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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年7月号 『中央公論』
拉致の呪縛は解けたが核がまだ残っている
伊豆見 元(いずみ はじめ)(静岡県立大学教授)
 
 今回の日朝首脳会談の成果を肯定的に見るか否定的に見るかは、各人の期待値で変わってくる。全国紙などの世論調査によれば、六割以上が今回の訪朝を「成功」だと考えている。
 その一方で、拉致被害者の家族からは強い反発が出てしまった。「子供のつかい」とまでの厳しい言葉は、一方で世論からの反発を招いてしまったが、家族会の立場からすれば、そのような反発は理解できる。
 彼らが今回の訪朝に強い期待を抱くのは仕方なかった。今年に入ってからも、二月に外務省の田中均・外務審議官らが訪朝し、そして二回目の六ヵ国協議があった。四月には自民党の山崎拓前副総裁と平沢勝栄議員の極秘訪中による北朝鮮当局者との接触があった。また五月の北京での日朝協議では、出席した外務省の藪中三十二・アジア大洋州局長が「拉致で突っ込んだ意見交換ができた」とまで発言している。そして今回は小泉純一郎首相自らの訪朝だ。期待するなという方がおかしい。期待して出てきた結果は、今回の拉致被害者家族五人の帰国にとどまったことが、行方不明者一〇人の家族をいたく失望させることになった。
 家族会のメンバーはたいへん疲れている。体力的・精神的にも、もう限界に来ているのだろう。テレビなどで被害者家族の方と同席することがあるが、側にいて強く感じる。つらいからこそ、不満もたまる。その不満の矛先が、小泉首相に向かってしまった。小泉訪朝に藁をもすがる思いだったのは、彼らの本音とも言える。
 当然、このような家族会の反発は、七月の参議院選挙を控えた与党にとってはマイナスとなる。だからこそ、小泉首相は、「拉致」で生じるマイナス効果を抑えるために、この時期に訪朝を決断したのではないか。選挙を考えると、ある程度の進展を見せる必要に迫られたゆえの訪朝だったのではないかと推測される。
越えた正常化交渉へのハードル
 小泉首相の胸の内を覗いてみよう。今回の訪朝におけるプライオリティは、やはり「拉致」だったのだろう。拉致問題を解決してから、核問題に本腰を入れると順番を付けていたのではないか。対北朝鮮外交は、あまりにも拉致に縛られて交渉ができない状態だった。
 現に、昨年八月号の本誌で、安倍晋三幹事長(当時・内閣官房副長官)が述べたように、「日朝の正常化交渉を始めるには、その前に五人の被害者の家族の問題を解決しなければならない」と日本政府が自ら、日朝国交正常化交渉の前にハードルを設定してしまった。日本政府としても、まずこのハードルを越えないとどうにもならなかった。この二年間を振り返っても、交渉のすべてが拉致問題に集中してきたのが現実だ。
 この先にある日朝国交正常化交渉再開のためには、拉致問題の具体的進展が必要不可欠だった。今回の日朝首脳会談は、結局は核問題を前に進めるためのものだ。拉致問題を動かしてこそ核問題を含めた包括的な交渉ができる。これまでの懸案についても広く取り組めるようになる。
 今回の訪朝で、小泉首相の「制裁はしない」という発言が問題になった。外交上、制裁は武器となるからこその指摘だと思うが、筆者は、これは何ら問題はないと見る。きちんと首脳会談の内容を見るべきだ。「今後、日朝平壌宣言を遵守していく限り、日本は制裁措置の発動はしない」と発言したと、小泉首相は記者会見で明らかにしている。「日朝平壌宣言を遵守していく限り」ということは、日朝平壌宣言を北朝鮮が遵守する限り制裁は行わないという意味であり、遵守しているかしていないか判断するのは、あくまでも日本側だ。日本側の判断で、いつでも経済制裁という外交カードを切れることになっていることを読み取らなければいけない。
 ようやく、拉致問題が前に進もうとしている。まだジェンキンス氏の問題があるものの、被害者家族五人が戻り、これで国交正常化交渉への入り口にたどり着き、安倍幹事長が設定したハードルを取り外すことができた。重要な問題である核問題も含めて、国交正常化交渉で包括的に交渉しうる時が来たのだ。
 そのためにも、現在、官邸と外務省は、ジェンキンス氏の問題解決にスピードを加えている。いずれ近いうちに、曽我ひとみさんの家族は第三国で再会を果たすだろう。曽我さんの家族は、絶対に平壌に戻してはいけない。日本側の手の届く所にいてもらえるようにする。こうすることが、一〇人の行方不明者の再調査の際に生きてくる。国交正常化交渉を進める準備が始まっているなか、ジェンキンス氏の問題も一○人の行方不明者の問題も正常化交渉のプロセスの中に含めてしまうのだ。「拉致」「核」と個別の交渉をしてきたから、北朝鮮は単発の問題として逃げたい時には逃げていた。包括的な交渉こそ、彼らを交渉のテーブルに固定し交渉を進めるための術であることを、日本政府は今一度肝に銘じるべきだろう。
