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◆権力を掌握した軍部、方向転換?の金正日
 昨年十月十九日の朝鮮中央放送(国内向けラジオ)は、党組織の老衰、沈滞による「変質」の可能性を警告したという(韓国『内外通信』十月二十日付)。軍の攻撃のターゲットは、前後の流れからみて、明らかに老幹部、具体的には、政治局員・同候補に向けられていた。
 筆者らは、老政治局員の排除が、実力によってなされるのは時間の問題とみていた。現にその頃から、金日成の実弟金英柱、姜成山(首相)両政治局員の姿がみえなくなっていた。
 ところが、金正日は、十二月二十五日「革命の先輩を敬うことは、革命家たちの崇高な道徳信義である」なる談話を労働新聞に発表した。その内容は、表題のごとく、内外の革命の先輩を敬うということが、「革命の要求であり、革命家が担うべき崇高な道徳信義であります」ということにつきる。いつもそうなのだが、なぜ、いまこんな談話が唐突に公表されたのかである。まず、国際的に、革命の先輩を尊敬しているといわなければならない重大な事件を金正日ないし、労働党の幹部が引き起こしたらしいということだ。
 たとえば、談話の(二)の最後の方で「朝鮮人民は労働者階級の領袖だけではなく社会主義偉業のために英雄的にたたかった全ての国の革命家と人民を尊敬します。われわれは社会主義偉業の遂行において輝かしい業績を残した各国人民の偉大な革命闘争を忘れておらず、彼らの歴史的功績を高く評価しています」といっている。
 冒頭に紹介した三本の金正日論文は、前述のように、旧ソ連、中国への批判・攻撃に終始していた。これはそれに対する自己批判であり、詫び状である。
 もう一つは、前述の十月十二日労働新聞論説では「同志のなかには背反者が出ることもあるが銃は背反を知らない」といっていた。それなのにこの談話では、一転して尊敬すべき対象は、(1)抗日革命闘士、(2)朝鮮戦争に参加した英雄戦士、(3)朝鮮戦争後の建設期の千里馬運動の先駆者といっている。三つの階層のなかでもっとも若いのが(3)のグループである。
 千里馬運動がはじまったのは一九五九年三月からである。当時二十歳の人は、現在五十六歳。二十五歳の人は六十一歳ほどの筈だ。つまり、五十代前半である金正日世代を含まない六十歳以上の老幹部を尊敬せよといっていることになる。党組織の「老衰、沈滞」による「変質」を警告した前記朝鮮中央放送とは、正反対の内容になっていることがわかる。
 わずか二ヵ月間ほどの間に北朝鮮政治上層部内に何が起きたのであろう。いまのところ情報が不足しており、よくわからないが、この金正日談話は、前述のように外部に向って自己批判をしている。具体的には誰に対してかということだが、中国共産党の幹部に対してであることはほぼ間違いない。なぜなら、談話の(一)の部分は、対外部分に言及していることだ。旧ソ連幹部批判は従来と変わらないが、中国を批判している部分がスッポリ落ちているだけではなく、金日成主席が「対外活動の中で親交を結んだ世界各国の党、国家の指導者、――を変わることなく尊敬」するといっている。
 対外的の部分は、基本的には中国に対する自己批判とみて誤りでないと思われる。そうなると朝中間に何があったのか。さらに、対中関係の変化と、国内の老幹部を尊敬せよ、という主張と密接な関係があると推測されるが、本稿執筆時点(一月十日)では、情報不足のためこれ以上踏み込むことはできない。
 だが、一般論としていえることは、もし北朝鮮が戦争を起こしたなら当事者を除き、一番困るのは中国である。(1)韓中間の貿易(昨年百数億ドル)が中断する。(2)吉林省に難民が殺到する。(3)長期的には北朝鮮が必ず敗北する。そうすると韓国主導による統一が実現し、中国は韓国と国境を接することになる。
 中国東北三省には約二〇〇万人の朝鮮族がいる。その人たちが統一韓国と呼応しだすと中国の安全に不安が生じてくる。
 中国にとってこのような事態は極力避けたいという考えがある。中国の安保という観点から、北朝鮮内の改革派支援ということはありうる。
 つまり、中国から北朝鮮に何か強い要求がなされたことは間違いない。それへの回答が、今回の金正日談話でなかったのか。
 他方、米国は、空母インディペンデンスを一月から朝鮮近海に派遣、軍事的圧力を加えつつ、裏でコメや重油支援のアメをちらつかせているようだ。
 昨年十月以降北朝鮮政局の流れは、軍が老政治局員たちを排除、対南軍事挑発という方向で動いていた。ところが、十二月末の金正日談話で、その危機は一応回避されたとみられる。
 しかし、これで北朝鮮政局が安定するなどとは到底思われない。その最大の理由は、日韓米などが若干のコメを援助しても経済の再建は不可能だし、軍が本当に座して死をまつのかどうかだが、そんなことは考えられない。内部矛盾は益々深まっていっている。北朝鮮の政治状況は今日なにが起きてもおかしくない状態にある。
著者プロフィール
佐藤勝巳(さとう かつみ)
1929年、新潟県生まれ。
日朝協会新潟県連事務局長、日本朝鮮研究所事務局長を経て、現在、現代コリア研究所所長。
「救う会」会長。
 
 
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