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2002−2003年度
早稲田大学国際部寄附講座
報告書
「マンガとアニメ:日本文化・社会の表現」
Manga and Anime:
Expressions of Japanese Culture and Society
東京財団
 
はじめに
 東京財団はマンガ・アニメーションの底力に着目し、それを世の中のために活かすための様々な事業を継続しています。最近になってようやく文部科学省もその価値を公式に発表するに至ったことを喜んでいます。本年はその3年目としてマンガ・アニメーションと教育に焦点を当てた事業をいたしました。マンガフォーラム「知識教育とイメージ教育」(全8回)の開催、そして早稲田大学でのマンガ・アニメ寄付講座の実施です。多くの方々が以下の事業主旨に賛同し、ご参加下さいました。
 
 本報告書は、2002年10月から2003年1月にかけて早稲田大学国際教育センターで開講されたマンガ・アニメ講座の講義をまとめたものです。皆様にマンガ、アニメーションの底力を感じていただけるものと確信しています。
 
事業主旨
 創造力や独立精神の豊かな新しい人材を発掘、育成することは当人のためにも、また国の将来のためにも大変必要なことだと常々考えています。日本の大衆文化、取り分けマンガ、アニメーションには世界を惹き付ける創造性、独自性があってそういった新しい能力を開発する上で役立つものと大いに期待しています。人間の感性、情熱、心、魂といった人間力を育てるのは、マンガ・アニメーションに表現されているものだと考えています。それは勤勉の魂か、寛容の魂か、人間を豊かにする愛の塊なのか。日本には世界を惹き付ける創造性や独自性があります。そういったことを多くの方々に理解していただき、教育現場にマンガ・アニメーションの表現力を採り入れて豊かな人間を育てたいという目的で、マンガ・アニメーションと教育に焦点をあてた事業(マンガフォーラム「知識教育とイメージ教育」及び早稲田大学でのマンガ・アニメーション寄付講座)を実施いたします。
 
東京財団会長日下 公人
 
講座概要
講座名: Manga and Anime: Expressions of Japanese Culture and Society(2単位)
講義日時: 秋学期(2002.10.1〜2003.2.7)水曜日5限(16:20〜17:50)。
  現地視察は土曜日。
受講者: 早稲田大学別科留学生課程(国際部)の外国人留学生および学部・大学院の正規学生
コーディネーター: 森川 友義 助教授(国際教育センター教務主任)
 
講義日程:
講義日 内容 講師
1 10月2目 ・東京財団 挨拶 ・講座説明 日下公人 東京財団会長
2 10月9日 「マンガ・アニメの歴史と現状」 森川友義 国際部助教授
3−4 10月12日
土曜日
「マンガの作画工程を学ぶ」 東映アニメーション大泉スタジオ訪問 森川引率
5 10月23日 「アニメーションのプロデュースと作業の実際」 ―プロデューサー、脚本家の心意気― 清水慎治 プロデューサー
6 11月6日 「デジタル制作過程のデモンストレーション」 川上陽介 セルシス社長
7 11月13日 「マンガ原作とアニメーション」 ―漫画家魂― 松本零士 漫画家
8 11月20日 「監督の仕事とは」 ―アニメ監督からのメッセージ― 西尾大介 アニメーション監督
9 11月27日 「声優の仕事とは」 ―声優の醍醐味― 野沢雅子 声優
10 12月4日 「編集者の仕事とは」 堀江信彦 コミックバンチ編集長
      Stuart Levy Founder & CEO, Tokyo Pop
11 12月11日 「広告代理店の業務」 片岡義朗 マーベラス・エンターテイメント エグゼキュティブ・プロデューサー
12 12月18日 まとめと中間試験 森川
13−14 1月11日
土曜日
「宮崎駿の世界を知る」 江戸東京たてもの園、三鷹の森ジブリ美術館訪問 森川引率
15 1月22日 期末試験 森川
 
開講挨拶
日下公人(東京財団会長)
 
