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3 海上セキュリティ(LIMBURG爆破事件に焦点を当てて)
3−1 12月2日(月)MSC76プレナリー初日
(1) 冒頭、オニール事務局長によるオープニング・リマークス中には、L号に関連する発言なし。(他方、PRESTIGEに関しては、スペイン政府による早期の人命救助を称える発言あり)
(2) MSC議長から、MSCにおいてP号事故に関するステートメントを表明する機会を設ける旨のアナウンスがあり、議事進行の都合から3日午前の会議冒頭から行われることとなった。
 
3−2 12月2日(月)MSC76プレナリーでの改正SOLAS第9規則の検討
(1) 提案国を代表して仏から、本提案はL号事件を教訓とした今後のテロ対策への対応との位置付けで新たに具体策を盛り込むものとして、提案文書SOLAS/CONF.5/10を要約した形で説明があったが、特段イエメンに対する非難めいた発言はなかった。
(2) これに対しイエメンから次のとおり発言があった。
イエメンはIMOに対し、専門家派遣などを通じた本件への取組みに感謝する。
本件によってもたらされた被害はイエメンにとって重大な問題である。L号から流出した油による被害に対し何ら補償が行われておらず、また本件以降、イエメンに入港する船の保険料が高謄するなど、深刻な損害を生じている。
イエメンは現行のCLC条約の規定と現実との間のギャップを認めるとともに、IMOに対し1967年のCLC第3章の改正の必要性を考慮することを希望する。
(3) 次にサイプラス、スペインから発言があったがイエメンの発言には一切触れず、以下のとおりSOLAS/CONF.5/10に対するコメントに終始した。
サイプラス
 船舶をテロから護るためには海上を継続して監視する必要があり、右についてその実施主体を規定しようとする本件提案に賛成する。
スペイン
 本件提案に賛成する。
(4) 最後に議長から、本件をWGの検討事項とすることについて確認が行われ、了承された。
(5) 参考
 12月2日MSC76プレナリー終了後に開催されたG8会議の席上、仏から本件提案文書に関し、L号爆破事件の大惨事に対し、国内の政治家からも「もう十分だ (enough is enough)との意見があり今回の提案に至ったとの追加説明があった。
 
3−3 12月3日(火)MSC76プレナリー2日目
 3日プレナリーでの各国発言等次のとおり。
(1) スペインから、P号事故の概要説明とともに、IMOに対し避難水域ガイドライン作業の促進等を含む要望を表明。これに対しバハマから船長を拘束しているスペイン政府に対する非難発言、引き続き仏から、本件を教訓としてIMOとして有効な対策を検討すべき旨が表明された。(LO128号)
(2) 次にイエメンから、次のとおりの発言があった(イエメンからは運輸海事大臣が代表として出席。以下、いずれも大臣自らが発言した)。
スペイン政府に対しP号事故による被害に対し同情する。
P号事故の際には、油流出によるスペイン沿岸の海洋汚染への対応活動のため、地域内で積極的な協力が行われた。
これに対しL号の爆破事件によって生じた油被害についてはどうだ?
スペイン政府がP号乗組員の救助に尽力したと同様、イエメン当局はL号の爆発後直ちに乗組員救助のための行動を取り、非常に危険な状態において乗組員の救助に全力を尽くした。
救助できた11名については五つ星のホテルに収容し、プレスへの対応、家族との面会などあらゆる面で便宜を図った。
この事件で17,200klの油が流出し、120kmにわたるイエメンの海岸が汚染されたが、ただの一つの国も汚染された海岸の清掃のために来てくれず現在も海岸は汚染されたまま。L号事件とP号事故によって生じた油による海岸の汚染は、同程度に深刻な影響を与えているというのに、これは不公平(unfair manner)としかいいようがない。
油による汚染について考えて欲しい。我々は十分な資機材を持っていない。CLC条約の適用もままならずどうにもならない。
この大規模な環境汚染という問題について、IMOに対しあらゆる検討をすることを希望する。
(3) これに対し、サイプラス、IFSMA、バハマ、ICFTUから発言があるもいずれもP号に関連する事項で、L号に関する発言、イエメンに対する発言は一切なかった。
(4) 引き続きオニール事務局長は、スペインがOPRC条約に基づき日頃から油汚染に対する準備を怠っていなかったことが功を奏したことを賞賛し、右はOPRCに基づく国際体制がいかに重要であるかの証左であると述べるにとどまり、イエメンへの一切の言及を避けた(イエメンはOPRC未加入)。
 
