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IV.メコン住血吸虫の実験室内維持とその応用
松本 淳、松田 肇
 
 メコン住血吸虫症の調査・研究を進展させるためには、病原体であるメコン住血吸虫を実験室内で継代維持して、虫体材料を得ることがきわめて重要である。例えば、我々がカンボジア調査の中心に据えて実施している血清疫学調査では、メコン住血吸虫の虫卵から作製した抗原液が必要不可欠である。しかしながら、これまではメコン住血吸虫の虫体材料が入手できなかったために、近縁種である日本住血吸虫の虫卵抗原を代用せざるを得なかった。
 昨年度の調査では、数百匹の中間宿主貝を採取することができ、それらの貝に対して感染マウスから得たメコン住血吸虫幼虫を人工的に感染させた。その後メコン住血吸虫の継代を繰り返して感染マウスの飼育規模を徐々に拡張することで、大量の虫卵抗原用材料を得た。この材料からメコン住血吸虫の虫卵抗原を調製し、今回の調査で使用することができた。そして、これまで以上に高精度で、信憑性の高い血清疫学調査が可能となった。
 また、メコン住血吸虫の実験室内維持に成功したことで、実験動物の疾患モデルを使った病態解析が可能となった。この解析結果は、腹部超音波検査によるメコン住血吸虫症診断に重要な情報を提供するものと期待される。メコン住血吸虫症患者の腹部超音波検査では、他の住血吸虫症において肝臓の繊維化を示すとされているネットワークパターンが一切認められないなど、本症に特徴的な画像所見を得た。一方、動物疾患モデルの病理組織所見でも、肝臓の繊維化の進行が微弱であることが明らかとなった。これは、患者の腹部超音波画像所見を裏付けるものとして注目される。もうひとつの注目すべき知見は、宿主体内におけるメコン住血吸虫の寄生部位に関するものである。感染マウス体内において、日本住血吸虫は上部消化管を支配する静脈系に寄生するのに対し、メコン住血吸虫は、盲腸周辺を中心とする下部消化管を支配する静脈系に寄生することが明らかになった。寄生部位の違いは、病変が形成される部位、つまり消化管における病態の相違に直結するものであり、臨床上重要である。個々の患者の病態を評価するためには、腹部超音波検査が有効であるが、本症患者では他の住血吸虫症にはない所見が認められるため、独自の病態評価基準を確立する必要がある。そのための基礎知見として、動物疾患モデルによる病態解析結果が重要であるが、これは現在進行中である。
 上記のように、中間宿主貝はメコン住血吸虫の実験室内維持、さらにはメコン住血吸虫症の調査・研究にとって欠かすことができない。本年度の調査では、昨年をさらに上回る2000匹以上もの中間宿主貝を採取して、研究室に持ち帰ることができた。現在、これらの貝を使ってメコン住血吸虫を実験室内で維持している。これをもとにして、多量の虫卵抗原用材料を採取すると同時に、人工感染実験をおこなって、腹部超音波診断による評価基準樹立に向けて基礎的な知見を蓄積している。
 カンボジア国内では、国立マラリアセンターが主導となって実施して来た集団駆虫が奏功し、メコン住血吸虫症の流行は沈静化しつつある。顕著な腹水の貯留を示す重症患者が数年前には少なくなかったが、現在ではほとんどみられなくなった。こうした状況では、これまでのような無差別な集団駆虫は、対費用効果の面で効率が悪く、費用が嵩む集団駆虫活動は出来るだけ早期に打ち切りたい旨の現地行政者の声を一度ならず耳にした。今後は、迅速ELISA法と腹部超音波検査を組み合わせて実施することで、本症コントロール対策を効果的に進展させることができると考えられる。すなわち、迅速ELISA法で選出した陽性者について腹部超音波検査を実施することによって患者の病態を的確に評価するとともに、プラジカンテルを使った化学療法を施すことで、労力・費用の両面において効率良くコントロール対策を進展させることができる。この意味からも、実験室内におけるメコン住血吸虫の継代を続け、迅速ELISA法に使用する虫卵抗原用材料を確保すること、そして腹部超音波検査による病態評価基準を確立することが重要である。







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