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海の啓発ボランティア
 海に囲まれたわが国は、古来から海の恩恵をさまざまな分野で受けてきた。
 海運、漁業は、わが国の基幹産業として発展してきたが、今もその重要性は変わらない。さらに、近年、国民のレジャー志向によって、海洋レジャーが盛んになってきたことは大変喜ばしいことだが、それにも関わらず、国民の海洋に関する知識の貧困はなかなか改善されない。また、7月20日が国民の祝日として制定されて久しいが、まだまだ国民の海への関心と知識が深まったとは言えない。
 魚を好んで食し、海浜でのレジャーを楽しむ国民の多くが「海」をよく知らないのは、学校教育や関係者の啓発不足にあるのかもしれない。特に青少年への啓発や体験教育は、この問題のカギを握るものと思う。
 いくつかの団体がこれらの啓発に力を入れて活動を続けているが、まだまだ十分とは思えない。文部科学省が打ち出したボランティア体験教育の中にも「海」の関係を大いに取り上げてもらいたい。
 ここでは、独自性をもって海や魚を啓発する活動に熱心な三つの団体の活動と船員OBのボランティア活動の一例を紹介する。
 
 
〜浜と消費者を結ぼう、食卓から世界を見よう〜
ウーマンズフォーラム魚代表 白石(しらいし)ユリ子
はじめに
 日本人ほど海の幸に恵まれ、また魚食を文化として育んできた民族はいません。それなのに、今の日本の消費者はあまりにも海と魚に無関心です。何世代にもわたって海洋資源を利用してきた日本人の知恵は、魚の生態を利用した漁や、一匹の魚を余すところなく利用する生活技術へと受け継がれてきました。それが今、安易に輸入品や加工品に頼る都市型の食生活が広まる中で、途切れようとしています。
 魚は、再生産の範囲内で利用すれば、持続的に食料を与えてくれる貴重な資源です。人口増加や環境問題、食の安全性が懸念される今日、私たちは食卓から海と魚を見直すべきです。
 
1993年、WFF活動がスタート漁村と都市が動き始めた!
 ウーマンズフォーラム魚(WFF)は、日本の漁業者の置かれている現状、輸入過剰な水産物貿易、捕鯨問題などについて話し合う場を持とうと1993年5月に発足しました。当初は漁村の女性漁業者と都会の消費者中心でしたが、9年間の活動を通して学生さんや小中高校の教員、大学教授、地方自治体、水産団体、流通関係者など約1,000人の会員を有するようになりました。また外国にも米国・ロサンゼルスをはじめ7カ国に仲間の輪が広がっています。
 WFFの活動は、全国シンポジウム・講演会・勉強会の開催、「浜のかあさんと語ろう会」の実施、情報誌『おさかな通信・gyo!』の発行、国際会議への参加などが中心です。
 全国シンポジウムでは、海から食卓までに関わる人が一堂に会して現状を認識し、講演会では国際条約・協定と食卓との関わり、世界の漁業などを学んでいます。
 「浜のかあさんと語ろう会」は、私たちがゼロからつくりあげてきた楽しいイベントです。日本には全国に3,500の漁村があるといわれています。毎回、その中の1つの浜から漁業者の女性に魚を持って東京に来てもらい、東京の消費者と語りながら浜の自慢料理をつくってもらい、皆で味わうものです。96年9月の福島県いわきの浜のかあさんを皮切りに、これまで30回近く行っています。
 
「海彦クラブ」で、宮城県女川町出島での体験漁業
 
日本の漁業をとりまく現状は大嵐まず、その現実を知ろう
 9年間、多くの人と語り合い、浜を歩いてきて思うことは、日本にはほんとうに豊かな魚食文化があるということです。縦に長く伸びた列島という地形、四季の移りかわりと海流の変化は、全国各地の浜辺に多種多様な魚介類を運んでくれました。それを非常にていねいに食料としてきた日本人の細やかな生活技術と食への探求心には、感動せずにはいられません。私たち日本人は、海の幸によってはぐくまれてきたのです。その一方で、魚から世界を見ると、驚くべき現状があります。その第一は、私たち日本人はこんなにも海の幸に恵まれているのに、食べている魚の半分は輸入品だということです。日本の魚は、もはや食卓の半分しかありません。これはいったいどういうことなのでしょうか。
 魚は、農産物と違い、とっくに国際商品になってしまっているということです。国際商品となれば、生産コストの安い国、技術力の高い国からの輸入は止められず、日本は今や147カ国からなんと年間2兆円も水産物を買っているのです。私たちがふだん食べているアジやサバも、北欧産や中国産が8割を占めています。マグロも5割は輸入、エビにいたっては9割が輸入品です。
 こうした状態が20年近くつづいていることから、日本の漁業者はどんどん減っています。親たちは、子どもが漁師を継ぐことを望みません。子どもたちも、漁師という仕事に将来性を見出せずにいます。そして消費者は、何も知らずに外国の漁師さんが獲ってくれた魚をおいしく食べている−これが日本の現実です。
 