3−4 12月9日(月)SOLAS締約国会議プレナリー初日
(1)オニール事務局長発言要旨
昨年9月の米国同時多発テロに端を発し、バリ島、ケニア、ロシア、L号事件といった事案に見られるように、テロは世界各地で発生しており、我々の自由と生命を脅かすもの。
海運はGROBAL SUPPLY CHAINとの観点から世界経済にとって非常に重要である。
これまで我々は、「船の安全と美しい海」の実現に腐心してきたが、これからは「SAFE, SECURED, EFFICIENT SHIPPING IN CLEAN SEA(美しい海洋環境における安全かつセキュリティを保ち無駄のない海運)」という目標を掲げたい。
L号事件は、我々に船舶や港湾施設に対する潜在的な脅威を自覚させ、それらに対する警戒を怠らないことが重要であり、右自覚と対処能力の向上、及び国際協力の重要性を認識させた。
我々の努力は、世界平和につながるものである。
(2)米、アルゼンチンから国際協調の必要性とIMOの取組みを賞賛。
(3)仏
L号事件については、イエメンとともに共同で調査中。L号事件は仏、イエメンに経済的にも環境の面からも大きな影響を与えたが、これは世界のどこでも起こりうること。
油流出事故への対応に関しOPRC条約の有効性は明らかであり、IMOが各国に対しOPRC条約に加盟するよう更に努力することを希望する。
(4)イエメン
わが国は大統領令によりコースト・ガートに対しセキュリティ業務の強化を指示している。また、イエメンは、セキュリティに係る犯罪者を死刑としている世界中でも唯一の国である。
我々はL号事件によって多大な被害を受けた。約18,000klの油が流れ120kmもの海岸が未だに汚染されている。
イエメンは国際テロの撲滅に断固として戦う。我々は犠牲者である。今回の事故によりイエメンに入港する船の保険料が3割も上昇しイエメンの貿易と産業に深刻な影響を与えている。これらによってイエメンは月に2500万ドルを損失しているとの試算もある。
イエメンとしては、この会議でセキュリティに関する検討が行われることを歓迎する。他方、沿岸国に対する更なる財政的な負担には反対する。セキュリティに係る特別な基金を設ける等、技術協力、財政援助に係るメカニズムを創設すべき。
(5)ICS
海上テロは新しいことではなく、船舶が標的となるばかりでなく、武器にもなり得るといった船舶が持つ脅威について我々は認識しなくてはならない。
特に、(テロ対策の自衛措置として)船長によるAIS機器のスウィッチ・オフの権限は維持されるべき。
(6)レバノン
 イエメン当局への技術協力を確保すぺき。我々は団結を必要としている。
(7)パキスタン
わが国はテロ対策に関し国際社会の一員としての役割を果たす所存。
他方、過度の規制は失業者を生み好ましくない。(注:発言のまま)この点について新たなガイドラインを必要とする。
 
3−5 12月9日(月)仏によるL号事件プレゼンテーション
(1)仏
 L号の損傷状況に関する調査結果に関し、爆発直後の様子、その後に取られた措置などについて、現場映像等を使用しながらプレゼンテーションがあった。(別添参照)
(2)イエメン
 質疑応答の際、次のやりとりがあった。
イエメン当局はL号の乗組員を救助するため、火と煙に覆われたL号に救命ボートを横付けし乗組員を救助した。
イエメン当局の救助隊員は斧とハンマーを使って火勢で溶けた曳航ロープ箱を破壊し曳航ロープを取り出そうとしたが、ロープが溶けて使えなかった。この点は、IMOとして格納箱を防火仕様とするよう必要な規則の改正を希望する。
(仏がプレゼンテーションで、汚染されたイエメンの海岸は30kmであり汚染被害も大きくなかったと述べたのに対し、)30kmとは誤りで、120kmにわたる砂浜を含む海岸線が今もなお汚染されている。
 これに対し仏からは、右をノートするとともに、右指摘を考慮する旨発言。
(3)ブルガリア(L号事件で唯一死亡した甲板員はブルガリア人であった)
 L号船長がとった行動とイエメン政府の措置に感謝する。このようなことが二度と発生してはならない。ブルガリアは国際社会のテロへの徹底した態度を支持する。
(4)ヴァヌアツ
 L号の周囲には当時目撃者たる船舶等はいなかったのか?

