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若者の水難救済ボランティア教室
(社)日本水難救済会
前第二事業部長 沢田 兼次(さわだ けんじ)
 初夏のきらきら光る海辺の岩場。
 細身の、でも体躯のしっかりした若者数人が裸足で立ち、あるいは座って談笑しています。幼げな容貌がわずかに残る中学生でしょうか。まさしく若者です。今日は土曜日。今春から中学校では毎週土、日曜日が休み。その一日と見えます。
 このような若者、中学生が海辺で水難事故を起こし、死亡に至る例も毎年発生しています。平成11年夏、同級の中学生2人と、1人の父親計3人がプレジャーボートで沖合に釣りに出、中学生2人が陸岸に向かって泳いでいる途中、1人が力尽き溺れ、死亡するという事故が発生しています。
 海上保安庁の統計から中学生がらみの事故が最近9年間の年平均で27人が海で溺れるなどの事故を起こし、うち8人が死亡しています。遊泳中の事故が最も多く事故の74%を占め、死亡の84%が遊泳中でした。
 かたや、海辺を含め沿岸の水難事故にボランティアで救助活動をしている都道府県水難救済会の民間救助員、約50,000の人達がいて、日夜事故現場に出動し多くの人命や船を救助していますが、この活動を知っている中学生はほとんどいません。
 中学生は、自分が水難事故を起こさないためにはどのようなことに注意しなければならないのか、水難事故に遭遇したときどんなことが出来るのか。精神的にも、体力的にも自立に向かって向上しつつある中学生は、これらのことを教われば十分に対処能力があると考えられます。
 加えて沿岸の水難事故にボランティアで出動している人たちの救助活動を知り、救難所の活動のよき理解者になり、出来得れば地域の将来の救難所員になってもらえればこんな素晴らしいことはないでしょう。
 このようなことを主旨として、中学生の水難事故防止と救急救助法、水難救済会の活動等を中学生に教え、体験してもらうことを目的として、社団法人日本水難救済会では、日本財団の助成を得て、平成13年度、全国の中学校等を対象に『若者の水難救済ボランティア教室』事業を都道府県水難救済会主催で実施しました。
 水難救済会では中学生を対象とした『教室』開催は初めてであり、『教室』開催の主催者となる都道府県水難救済会の戸惑いも大きく、開催準備に苦労しましたが、海上保安庁、消防機関、NPO法人日本ライフセービング協会等の力強いご支援、ご協力を得、かつ各地中学校等が『教室』開催を積極的に受けてくださり、31道府県水難救済会において58の『教室』を開催し、3,900人の中学生等と、立合の先生、保護者、講師等の、合わせて4,800人が参加しました。
 『教室』では
○中学生の海浜事故発生状況と事故防止策
○心肺蘇生法等救急救助法
○地域の水難救済会、救難所の活動状況
を主としたテーマとし、出来るだけ身体を動かし、手で触る等、体験を主体とし、視聴覚によるものを少なくすることに心掛けました。
 
心肺蘇生法の実習 氷見市灘浦中学校で
 
 北海道から沖縄まで各地での『教室』は、海岸、プール、体育館、教室、海上保安庁の巡視船船上等で開催され、講師には海上保安官、消防署の救急救命士、ライフセービングクラブのライフセーバーの方々が担当して下さいました。開催された『教室』の2〜3の様子を紹介します。
 沖縄県北谷町の桑江中学校では160人の中学生が参加し、ライフセービングクラブの方々の指導を受け、プールに入って
○衣服を利用した応急浮環の作り方、着衣のままで泳ぐ方法
○少量の水を入れたペットボトルを紐で繋ぎ、溺者に向かって投げ、これにつかまらせて引き寄せる練習
等を実践しました。
 また中学生たちは人形を使った体験をし、「大丈夫ですか」と声を掛けながら人工呼吸法や心肺蘇生法を学びました。
 富山県では新湊市の射北中学校、氷見市の灘浦中学校で救命技術の習得や将来的に地域の海の安全に貢献できる人材の育成を図るという目標を掲げ、『教室』が開催され、合わせて136人の中学生が参加しました。
 参加生徒は消防署の方々の指導を受けながら、次々に人形の口から肺に空気を吹き込むなど人工呼吸に挑み、また胸部を押して心肺蘇生法を体験しました。
 
レスキューチューブを投げている沖縄県北谷町桑江中学校で
 
 実習に先立ち、海上保安部の海上保安官から「若者の海難事故の予防について」と題して、実際に起きた海の事故をもとにした臨場感あふれる講演がありました。
 神奈川県では平塚市の太洋中学校が平塚市の海岸で、ライフセービングクラブや消防署消防水難救助隊、救難所の方々の指導を受け、『教室』を開催し、30人の中学生が参加しました。
 まず全員でビーチクリーン。安全の確認と海岸美化意識の向上を目的としてライフセーバーとともにガラス片のチェック等を兼ねた海岸清掃を実施しました。
 次いで着衣泳法を教わり、デイバッグ、ペットボトル、買物袋など身近なものを使った救助方法や、レスキューチューブによる救助方法では実際に岸壁から海面に投げて体験しました。続いて人工呼吸の方法を、人形を使って気道確保の説明を受け、さらに心肺蘇生法を生徒2人1組に1人のライフセーバーが指導にあたるなど、密度の濃いプログラムとなりました。
 当日午後、生徒たちは平塚救難所の救助訓練に合流し、自分たちの安全を確保しながら助けることが可能な、ロープを使った救助法の訓練等を見学しました。
 『教室』は平成14年度も都道府県水難救済会の主催で開催する計画で準備を進めています。
 将来、『教室』が全国の中学校の授業の一つとして組み込まれ、次に紹介する作文に書かれたような感想を持てるものに発展し、中学生の海への理解が深まり、海辺での事故の減少につながれば・・・と願っています。
 鹿児島県、宮崎県、広島県、石川県で、『教室』に参加した中学生が感想文を書いてくれましたので、その一部を紹介します。
 「若者の水難救済ボランティア教室に参加して、海での事故や地上での事故の応急処置の仕方が分かりました。1分1秒が人の命にかかわるこの仕事をしている人達が私はとてもすばらしい人だと思いました。
 人の命を助けるということは、だれもができることではないので、私たちもできることが一つでもあったらやっていっていきたいし、事故が起きるまでのことで、何をやったらいいのだろうかとか、その場でたおれそうな人がいたらすぐ警備員を呼んだり、一つでも多く出来ることをやっていきたいと思います。そのために若者の水難救済ボランティア教室で学んだ海辺での事故の対応の仕方を思い出し、役立てて行きたいです。」
(広島県大柿町大柿中学校2年和西晶子)
 
 「僕はこの体験を終えて、自分の今までの命に対する考えを改めました。海や川を甘く見ていました。
 今回の体験で、万が一事故が起こった場合の対処を知りました。これからは、日ごろのうちに体を鍛えて、暑さに負けない体を作りあげて、水に接する機会があれば、今回教えていただいたことを十分頭に置いて、今後の夏休みや休日を楽しく、充実した休みにしたいと思います。
 ぼく達に指導して下さった海上保安部の方々に心から感謝したいと思います。」
(宮崎県日南市油津中学校3年米食佳紘)
 
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