2000年のWFF全国シンポジウム パネリストは女優、漁師、学生など
向かって左端が筆者
 
日本の漁業再生のためには、消費者重視の政策が必要
 日本の漁業の驚くべき現状の第二は、水産予算のほとんどが今も港湾工事費にあてられていること。第三は、漁業者自身による前向きな取組みがなかなか出てこないこと。これは、長らく続いてきた漁協の仕組みが、現状に合わなくなっているからでしょう。このように、日本の漁業はさまざまな問題を抱えていますが、私は必ずや解決できると信じています。そのためにはどんな政策よりもまず必要なことは、一般消費者を味方にすることです。行政や漁業関係者が日本の漁業の抱える問題をとことん考えて、それをしっかりと消費者に伝えることが本当の急務であると、私は考えます。
 繰り返しますが、日本の漁獲量は減っています。それに反比例して輸入は増えています。そして安い輸入魚が価格を支配し、日本の漁業生産者を苦境に陥らせています。しかし、一般消費者は国内の漁獲量が減っていることを知りません。店頭では輸入魚なのか国産魚なのか、ほとんど区別がつけられません。魚の産地表示は一昨年からようやく始まったばかりです。昨年の狂牛病問題以来、表示への国民の目が厳しくなったことから、ここにきて随分と浸透してきましたが、まだまだ十分とはいえません。これでは、日本の漁業を応援しようにも方法がつかめません。国民の大多数を占める消費者を味方にできず、どうして日本の漁業の将来が語れるでしょうか。
 
東京都板信区の小学校で、毎年「さんま焼き大会」を実施
 
 いま、日本の漁業の再生に必要なのは、漁業者と消費者との顔の見える関係づくりです。漁業者は、漁協の組織や大手流通のシステムにとらわれず、もっと市場に出てくるべきです。消費者は魚を見る目を養うべきです。そして漁協や自治体は、海と魚を国民に向けてアピールし、「浜に行けば新鮮でおいしい魚が食べられる」という環境をつくるべきです。
 現在、水産物流通はかなり完成されていますが、安全性の問題など、消費者に見えない部分があまりにも多くなっています。
 “安全でおいしい魚を食べたい”という当たり前のことを、みんながもっと真剣に考える必要があります。
 
「海と魚」をテーマに地球規模の発想と政策を
 「魚」という海洋食料資源への世界の認識は、急速に高まってきています。北欧諸国は漁船の整備を進めて21世紀型漁業への道を歩み、中欧や米国では環境保護団体と商社が一体となった漁獲・流通計画が練られています。アジアでも中国の漁業生産量・消費量の伸びは著しく、東南アジアでも国内での魚の消費量は増大しています。
 この21世紀は、まちがいなく「魚戦争の時代」になります。日本はいつまでも魚を輸入できるという見通しでは、将来をあやまりかねません。
 漁業は、自然の再生産可能な範囲内で行う狩猟産業です。したがって、営利目的の資本の論理や効率だけで行えば資源は枯渇し、元も子もなくなってしまいます。かといって、世界が水産資源の価値に目覚めている今、手をこまねいていては、日本人は魚を食べられなくなってしまいます。
 また、ちょっと視点を変えて、ここで養殖にもふれておきます。養殖とは人の手による水産資源の育成のことであり、狩猟ではありません。日本は、70年前から養殖漁業に着手し、現在、日本の沿岸漁業における養殖漁業の割合は47%です。国内産のブリの75%、マダイの84%は養殖漁業による生産です。しかし、この点も一般の消費者はほとんど知りません。知らせると値が下がる、と考える生産・流通サイドの思惑、知りたくない都会の消費者。双方がもっと、語り合わねばならないと私は考えます。なぜなら、養殖は天然と違い人が育てるため、安全性が重要なポイントとなるからです。また、養殖漁業の広がりは世界的な流れでもあります。輸入魚の中に、もちろん養殖魚もたくさんあります。それならばこそ、食べ手である消費者は、もっと養殖漁業にも関心を持つ必要があると私は考えます。
 
豪州ポートリンカーンのまぐろ養殖場
このまぐろは全量、日本向けだ
 
 これからの時代の漁業について、私は世界の海で再生産の範囲内で漁獲を行い、地球的な規模で融通しあうしか道はないと考えています。それを可能にするためには、魚食の民である私たち日本人がルールと具体的方策を練り上げ、世界に向けて提言をしていくべき、とも考えます。地球規模での海の生産力を視野に入れながら、生産・流通・消費のシステムをつくりあげてゆくことが、これからの日本の漁業政策の根幹であると考えます。
 
目指すは水産資源の持続利用子どもたち、外国人も参加
 以上、これまでの活動の中で私が考えたことを述べました。そのうえで、これからもさらにWFF活動を進めていかなくては、との思いを新たにしています。
 私たちの活動の基本は、生産者、消費者、行政、政治家、研究者などさまざまな立場の人が集まって話し合う場を設けること、そして水産資源の持続的利用を推進していくことにあります。そのためには、省庁や業界団体、他の環境保護・消費者運動グループとの連携も、今まで以上に重要になってきています。
 
東京都渋谷医立代々木小学校での「浜のかあさんと語ろう会」
 
 さらに、次代を担う子どもたちにこそ食の大切さ、海と魚と私たちのつながりを伝えることが必要との思いから、子どもたち対象のプログラムもスタートしました。「ルビクラブ」と名付け、2000年4月から小学校で「浜のかあさんと語ろう会」を開いたり、子どもたちに漁師体験のチャンスをつくっています。
 また、海は世界とつながっていることから、世界各地にも仲間の輪が広がり、支部活動が始まっています。一昨年には初めての海外スタディーツアーを実施し、WFF会員15人で豪州に出かけ、日本市場向けに生産されているマグロの養殖場などを視察してきました。
 WFF活動の基本は、一人ひとりが「知らなかったでは済まされない」という強い意識を持つことです。自分たちの食卓が、世界とつながっていることを、あらためて認識するために、ぜひWFF活動にご参加下さい。







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