捜査にかかわる事でお答えできない。
イエメン
イエメンは当初から本件の透明性を確保してきた。そのため、米国、仏の捜査当局を招き、イエメン当局と合同で捜査を行っている。
事件が発生した沿岸には大きな街が2つあるが、L号甲板で確認されたFRP片と同様のものを製造している工場はなく、今のところ、国内で製造されたとの証拠はない。
容疑者はイエメン人ではなく、国際テロ組織が関与していると見ている。
(5)BIMCO
 L号は原油を四分の一しか積載していなかったとのことであり、テロリストは原油の搭載計画を知っていたと考えられるが、との問いに対し、

捜査当局の調査結果を待ちたい。
イエメン
今回の事件は、かなり綿密に計画されたものだと認識している。
 
3−6 12月11日(水)SOLAS改正案検討会議(MEETING AS A WHOLE)
 決議5「技術協力・援助の促進(案)」の検討の際、イエメンから、今回の改正SOLAS条約が海上テロへの国際的な取組みとして世界的な規模で完全に履行される重要性と、本件履行による締約国、特に開発途上国が負う新たな負担については皆の理解するところであり、この点について、IMO事務総長が前回の理事会で提唱した「海上セキュリティ信託基金(MARITIME SECURITY TRUST FUND:MSTF)」の創設といった取組み*について、本決議で言及したい旨発言、挿入案文を会議に付した。結果、右案文の内容を挿入することが原則として承認され決議に盛り込まれることとなった。
 
第88回理事会において、オニール事務総長は口頭でMSTFの創設の可能性を提唱、理事会は右を支持するとともに、事務総長に対し将来の完全な履行に向けた実施可能かつ妥当な支援を要請した。
 
3−7 12月12日(木)SOLAS締約国会議プレナリー最終日
(1) 決議5「技術協力・援助の促進(案)」の検討の際、イエメンは(1)MSTFの創設の可能性の決定を考慮するとの原案に対し、創設を考慮するとの直接的な表現振りに変更すること、また、この基金はそもそも開発途上国のためのものであるはずとの理由から(2)右支援が開発途上国に向けられる旨明記すべしと提案。
(2) これに対しレバノンは、イエメンの提案を支持する、本件については真剣な検討がなされるべきと、またナイジェリアはイエメンを支持する、とそれぞれ述べた。
(3) 次にサイプラスから(1)(2)に関し、開発途上国に限定しない形の表現が望ましく「特に開発途上国に向けた」との表現振りとすべきと述べた。
(4) これに対しガボンから、イエメンの提案を支持、サイプラスの提案に反対する、そもそも同基金は開発途上国のためにあるはずと述べた。
(5) スーダンからイエメンを支持する旨の発言があった後、議長はイエメンの提案を最終案とすることを提案、承認された。
 