「核」に釘を刺すべきだった
 「拉致被害者家族の帰国」というハードルを越えつつある今、そして最初の首脳会談から一年八ヵ月が過ぎた今、国交正常化交渉への本格軌道に入る時期が来た。
 だが、現時点で非常に残念に思うのは、今回の訪朝で小泉首相が金正日総書記に「(北朝鮮の)核開発は遺憾」「日朝平壌宣言に明らかに違反する」など、核・安全保障問題について言及しなかったことだ。二〇〇二年の初めての日朝首脳会談から、北朝鮮の核問題については大きな変化があった。北朝鮮はこの間、国際的な合意を反故にし続けてきた。二〇〇二年十二月には、核施設の再稼働を宣言した。さらに翌年四月、北京で開かれた米朝中協議で「核の保有」と「使用済み核燃料の再処理に入った」ことを表明、完全に前回の首脳会談時の状況とは違っている。
 だからこそ、今回の訪朝で小泉首相は、「核開発は明らかに平壌宣言に違反する」と釘を刺すべきだったのに、これについては曖昧にしてしまった。
 この一年八ヵ月という時間は長かった。この間に、北朝鮮に核開発を行える十分な時間を与えてしまった感があるのは否めない。日本人は、あまりにも核・安全保障問題について自覚がないのではないだろうか。
 北朝鮮から見ると、リビアやパキスタンなど自分たちが製造したミサイルを買ってくれる“お得意様”がだんだんと減っている。すると当然、ミサイルがだぶついてしまう。そのだぶついたミサイルはどこに行くのかといえば、それは北朝鮮国内に回される。その矛先は、日本に向けられることもある。こうした点を考えれば、今回の訪朝時に、核・ミサイルについて小泉首相はきちんと釘を刺しておくべきだった。拉致も核もどちらも重要な問題だが、あまりにもバランスがとれていない。
 今後始まる国交正常化交渉でも、常に核開発はけしからん、絶対に容認できないと言い続けることが大事だ。日本が懸念していることを北朝鮮に十分に理解させねばならない。そしてミサイルについてもノドンの撤去解体を強く主張すべきである。常に言い続けることが大事なのだ。
外交カードは豊富だ
 そのような努力不足はあるものの、日本政府は外交カードをまだ手元に残している。いや、まったく使っていないと言っても過言ではない。「拉致」で不十分な結果しか得られないまま、日本だけが持っている「拉致」カードをなくしてしまったという指摘もあるが、これは的はずれだ。日本政府は、カードはまだ一枚も切っていない。
 今回、人道支援として二五万トンの食糧、一〇〇〇万ドルの医療品の支援を表明したことも、十分な外交カードとなる。
 今後のことを考えると、ただむやみに支援しただけではない。これまで、北朝鮮にとって日本という国はケチな国でしかなかった。カネは持っていても、何もあげない。ただご褒美的に、思い出したように経済支援などを提供していたのが現実だ。だから、北朝鮮は「日本とはまともに付き合う必要がない」との考えに達していたと思われる。
 今回の人道支援の約束は、日本に対する北朝鮮側の理解を変えるきっかけとなったであろう。「自分たちが応じれば、それなりの成果が得られる」と考えたはずだ。そこに、日本側の思惑を通す余地が生じてくる。
 北朝鮮は、現在、カネが入らなくなって困っている。筆者はかつて本誌で「北朝鮮に流入するアングラマネーを阻止することこそ、北朝鮮には最も効果的」と述べた(「アングラマネー封じ込めが『ならず者政権』の命脈を絶つ」二〇〇三年八月号)。当初、ブッシュ政権は対北朝鮮「国際包囲網」の一環として、北朝鮮が非合法活動を通じて外貨を獲得する道を閉ざすことを目指した。米国のインテリジェンス・コミュニティの推計によれば、北朝鮮は年間、ミサイル売却で約六億ドル、麻薬取引で約五億ドルの収入を得ていたという。ミサイル輸出や麻薬取引、通貨偽造、不正送金などの行為を規制することで、北朝鮮に流入するカネを遮断し、世界的な北朝鮮包囲網を米国は築こうとしたのだった。
 そして、日本もこれまで、万景峰号をはじめとする北朝鮮船舶に対する規制強化(ポートステートコントロールなど)や、工業製品などの汎用品の輸出管理強化策(キャッチオール規制)を強力に推し進めてきた。さらに、日本から北朝鮮への送金を規制する改正外為法を成立させ、またこの六月には北朝鮮が最も気にしている「特定船舶入港禁止法案」の成立も予定されている。
 これら一連の行動で、日本から北朝鮮へ向かう「アングラマネー」はかなり抑えられている状況だ。この状況を考えると、今回の支援表明は非常にタイミングが良かった。
 裏金が絞られて何も得られない北朝鮮としては、正式なルートで与えられる援助を予想以上に高く評価した可能性がある。そして、「自らがきちんとしたことをやれば、日本も応じる」のだと考えさせるきっかけとなったものと思われる。
 今回の支援は、言葉は悪いが、馬の鼻先にぶら下げたニンジンのようなものだ。そして、日本は正式なルートでポケットからニンジンを取り出したり引っ込めたりして、ちらつかせながら、北朝鮮の様子をうかがうことができるようになる。
