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◆三 新たな核開発計画と米国の対応
 ブッシュ政権は、発足以来、クリントン政権時代の北朝鮮政策を再検討し、二〇〇一年六月六日の大統領声明で、(1)「合意枠組み」の履行改善(核査察の早期受け入れと使用済み核燃料の国外搬出)、(2)ミサイル開発の検証可能な規制とミサイル輸出の禁止、(3)通常戦力の「脅威削減」(前線からの兵力後退)を要求した。非常に高いハードルを設定し、それを越えてきた場合にのみ、人道支援の拡大、経済制裁の緩和、その他の政治的措置をとることを表明したのである。(※1)北朝鮮がそれらの措置をとることを交渉開始の前提条件とし、その後も、そのような方針を一貫して維持した。また、ブッシュ大統領が北朝鮮の政治体制と金正日総書記に対する不信感を隠さないことも、この政権の北朝鮮政策の大きな特徴である。
 しかし、ブッシュ政権の態度をさらに強硬なものに変えたのは、言うまでもなく、九・一一テロ事件である。二〇〇二年一月の一般教書演説で、北朝鮮はイラク、イランとともに「悪の枢軸」と名指しされたし、九月に発表された「米国の国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)でも「先制打撃」の対象から排除されなかった。しかも、一〇月初めまでにウラン濃縮型核兵器開発が発覚したために、北朝鮮問題とイラク問題の同質性がますます強く認識され始めた。ハードルの高さが変更されたわけではなかったが、そこにたどり着く前に、北朝鮮はまず新しい核兵器開発計画を「検証可能な形で」放棄しなければならなくなった。いまや、イラクとの「二正面作戦」を回避する必要性と地域的な条件の違いだけが、北朝鮮をイラクと区別したのである。
 ケリー米国務次官補が北朝鮮の金桂寛外務次官および姜錫柱第一外務次官と平壌で交わした激しいやり取りの詳細は必ずしも明らかにされていない。しかし、ケリーが核兵器用のウラン濃縮計画の存在を指摘し、その放棄を要求したとき、金正日はイラクとの差別化のための努力が失敗に終わったことに気付いたに違いない。北朝鮮の外務省談話によれば、ケリーが「核開発を放棄しなければ、日朝関係や南北関係も破局に陥る」と指摘したのに対して、姜錫柱は「核兵器のみならず、それ以上に強力ないかなる兵器も保有するようになる」と応酬した。新しい核兵器開発計画を摘発された北朝鮮は、かえってそれを中止する代償として自主権認定、不可侵確約および経済制裁の撤廃を要求したのである。(※2)
 二週間近い沈黙の後、一一月一五日、「北朝鮮侵攻の意図がない」ことを再確認しつつ、ブッシュ大統領は「迅速かつ目に見える形」での核兵器開発計画の放棄を要求し、一二月分の重油供給停止を発表した。他方、それが実行に移されるのを確認した後、一二月一二日、北朝鮮外務省は「電力生産に必要な核施設の稼動と建設を即時再開する」と発表し、本年一月一〇日、ついにNPT脱退を宣言した。(※3)そのため、二月一二日、IAEAはついに北朝鮮の核開発問題を国連安保理事会に付託した。もし北朝鮮が再処理施設を稼動させて、プルトニウムの分離に着手すれば、安保理事会は経済制裁を検討せざるをえなくなったのである。米国としては、そのような態勢をとりつつ、イラク作戦が終了するまでの間、北朝鮮に対する国際的な包囲網を形成することに努力を集中したのである。パウエル米国務長官による多国間協議の提案も、そのような努力の一部であった。
 しかし、イラク作戦とは異なって、朝鮮半島には米国が軍事行動を選択し難い地域的な条件が存在する。北朝鮮はそれを最大限に利用し、米国にチキン・ゲームを挑んだのである。例えば、第一に、第二次朝鮮戦争に拡大する危険を冒すことなしに、米国は先制打撃に踏み切ることができない。全面戦争になれば、米国は同盟国である韓国に多大の犠牲を強いることになる。その被害は日本にも及ぶことだろう。第二に、非武装地帯北側の長距離砲が火を噴き、スカッド・ミサイルが発射されれば、ソウル首都圏と前線に配備された在韓米軍将兵にも多大な犠牲が発生する。米国はそれを最小限に抑制する方法を発見していないのである。第三に、英国のような軍事的パートナーなしに、米国は文字どおり単独で行動せざるをえなくなるだろう。中国やロシアはもちろん韓国も武力行使には強く反対するし、日本もきわめて消極的だろう。
 それにしても、北朝鮮は何のために新たな核兵器開発に着手したのだろうか。それについての疑惑は一九九七、九八年当時から存在したが、最新のCIA定例報告によれば、北朝鮮がウラン濃縮に本格的に着手したのは、二〇〇一年に入ってからのことである。タイミングからみて、それはクリントン政権からブッシュ政権への移行期に当たる。(※4)六月に開催された南北首脳会談の直前に、韓国から数億ドルの外貨が秘密に送金されたのだから、その一部が遠心分離機の購入にあてられた可能性もある。米国大統領選挙を前に、金正日はブッシュ政権の誕生を警戒して「保険」をかけたのだろうか。それとも、それは米朝関係正常化を実現するために準備された新しい「欺き」(トリック)だったのだろうか。当分の間、その真相が明かされることはないだろう。

(※1) “Bush Statement on Undertaking Talks with North Korea,”June 6, 2001 [http://usinfo.state.gov]
(※2) “North Korea Nuclear Weapons Program,”Press Statement, Richard Boucher, Spokesman, Washington, D.C., Octorber 16, 2002 [http://usinfo.state.gov].北朝鮮外務省スポークスマンの回答(二〇〇二年一〇月七日)および同談話(二〇〇二年一〇月二五日)、『北朝鮮政策動向』(ラヂオプレス)第三三六号。
(※3) Statement by President, Office of the Press Secretary, Novemver 15, 2002 [http://www.whitehouse.gov].北朝鮮外務省スポークスマン談話(二〇〇二年一二月一二日)、NPT脱退を宣言した北朝鮮政府声明(二〇〇三年一月一〇日)、『北朝鮮政策動向』(ラヂオプレス)第三三八号、第三三九号。
(※4) “Unclassified Report to Congress on the Acquisition of Technology Relating to Weapons of Mass Destruction and Advanced Conventional Munitions, 1 January Through 30 June 2002,”April 10, 2003 [http://www.cia.gov]; James T.Laney and Jason T.Shaplen, “How to Deal with North Korea,”Foreign Affairs, March/April, 2003.
 
 
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