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◆金正日の“冒険”を本気で警戒せよ
 北朝鮮の核問題は今後どのような展開をみせるのだろうか。多くの人々が関心をもっているところであろう。
 国連が、北朝鮮に一定の措置をとれるのは、核拡散防止条約が北朝鮮に有効な六月十二日までだ。それを過ぎると核兵器を所有し、NPTに未加盟のインド、パキスタン、イスラエルと同じになり、打つ手がなくなってしまう。つまり後が切られているのである。
 問題の中国の態度であるが、金日成政権に義理立てして中国の国益を害することがあっても利益になることは何もない。一部中国専門家の間に、中国が、北への制裁に反対の姿勢を誇示しているのは、中国内の反主流派に口実を与えないためのポーズで、北朝鮮に対する配慮は最初からなく、従って拒否権の行使などありえないと説明してくれた人がいたが、当たらずとも遠からずということであろう。
 金日成政権への経済制裁(海上封鎖をともなわなければ意味がない)は、本誌が発売される五月上旬頃に実施される可能性が高い。北朝鮮は、四月七日から開催された日本の国会に当たる最高人民会議で、姜成山総理が「外部勢力がなんらかの『強圧措置』を講じるなら、それは朝鮮半島全体を戦争の渦中に追い込む新たな導火線になるだけでなく、核戦争の被害を被る大惨事に遭遇せざるを得ない」と容易ならぬ発言を(民族性と思われるが)激しい反発を示している。額面通り受け取れば、事実上の宣戦布告に等しいものである。三月上旬のチームスピリットに対する「準戦時状態」の布告やNPT脱退など金正日がすべての政策決定権を掌握(咋年末)してから起きたものである。
 金正日が権力を手にしたことは、要注意である。新しく権力者になった人に共通していえることだが、前任者と違うことをアピールするため目立つ政策を採用する傾向がみられることだ。彼も例外ではない。南北首相会談、日朝交渉の打ち切り、訪中の無期延期、準戦時状態の布告、NPTからの脱退、それ以後次々と「やるならやってみよ」といわぬばかりの強硬的な態度表明は、新権力者が内外に「威信」を誇示しようとする危険な傾向とみなければならない。
 独裁政権の特徴の一つであるが、国内政治と国際政治の見境がつかないことである。北朝鮮内にあって新権力者に異論を唱えるものなど皆無だ。思うままになんでもできる立揚にいる。ところが国際政治となると金正日の思う通りに動かない。すると直情径行の彼の性格を反映した強硬措置がとられるのである。最近の北朝鮮の出版物をみていると「胆力ある指導」とか、NPT脱退に敵がうろたえているとか、金正日の政策決定を賛美する表現が随所にみられるようになってきている。
 もっとも危険なことは、金正日は戦争の恐ろしさを知らない世代である。しかも、彼の「教示」は絶対的でチェック機能がまったく働かないことである。最近の異常に激しい対外姿勢を虚勢(ハッタリ)などと甘くみてはならない。金正日がどのような『命令』をだすか予断を許さないという基本的認識に立って対策を立てることが大切であろう。
 そういうときに読売新聞(四月十一日)に中江要介元駐中国大使は、金正日政権のNPT脱退問題に関連し、「米国など核保有国が査察を受けない特権を持ちながら北の政権を批判するのはおかしい。核兵器をもっているかどうかより、現に核をもっている国が使用する心配はないのか。一九九五年のNPTの効力延長問題を視野に入れた論議が必要」と書いた。
 この主張がなんの説得力ももちえないのは、確かにロシアなどの核管理に不安はあるが、独裁者が支配するテロ国家と他の核保有国を同一レベルで論議している点にある。九五年のNPT期限切れを視野に入れ、核軍縮のさらなる推進と北の核開発阻止というのなら理解できるが、この主張こそ、金正日政権の核擁護にしかならない危険な内容をもったものといわざるをえない。
 一方、韓国の金泳三政権は、浮世ばなれした言動に終始し、二十世紀初頭西欧帝国主義が覇権確立のためアジアを次々と進出しているとき、世界情勢には目もくれず、国内の権力闘争に明け暮れ、植民地に陥っていた韓末と非常によく似た状況にある。幸いにして、現在は、誰も植民地支配など考えていないが、無防備のツケは、韓国自身が払わなければならなくなるだろう。
 冒頭で指摘したように、この期に及んでも北朝鮮を「孤立させてはならない」とか中江氏のような見当はずれの主張がマスコミ界を支配している。筆者は新聞などのコメントで言及しているように、金正日政権は、核兵器を手にしているとみている。いかに、最高権力者が直情怪行の人物であったとしても、食べるものもエネルギーもないのに、核兵器を手にしなかったら、全世界を敵に回すような政策はとてもとれないと思う。
 相手が核兵器をもっているという前提で危機管理対策が必要であろう。連合赤軍が核兵器を手にしたと考えるべきだ。そうでなかったら取り返しのつかないことになる。世界観のまったく違う、価値観の異なる人たちを説得する方法は、基本的には力以外にないのである。日本外務省は、相手が交渉のテーブルにつけば日朝交渉を再開する意思があるといっているし、日朝交渉新任の遠藤大使は、北風より南風が必要だとどこかの新聞のインタビューに答えていたが、このようないい方は相手に誤解を与えるだけだ。核開発ないしは、核兵器を廃棄しない限り交渉に応じてはならないというべきだ。この毅然たる態度こそが北朝鮮国民に対する南風になることを知って欲しい。再度いうが、日本人の価値観で相手を測るような誤りは犯してはならない。
著者プロフィール
佐藤勝巳(さとう かつみ)
1929年、新潟県生まれ。
日朝協会新潟県連事務局長、日本朝鮮研究所事務局長を経て、現在、現代コリア研究所所長。
「救う会」会長。
 
 
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