 ただ、“人道的”と言ったからには、小出しでもいいから支援を続けるべきだ。継続して支援を行えば、北朝鮮は日本からの支援を将来も続くものと考えて、これを当てにするようになる。当てにすればこそ、日本側が突然止めたとき、北朝鮮に与える影響は大きい。中国が北朝鮮に与え続けている原油を突然止めて、北朝鮮経済が一時停止状態に陥ったことがあるが、この効果は北朝鮮に十分なプレッシャーとなる。いわば、北朝鮮を一種の支援依存の状態にしてしまうことが大事だ。依存状態にした後に、支援を与えたり与えなかったりすることでコントロールするぐらいのずぶとさが、日本外交に必要なのだ。一年八ヵ月の間に良くも悪くも状況は変化した。そして、こういう手段が考えられるようになるほど状況はよくなっている。
三回目の首脳会談を目指せ
 政治的には、参議院選挙が終わらないと何もできないだろう。むしろ、参議院選挙が終わった後に、北朝鮮問題を小泉政権がどう考えているのかが問われてくる。かりに、参議院選挙に勝利し、残りの任期二年半を使えると考えると、まだ外交的にいろんなことがやれそうだ。
 筆者は、もう一度、首相自らが訪朝してもいいのではないかと考えている。三回目の首脳会談を開き、今回は徹底して核・ミサイル問題を話し合うのだ。結果的に小泉首相が任期内にケリをつけられなくても、核問題解決への枠組みを作るだけで成果だとは言うことができる。三回目の首脳会談では、今回のように行方不明者一〇人はもはやハードルとしては立ちはだからない。この問題は、すでに今回の訪朝で金正日総書記に「拉致問題は終わっていない」ことを認めさせているからだ。北朝鮮の指導者に「未解決」と言わせた意味は重い。
 「北朝鮮は米国としか話をしないのではないか」という懸念はある。だが米国としては、今回の小泉訪朝を表面的には評価しているものの、核問題で日本が北朝鮮にあまくなるのではと心配している。
 これは米国の立場からすれば当然だろう。そして、日本がこの問題から次第に遠ざかり、今の韓国のような親北朝鮮的な状況に陥ってしまうことを最も恐れている。こうなると、米国が進める「CVID」、すなわちすべての核計画のComplete(完全な)でVerifiable(実証可能な)かつ、Irreversible(不可逆的)な、Dismantlement(廃棄)が難しくなってしまう。
 日本は、核についてはどうも他人事、米国がやることだと見る傾向があるが、この考えからできるだけ早く脱却すべきだ。今後、日朝国交正常化交渉が本格化すると包括的な交渉になるがゆえに、核問題についても十分な議論ができる。これは米国にとっても喜ばしいことだ。自分たち以外にも、北朝鮮に釘を刺すことができる日本を、米国はつねに重要視している。しかも日本は、六ヵ国協議参加国の中で、米国と最も太いパイプがある国。日本が北朝鮮と核問題を討議することを、歓迎しないわけはない。
 米国で開かれるシーアイランド・サミットが六月八日から一〇日、三回目の六ヵ国協議の開催が六月二十四日ごろに予定されている。この二大イベントの間がぽっかり空いている。ここで日朝交渉を始めてもいいだろう。ここでは拉致だけでなく核・ミサイル問題も協議し、日本の役割を誇示できれば、今後の六ヵ国協議などでも存在感を示すことができる。
 核問題については、一ついい前例がある。「リビア・モデル」だ。昨年末リビアは米英両国と協議し、化学・生物・核兵器関連の計画についての詳細な情報の提供、国際原子力機関(IAEA)の抜き打ち査察受け入れを表明し、射程三〇〇キロメートル、搭載重量五〇〇キログラム以上のミサイルを廃棄することを約束した。そしてそれらを今年の二月までにほぼ実行に移した。金正日総書記と並び称され、悪名高かったカダフィ大佐が、このような大量破壊兵器の廃棄を決断するにまで至ったのだ。
 このモデルが北朝鮮に適用できる。日本は英国以上に、この問題において大きな役割を果たし得る。「正常化後の大規模な経済協力」というカードをフル活用し、北朝鮮に核の放棄、ミサイルの放棄・解体、拉致問題の解決を強く迫ることができるのだ。もちろんそれは、ダイナミックな外交を展開できるかどうかにかかっている。小泉首相や外務省には、そこまでの覚悟をもって事にあたることを期待したい。
著者プロフィール
伊豆見 元 (いずみ はじめ)
1950年生まれ。
中央大学法学部卒業。上智大学大学院修了。
平和・安全保障研究所主任研究員、静岡県立大学助教授、米ハーバード大学客員研究員等を経て現在、静岡県立大学現代韓国朝鮮研究所センター所長。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








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更新日: 2017年3月25日

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