 このセミナーを寄附させていただいております東京財団を代表してご挨拶申し上げます。
 今回、早稲田大学という日本有数の大学でマンガ・アニメを取り上げていただいたことは、森川教授や内田教授のご理解の賜物であると深く感謝しております。
 私は70歳になって、今まで言わなかったことを少しずつ言うようになっていますが、私は子供の頃から本当に本を読みました。日本で私以上に本を読んだ人はいないと思うくらい読みました。学生の頃は図書館で読んでいましたが、図書館で本を読むのはだめだ、読む本は全部自分で買って読もう、という決心をいたしまして、サラリーをもらうようになってからは、サラリーの1割は本代に当てました。
 60歳の時、2万冊ぐらいたまっていた本を全部捨てました。しかし、マンガの本は捨てませんでした。ちょうどその頃、日本の大学生にマンガについてアンケートをした人がいました。「自分が死んだ時棺桶の中に入れたい本は何か。」というものです。普通ですと聖書とか何とか言うのでしょうが、その時一番多かった回答は『子連れ狼』というマンガでした。私は、超一流大学の学生が「死ぬ時は『子連れ狼』と一緒に葬ってもらいたい。」と言っているのを見て、マンガというのは人の心に(実は自分もそうですが)こんなに深い影響を与えるものかと思いました。
 このマンガは、まさに日本人が日本のために、日本の300年前の歴史から取って描いたマンガですから、国際的普遍性はあるはずがありません。父親と息子の話です。当時日本の父親は「ビジネス、ビジネス」あるいは「金、金」に時間を取られ、息子は「勉強、勉強」で寂しい思いをしていた時代でしたが、このマンガで、息子達は「父親は外で働いているが、意外に息子のことを考えてくれているのだなあ。」と感じたのだろうと思いました。
 これは日本のマンガであり、高度成長期独特のものかと思ったのですが、なんとこのマンガはイタリアでマネされました。日本では主人公が柳生一族という忍者の一団と戦う話なのですが、イタリアヘ行くとマフィアと戦う話に変わっています。しかし、父親が一人の息子を守って戦うという設定は同じです。日本のマンガにも世界的な普遍性があるのです。また、イタリアのマンガや小説も日本にたくさん入っていますから、多分そういう普遍性がお互いにあるのだと思います。
 そこで、私が2万冊の本を捨てた話に戻りますが、捨てた理由の一つは、私はインテリジェンスの世界に飽き飽きしたのです。もちろん私の理解力に限度があることはわかっていますが、しかしアメリカに行って大学教師や研究所の研究員等いろんな人と議論をしてみて、「この人たちのインテリジェンスはこの程度のものか。『ドクター、ドクター』というけれど、ドクターというのは簡単にもらえるものらしい。」、そう思ったのです。自慢をしているように聞こえるかも知れませんが、向こうの研究所の人が、「日本から来る人はたいていドクターでない。ドクターを取らないのはなぜか。」と聞くわけです。日本人は、ドクターになどならなくても偉くなれると思っています。
 日本人は、「暗黙知」(意識の下にある知恵)によるコミュニケーションが非常に発達していますから、ロジカルに言葉を並べることが全てではないと知っています。心と心のコミュニケーション(Heart to Heart Communication)が日本では非常に発達しています。それがマンガやアニメに出てくるのです。それが外国の子供にはわかるわけで、それがドクターやプロフェッサーにはわかりにくいのかなと思います。ですから、日本のマンガ・アニメが外国の子供や若い人に受けるからといって、これを「程度が低い」と言ってはいけないと思っています。思想にもコミュニケーションにも二通りあるのです。
 というわけで、60歳の時に私は文書によるコミュニケーションの方は卒業したと思い、もともとマンガが好きだったので、そちらの方を高く買うようになりました。森川先生のように、教授でありドクターでありながら、しかもマンガ・アニメの面白さがわかるというのが本当に賢い人だと思います。私は60歳頃にようやくそれに気がついたのですが、皆さんはまだ若いのですから、今このチャンスを大変幸せであると考えます。
 皆さんにお願いしたいのは、まずHeart to Heart Communicationをわかること、それから、文化は世界各国それぞれのローカルに存在しお互いに違っているが、しかし共通するものがある、それがおもしろい、ということを学んでほしいということです。
 皆さん、どうぞ頑張って下さい。







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