3−8 所見
(1)今回のSOLAS条約改正作業は、昨年9月の米国同時多発テロ発生を契機とした国際的な海上テロ対策の枠組み作りの一環として、米国主導の下、急ピッチで進められたもので、数次の会議での検討を経て、SOLAS締約国会議直前の今次MSC76が最後の検討の場であった。
(2)改正SOLASの有効性
L号爆破事件が世界の海運関係者に与えた衝撃は、その手口と与えた被害から計り知れないものがあると同時に、今回のSOLAS条約改正に取組んできた米国をはじめとする各国関係者に、改正SOLASの有効性に疑問を投げかけるものとして、与えた影響は大きいものと思料する。
つまり、そもそも船の安全のための船舶設備に注目したSOLAS条約に対し、新たにセキュリティの概念を導入し、加えて船との「インターフェイス」との整理から陸上施設にまでその対象を広げたことについては、当初から疑問の声があった。L号事件は航行中の船に爆発物を搭載した高速ボートが衝突したテロ活動とされ、船の乗組員では防ぎようのない事件として、今次改正SOLAS条約による新たな枠組みの限界を浮き彫りにしたとも言えよう。仏等の提案により、かろうじてL号事件の教訓として具体的な対策を盛り込みはしたが、内容的にはこれまで治安機関が実施してきた情報提供と対応についての規定であるとともに、右は全体のSOLAS条約の構成からしても伝統的なSOLASの規定と比較して奇異に映る。
(3)米国の意図
とはいえ、米国主導で行われたSOLAS改正に基づく枠組み作りに対しては、当初から正面きって反対を唱える雰囲気にもなかったと想像するが、結局、新たな枠組みは新たな義務を生み、新たな義務は新たな投資を意味し、政府関係機関をはじめ船会社等は新たな負担を余儀なくされる結果となった。
米国はテロの最大の被害者としてIMOにおけるSOLAS改正に尽力したが、最終的には米国本土防衛を目的として各国のセキュリティ対策の底上げを行ったものとの見方がある。更に経済的な観点から言えば、特に港のセキュリティ整備に関し、米国は他国の港湾のセキュリティを評価する法律を通過させ、未だその評価基準を外向けに示さず、セキュリティ整備のハードの部分で米企業に有利なビジネス環境を作るなど、転んでもただでは起きないしたたかさを感じる。
(4)新たな枠組みと先進国の責務
イエメンが総会決議5「技術協力・援助の促進」の検討で、開発途上国への財政的援助を特定させた点は、いわゆる「開発途上国としては、国際的な枠組み作りの政策過程においては何ら口出しをすることはないが、その実施において開発途上国は資金も人的資源もないのであるから、そこは枠組みを決めた先進国の義務として援助すべき」といった、この種新たな枠組みを作る際のお決まりの構図が見て取れ興味深い。
そういった意味で、先導役の先進国は大きな義務を負ったとも取れるが、他方、技術協力、資機材援助、人員の教育・訓練など幅広い分野について民間企業を積極的に活用することで、全体として結局は南北がバランスが取れたものとなるものであり、今後は、各国国内はもとより国際的な土俵でシェアー獲得のための熾烈な争いが展開され、右は「海の世界におけるセキュリティビジネスの到来」の感がある。
(5)サブスタンダード船の駆逐
 一説には、「ISMコードの義務化は、財政・人的にそれを履行できない小規模船主や船会社経営を圧迫し、結果として多くの弱小会社が倒産の憂き目にあった。右は船会社の二極化を促進はするが、海運全体から見ると結局はその種小規模船会社が運航するサブススタンダード船の駆逐に他ならない」との見方があり、今回のセキュリティ関連の義務化も同様の効果が指摘されている。ただし右を期待するには、便宜地籍船の履行確保が不可欠であり、つまりはPSCの強化、ひいてはIMO検査スキームの実現という方向に世の中が動くことは必至に見える。
(6)IMOでのイエメン
IMOにおいては、イエメンに対する漠然とした不信感が全体の雰囲気を覆っているように感じられ、各国はイエメン代表団の説明にも無関心を装っていた。
バハマがP号に関連し船長の早期釈放を希望する旨述べたとき、数カ国から賛同を得た状況と違い、イエメンへの同情を表明するアラプ諸国の少なかったことは印象的。
ところが、12日プレナリーにおける途上国への援助に関するイエメンの発言に対しては、ロビー活動が功を奏してか、複数のアラブ諸国が賛成を表明しある種団結を見せた点は、案件が財政的な援助だけにアラブ特有の日和見的な発想を垣間見た気がして興味深い。
3日プレナリーにおいて、オニール事務局長がイエメンの発言に一切触れずスペインを称えたことは、国際社会においてイエメンの置かれている厳しい立場を示すとの解釈とともに、オニール事務局長、或いはIMOそのものが西欧に傾斜していることの表れとも見える。
一説には、オニール事務局長(カナダ人)は、米、加、EUとの協調路線を堅持しており、今回のP号事故後の仏・スペインのシングルハルタンカーのEZZ追い出し措置についても意見できる立場にないとの見方もある。







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