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■マンガ用ソフトウェア「コミックスタジオ」
 川上―今説明したのが、アニメーションを作るために現場で実際に使われているソフトウェアです。次に、マンガのソフトウェアをご説明します。マンガは今でもたいへんアナログな作られ方をしていますが、その工程をすべてデジタル化した、世界最初のソフトウェアです。
 
 竹内―今までマンガは、紙の上に鉛筆やペンで描かれてきましたが、「コミックスタジオ」によってすべてパソコンの中で描けるようになりました。
 まず、マンガ1ぺージの原稿用紙に相当する画面に、ネームと呼ばれる設計図のようなものを描いてプロットを決めます。次に、ネームに沿ってコマ割りをして、さらに細かい下描きをします。その上にペンを入れ、下描きを消し、スクリーントーンを貼り付けます。最後にテキストツールを用いてセリフを入力します。これで1ぺージが完成します。
 コミックスタジオの特徴は、滑らかなペンタッチです。タブレットを使って、誰でもきれいな線が描けます。手の震えがあっても、自動的に補正する機能があります。線の最初と終わりを細くする機能があるので、誰でもマンガ家と同じような線を引けます。1度引いた線は後から、曲げたり、太らせたり、タッチを変えることもできます。タブレットを使って紙に描くのと同じ感覚でペン入れの作業ができます。
 スクリーントーンは、紙原稿の場合は、必要な形にカッターで切り取って貼り付けました。コミックスタジオでは、貼りたい範囲を指定して、ドラッグアンドドロップで貼り付けることができます。はみ出た部分は消しゴムで消せますし、間違って消しすぎてもマジックで貼り直すことができます。これはマンガ家さんに好評な機能です。1回貼ったスクリーントーンは、後から設定を変えることができますから、作家の好みに合うまでシミュレーションを繰り返すことができます。
 セリフは絵とは別のレイヤーになっているので、後からセリフを変更することが可能です。日本語のセリフを英語にするようなことも簡単にできます。
 ほかにもコミックスタジオには、マンガを描くのに便利な機能があります。集中線は、今までは定規を当てて1本1本描いていました。コミックスタジオでは、放射線モードを選ぶだけで、簡単に集中線を引くことができます。この機能もマンガ家さんに喜ばれています。
 コミックスタジオには、背景を描く機能があります。3Dのデータを読み込んで、自動的に背景にすることができます。例えば、住宅街のデータに、希望の設定をしてそのまま背景として使えます。光源の位置を変えることで、影の付けかたを変えることもできます。ペンの太さを調節して、背景にできます。
 読み込んだデータは、トーンと線が別々のレイヤーに分かれていますから、後からトーンを変えたり、線を描き足すこともできます。建物だけではなく、人体や自動車のデータもあり、自動車はドアを開け閉めすることができます。自動車のデータはサンプルとして2種類入っていますが、別売で専用の素材集もあります。
 完成したデータは、Photoshop等の他のソフトウェアに持っていって使うこともできます。
 
 川上―アニメーションとマンガのデジタルによる制作を見ていただきました。デジタル化することで大きく分けて、2つのメリットがあります。1つは、制作のスピードが上げられることです。もう1つは、表現の幅を広げられることです。3Dを使うのはその典型だと思います。アニメーションにしてもマンガにしても、デジタルになっていると、ワンソース・マルチユースできるという副次的なメリットもあります。
 皆さんの国で見られる、日本のマンガやアニメーションがこうしたツールで作られていることを思い出してください。また、これらのソフトウェアは日本だけではなく、日本と一緒にアニメーションを作っている韓国や中国でもよく使われています。マンガのソフトウェアにしても、これから海外へ出ていきたいと思います。
 
■質疑応答
 学生―素晴らしいソフトウェアですが、様々な作業をコンピュータ化する上で最も難しかったのは何でしょうか。コンピュータ化できず、まだ手でやっている作業はありますか。
 
 川上―コンピュータ化が難しかったのは、1つはマンガのほうで説明した、震えている線もきれいになる技術です。実は、この技術が開発できたので、繊細なペンタッチの絵がコンピュータで描けるようになったのです。マンガの場合、600〜1200dpiの解像度になります。dpi(dots per inch)は、1インチ(約2.54センチ)四方に何個の点があるかを示す単位です。1インチ四方に1200個もの点を描くのは大変難しいのですが、タブレットから入力された線のデータをリアルタイムで数式に変換する技術を開発したことで、ペンタッチの再現ができるようになりました。
 たいていのことはソフトウェアでできますが、アニメーションの背景はまだ手作業で描いているところが多いです。Photoshopなどのペイントソフトを使っているところもありますが、その場合は水彩で描いたほうが仕上げが速いのです。また、日本のアニメーションの背景は、水をたくさん使ったような特殊な絵が多く使われていますが、そういう感じをうまく表現できるソフトウェアはまだありません。
 
 学生―マンガに書きこまれる効果音は別のレイヤーになっているのですか。
 
 川上―別のレイヤーです。
 
 学生―コミックスタジオはいくらで売られていますか。
 
 川上―ご紹介したコミックスタジオは3Dの機能が入った最もよいバージョンで、7万4800円です。一番シンプルなバージョンは1万1500円で売っていて、パソコンソフト売り場のグラフィックのコーナーには必ず置いてあります。
 
 学生―ソフトウェアで描くと、画一的な表現になってしまう可能性はありませんか。それによってマンガ家の個性が失われませんか。
 
 川上―我々がソフトウェアでシミュレートできている線のほかにも、マンガではいろいろなペンや鉛筆を使いますが、すべての画材について再現できているわけではありませんから画一的になる可能性はあります。もっと表現の幅を広げられるように機能を強化していこうと思います。個性についてはどうでしょうね。
 
 竹内―ソフトウェアは道具の1つであって、パソコンを使っていても人によって描き方は違うので、個性がなくなることはないと思います。使う人がソフトウェアに飲まれてしまうと、個性はなくなってしまうでしょうが。
 
 学生―コミックスタジオを使って描かれたマンガが出版されていますか。
 
 川上―コミックスタジオは昨年7月に発売されたものですから、実際にこれを使って描いたものが出版されたのは、まだ数冊しかありません。ただし、日本では、プロのマンガ家は氷山の一角で、その下には膨大な数のコミケ、同人と呼ばれるアマチュアの人達がいますが、そこではコミックスタジオを使ったマンガがたくさん作られています。
 
 学生―東映アニメーションでは独自のソフトウェアを使っていると言っていましたが、各アニメーション会社が独自に使っているもののほかに、さらにこれらのソフトウェアを売り込んでいるのですか。
 
 川上―スタイロスは東映アニメーションでも使われていますが、さらに使い易くするため、東映アニメーションのリクエストに沿って細かい調整をしながら開発を進めています。しかし、できたソフトウェアは、東映アニメーションだけにしか売らないわけではありません。
 
 学生―アニメーションでは色を入れた後で、色を変えるなどの調整をできるのでしょうか。
 
 古賀―できます。例えば、キャラクターの色が決まる前に動画ができている場合、仮の色を入れておいて、後で色が決まってから入れ直すことが、実際の作業で行われています。







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