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◆抑止力無ければ無意味
 (2)「人畜無害」というのは、保有していない以上は当然だが、たとえ保有していても抑止力を備えた核戦力でない以上、絵に描いたモチなのだ。北朝鮮の指導部は、たとえ一発や二発開発しても実際には使えないことを十分知っている。
 (3)この点は、私は九四年の最初の訪朝で確認した。二週間の滞在中、黄長Y・党国際担当書記をはじめ党と政府の幹部と面談したが、彼らの国際情勢に対する分析、判断は正確かつ冷静沈着で、「暴発」などという無思慮な行為からは縁遠いものであることをうかがわせた。北朝鮮では党が国家を指導し、軍部を完全に支配下に置いているという事実がある。軍が異議を唱え、全体の決定が遅れたり変更されたりすることはあっても、金正日書記が「君臨」している限り「自暴自棄」になって暴発するなどということはまずあり得ない。このあたりは推測の域を出ないが、少なくとも北朝鮮を語る以上、党と政府の幹部と親交を深め、本音を引き出し検証する努力をした上で論じるべきだ。この種の検証なしに、米国のタカ派の政治家、軍人の意図的発言、韓国の国家安全企画部の意図的情報を鵜呑みにして得々と引用して暴発説、崩壊説の垂れ流しをする北朝鮮ウォッチャーが、わが国にはなんと多いことか。
 言論の世界にとどまっていればまだしも、冒頭で述べたように人畜無害発言以来、私は公安調査庁の係官に尾行され、自宅にも大学にも埼玉県警本部外事課の刑事の慇懃無礼な訪問をしばしば受けた。北朝鮮軍をおびき寄せ、日本を破滅させるための手引きをしようとたくらんでいる危険分子と見られたようだ。笑止千万である。北朝鮮を敵視することで糊口を食んでいる人が大勢いることを改めて知らされた思いだった。
 たしかに私は『宝石』九〇年十二月号で「金日成主席の言う通り(核開発施設と見られる)一連の施設がソ連の原子力研究所の跡だというのなら、正々堂々とIAEAの国際査察を受け入れるべきだ」と主張した。北朝鮮には、現在インドが核実験全面禁止条約(CTBT)発効の条件を巡って核保有国を相手に孤軍奮闘しているように、核保有の不平等性を容認している核拡散防止条約(NPT)体制にチャレンジしてほしかったのだ。しかし、この時点における私の主張の矛先は北朝鮮の核開発批判ではなく、「核開発をする意思も能力もない」という金主席の言葉を素朴に信じ、国交正常化交渉開始提案を受けて感激して帰国した金丸訪朝団の対応のお粗末ぶりに向けられていた。
 
 
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