の豊かな湖岸がありましたが、霞ヶ浦開発事業によって、この湖岸線(250km)がことごとく垂直湖岸に変えられてしまった。それによって環境が大きく破壊されてしまった。これは日本中に起きていることです。こういった状況を打開、改善しなくてはならないということで、国や自治体でも色々な取り組みが行われている。
 いわゆる自然を再生する事業です。発想の転換がない中で、この自然再生事業を行っても自然は再生できない。いわゆる土木工学的な、自然を破壊したのと同じ発想で自然を取り戻そうとする場合が多い。このように力ずくで壊した自然を力ずくで取り戻すという発想では、自然は取り戻せない。
 霞ヶ浦で、一度植生帯がなくなってしまいますと大きな波が立つようになる。その波を押さえないと、植生帯を復元するために植物を植えても根づきません。すぐに波で根が抜けて流されていってしまいます。それで、波の大きさ強さに合う規模の堅固な構造物を設置します。大きな石を積んで波を押さえる、土木工学的発想で事業を進めていったわけです。
 ところがどうなったか。力ずくで波を押さえれば波は必ず打ち返す。当然のことです。ですから、沖のほうの湖底が返し波で掘られてしまって大きな段差ができる。多様性を生み出す、色々な深さのある、緩傾斜の地形は生み出せない。
 なおかつ、この構造物の内側、岸側は波が極端に弱まってしまいますから、波の働きがけが失われて多様性が生み出せない。波は、単になければいいものではなくて、波も働きかけをして、環境の多様性を生み出していたわけです。
 自然は、実はそう単純じゃないということで、私たちはこういう従来型の公共事業に対する代替案を考えて示しました。それは何かといいますと、霞ヶ浦にもともとある自然の働きを生かしていく自然再生事業の展開です。
 霞ヶ浦は、一度植生帯を失ってしまっていますから、非常に大きな波が立つようになった。
ところが、湖には部分的にアサザ(ミツガシワ科の浮葉植物)という水草が現在でも残っています。その群落のあるところでは、アサザが波を弱めている。波を打ち返すのではなくて和らげる。波が和らげられますと、沖から運ばれてきた土砂がだんだんたまって浅瀬が形成されてくるという仮説を立てました。時間はかかりますが、少しずつ湖を癒していく取組です。
 これが、自然そのものが持っている当然の機能なのですけれども、この働きに着目しまして、アサザだけではありませんが、霞ヶ浦に自生している沖合に広がるタイプの水生植物をうまく復元して、計画的に霞ヶ浦全域を再生していこうと考えました。
 
市民型公共事業の発想が生まれる
 自然の働きかけを生かすことは、もう一つの効果があります。大規模な機械や石を置いたり、コンクリートの構造物を置いたりする公共事業では、一般の人は当然参加できません。ただ眺めているしかない。
 ですが、自然の働きを生かすことによって、湖での公共事業にも一般の人もかかわる機会が生まれた。ここから、市民型公共事業の発想が生まれてきたわけです。
 あの石やコンクリートの構造物と同じような、むしろそれ以上に多面的な機能を持ったアサザの群落、あるいは、その他の水生植物の群落を計画的に湖に再生していく。
 そのときに一般の人たちの協力、参加を求めようということで、アサザの種子を採取して、里親を募集しました。それで、みんなに育てたものを植えてもらうという取り組みを始めたわけです。
 霞ヶ浦では水質浄化のための水質調査だとか、啓蒙活動がいっぱい行われてきましたが、長年やっていますと、市民運動に参加する人はほとんどいなくなってしまいました。色々なシンポジウムとかやっても、パラパラとしか人が来なくなってしまう、非常に無関心な状況になってしまったのです。
 その一つの要因は、働きかけをする機会がなかったからだと思います。社会や環境に対して働きかける機会、あるいはそういう呼びかけがほとんどなかった。あの大きな湖に働きかけたって無駄だと、みんな思っていたんですけれども、その発想を切りかえてくれたのは、自然の働きに対する着目です。
 
