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◆驚くべき自民の外交音痴
 自民党は、二月二十六日朝鮮労働党と「交流と協力を発展させるための合意書」を交わした。さきの三党共同宣言と合わせて二つの文書に署名したことになる。
 金日成政権の出先機関ともいえる在日の朝鮮総連は、この二つの文書を手にして、上は自民党の国会議員から下は町村議員に至るまで公然と接触し、各級議会で日朝国交樹立促進決議採択要請を行っている。朝鮮総連の狙いは、地方議会などで多くの決議を採択させ、日朝交渉に比較的慎重な態度を取り続けている外務省を孤立化させ、日朝交渉を金日成政権の望む方向にもってゆくというものだ。
 それでは金日成政権は何を望んでいるのだろうか。まず、(1)一銭でも多くのカネを日本から早急に引き出し、経済の建て直しを図る。(2)日本から「賠償金」を取ったのは金正日書記だとして、来春党大会(七回)を開催、名実共に金正日を金日成の後継者とする。(3)冒頭紹介したように、日本のカネなどを使って一九九五年、金正日政権の手によって韓国を吸収併合する、というものだ。
 可能かどうかは別にして金日成政権は、現在このようなプログラムをもって日朝交渉に臨んできている。この情報に疑問をもつむきは、直接朝鮮労働党幹部か、さもなければ朝鮮総連幹部にたずねてみたらよいと思う。この点こそが、実は、日朝交渉の最大のポイントなのである。
 筆者のもつ情報が当たらずとも遠からずなら、日本政府が、いかに「日朝国交正常化が日韓関係を損なわないようにしたい。南北首相会談の中止は残念だ。早期再開を希望する」(中平大使発言)といってみても、いまみたように、自民党のやっていることは「日韓関係を損ねる」こと以外のなにものでもないのだ。要するに金丸氏に代表される自民党は、自分たちがやっていることの意味をまったく理解していない集団といわれても仕方がないと思う。
 なぜこんなことが起きているのだろうか。こんなときよくいわれるのが、日本人は、朝鮮問題を知らな過ぎる。また、湾岸戦争のとき、日本人はアラブのことを知らな過ぎるという言葉をよくきかされた。
 しかし、筆者はそうは思わない。世界中に百数十ヵ国の国があるが、日本人のなかで世界中の国の歴史や文化などに精通している人が存在しているのだろうか。そんなことを求める方が非現実的なのだ。
 スターリンにも劣らない独裁者金日成を「偉大な政治家」とみるか「愚劣な政治家」とみるかは、専門知識外のことだ。アラブについて「専門的な知識」などなくとも、あのような非常識なことをいってクウェートを侵略したサダム・フセインなる人物がどんな人間か、容易に想像できるのではなかろうか。
 金日成政権は、韓国が米国の植民地だと誤った規定をし、それを解放する闘いはすべて正義であるといって、朝鮮戦争をはじめ、四年に一回の割合で韓国に対し、武装ゲリラを侵入させたり、テロなどを実行してきた。政府自民党は、これらテロは、明白に北朝鮮の行為と断定、過去二回に亘って「制裁措置」を講じた。
 政府だけではない。日本のマスコミをはじめ、多くの国民は、北朝鮮を本心のところでテロ国家と思っている。それを支持する総連もテロ集団だと認識している。この認識は、偏見でもなんでもない、事実をそのまま認識しているだけのことだ。このような認識をもつのに専門的な知識など必要ではない。要するに正常な感性と健全な常識をもっているかどうかの問題であろう。
 自民党に欠けているのは、実は、この感性と常識なのである。具体的にいうと金日成政権は、テロ国家でなくなったと考えているのかどうかということだ。
 さきに紹介した石井一議員の著書の最後に資料として「自由民主党・朝鮮労働党会談―議員発言要旨―」が掲載されている。それは、金丸氏に同行した自民党国会議員たちが、朝鮮労働党金容淳国際事業部長と会談した要旨である。
 自民党国会議員側から、湾岸戦争、水産、漁業、貿易、在日朝鮮人の法的地位、日本人妻里帰り、核査察、スポーツ、芸能などの交流、見本市開催問題について発言している。
 これに対し金容淳部長が一人で答えている(ほとんど回答らしい回答はない)のだが、この会談の筆者の印象を率直にしるすなら、核査察と日本人妻里帰り、湾岸戦争問題を除けば、他は、商社とプロダクションの商談のような感じだ。金氏は、国際事業部長といっても政治局員候補ですらない。ひらの中央委員だ。その人に向かって「閣下」と発言している自民党国会議員がいた(この人の名誉のために付言しておくが、この人の核査察問題の発言は、発言者中、最も光っていた)。
 中央委員をつかまえて「閣下」などといっていたら間違いなくくみし易しとみなされ馬鹿にされることは避けられない。金丸氏をはじめとする同行の自民党議員の頭のなかには、テロ国家の国際事業部長と会談しているという緊張感を誰からもうかがい知ることができなかった。要するに誰もそう考えていないということだろう。だとすれば同じ自民党が過去二回金日成政権がテロを実行したとしてとった「制裁措置」は、なんだったのか。制裁措置が誤りだったというなら、その根拠をあげ、誤りと公表するのが責任ある公党のとるべき態度ではないだろうか。
 日本人が非合法的に北朝鮮に拉致されていることは公知のことではないか。会談でなぜこの問題が自民党議員から提起されないのか。一九八七年十一月の大韓機空中爆破事件のテロリスト二人は、日本人のパスポートを所持していたことは広く知られた事実だ。自民党議員は、なぜそのことを問題にしなかったのだろう。
 これらの問題は、漁業や貿易、スポーツ、芸能の問題などより低レベルの問題だと考えているのだろうか―この資料を目にしたときは、しばらく言葉を発することができなかった。あまりにも無責任すぎはしないだろうか。
 なぜいうべきことをいわないのだろう。右のようなことをいえば、北朝鮮は、いやな顔をするに決まっている。北朝鮮がいやな顔をするからといって、自国民の身の安全やパスボートの不正使用などに言及しなかったのだとすれば、日本社会党とまったくえらぶところがないではないか。
 よしんばそれをいって、会議が決裂したとしても、日本は何も困ることはない。困るのは、このようにいうべきこともいわないでとんでもない中身の三党共同宣言を発表し、個人の売名を図っている政治家と金日成政権だけだ。そういう政治家とテロ国家の利益と日本国民の身の安全確保とどちらが大切なのか、自民党訪朝団の国会議員たちに改めてお尋ねしたい。
 
 
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