伝統工法粗朶で波消し
 もう一つ、アサザや水生植物を植えつけても、すぐに流れてしまいます。なぜかといえば、一度植生が失われると植物そのものはなかなか根づかない。また石の構造物で波を抑えたら、全く同じことになってしまいます。
 そこで、私たちが考えたのは伝統工法の活用。丸太を打ち込み、その中に雑木の枝を束ねた粗朶を詰め込みます。この粗朶の波消しを設置した岸側に植物を置く。この植物が根づいてきたところで、この粗朶は木の枝ですから10年、20年すれば腐ってしまいます。
 なおかつ石と違って取り外しが可能ですから、邪魔になったら取ってしまえばいい。アダプティブに対応できる施設です。自然物ですから将来邪魔にならない、いずれなくなるという方法を考えました。
 実際、アサザの植えつけがどんどん始まっていったわけです。アサザやヨシの植えつけです。みんなが湖に戻ってくるようなこと、汚い、危ない、近づくなと言われた霞ヶ浦に、小学生が何万人も来るようになった。
 私たちはそれをきっかけに、さらに漁協の人たちと一般市民の人たちに、一緒にヨシを植えてもらうという取り組みをやっています。これが市民型公共事業です。
 こういうアクションを起こすとき、必ず小学生が参加します。現在、流域の170の小学校が参加しています。90%以上です。ただ単に活動してもらうだけではなく、生態学的な知識を持ってもらったり、このプロジェクト全体の構想を知ってもらうための授業を必ず行います。活動発表会もやっています。
 
無価値な資源に価値をつくる
 NPOが行政とかかわっているもう一つの大きな役割は、行政は失敗が許されないのです。
失敗すれば色々な問題が指摘される。ところが、失敗するかもしれないパイロット的な事業に関しては、NPOが先にかわりにやってあげる。うまくいったら行政に渡していくという関係で、今まで、私たちは事業を進めてきました。
 もう一つの戦略。先ほど言ったように一つの事業に一つの機能しか持たせないのは駄目だと。それから、連鎖的に事業を生み出していくこと、循環型の事業にしていかなくてはいけないと言いましたけれども、すべてにおいて自己完結をさせないということです。
 この粗朶の消波堤を採用させることについては、もう一つの戦略があった。公共事業にこの木材を使わせることによって、流域の森林、荒れ放題になってしまってどんどん減少が進んでいる森林の保全を総合的に行っていく、民間の政策に展開していこうということなのです。
 今、全く価値のなくなっている森林に経済的な価値を生み出していく。しかも、日本で一番大きな公共事業を行っている国土交通省が行う公共事業ですから、そことのつながりでお金を生み出すことは、まさに全面的な森林保全事業の展開につながるのです。それを狙いました。
 実際にこういう形で、今非常に大きな規模の粗朶の消波堤の工事も、国土交通省によって行われています。雇用の創出効果も生まれています。
 粗朶の採取にはまず荒れ放題の森林をまず切り開いて、下草を刈るわけです。それから、木を切り出さなければいけません。これらは40年以上放置されていた林です。笹などの下草に被われ木が見えなくなっています。
 粗朶を採取した後は、昔の雑木林に近い状態(見通しの良い明るい林)になっている。そうするとオオタカが戻ってきたり、フクロウが戻ってきたりする。地面に光が当たりますから、春にはスミレが咲き乱れる。秋にはオミナエシが咲き誇る。生物多様性が復活する。そういう里山の風景が戻ってきているわけです。
 この事業において、山林所有者は一銭もお金を払っていません。事業を進めるに当たっても、作業を行うに当たっても、補助金は一切頂いていません。全部、粗朶の売り上げだけで行っている。粗朶の価格の中に、森林保全のための色々な人件費等も環境調査費も、全部含まれているわけです。







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