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◆西側とは異なる北朝鮮の外交スタイル
 私は、北朝鮮の指導者たちは外交交渉を「戦争モデル」、あるいは控えめにいっても「政治闘争モデル」で考えているとみている。西側の国でおこなわれている外交交渉とは質的に異なるスタイルである。外交にかぎらず、たとえば経済建設でも「速度戦」とか、「百日間戦闘」とか、「高地占領」という言葉がつかわれる。前述したように、NPT脱退宣言はその点からひとつの「奇襲」だった。
 この四〇年間、北朝鮮の指導者たちは、大国と戦うために独特な戦術をつくりあげてきた。それはゲリラ戦、彼らの言葉でいう「遊撃戦方式」である。
 まず、小国が大国にいかにして勝利するかということが、その出発点にある。そのためには奇襲も、人質も、恫喝も、攪乱も必要で、場合によっては捨て身になるということである。そういうあらゆる手段を駆使して、はじめて小国は生き残ることができると彼らは理解している。
 第二に、北朝鮮の外交は大物狙いである。中途半端なところで妥協しないというのがもうひとつの特徴である。日本との場合でも国交正常化をねらったし、アメリカに対してもやはり同じような目標をかかげている、と私は判断している。連絡事務所を開設して、貿易協定を結んで限定的な共存を図るというようなことは、どうも考えていない。
 第三の特徴は、米朝一括妥結方式にみられるように、常に韓国の頭越しをねらっていることだ。これはアメリカなど大国との交渉を劇的に進展させることによって、ちょうどニクソン・ショック(米中接近)が日本に与えたような外交的な衝撃を韓国に与えるところに目的があるように思える。
 たぶん、北朝鮮の指導者が描いている戦略は、米朝一括妥結の成功から生ずる韓国に対する外交的衝撃を利用して、南北首脳会談を開催し、韓国に連邦制統一を飲ませるということではないか。そのようなかたちにして、南北間で自分たちの生き残りの枠組みをもうひとつつくろうと考えていると思う。
 さらに、かりにそうした試みが成功して米朝関係が大幅に改善し、南北間でも共存の枠組みができるということになれば、日本もそれに追従してくるだろうと、彼らは考えているのではないか。最終的なゴールはやはり日朝国交正常化においているのだろう。なぜなら、日本からの資金なしには、北朝鮮の経済は再建されないからである。
 最後の特徴として、北朝鮮の指導者たちは、アメリカとの軍事衝突にはひじょうに慎重であった。これまでにも、プエブロ号の拿捕事件、板門店でのオノによる米軍将校の殺害事件(ポプラ事件)などきわどい事件があったが、いずれも戦争にはいたらない範囲でおこなわれた挑発であった。現在の北朝鮮の目的は「生き残り」だから、可能なかぎりアメリカとの軍事衝突は避けようというのが方針だろう。
 そうみてくると、この間の米朝交渉は、昨年三月のNPTからの脱退宣言という北朝鮮の外交的な奇襲に始まって、ジュネーブ会談以後のアメリカ、韓国、IAEAの反撃、そして「小さな一括妥結」というふうに進展してきている。
 そして、その「小さな一括妥結」が履行されれば、私は両者の対決はある種の陣地戦に移行して、休戦交渉が始まるだろうとみている。あとはどちらがどれだけ有利なかたちで妥協するかという条件闘争になる。陣地戦において優勢なほうが七対三とか六対四とかのかたちで外交的な成果をあげることができるということだろう。
 しかし、北朝鮮が最後までIAEAの査察を受け入れないということになれば、このパッケージは崩壊する。そうなれば今の情勢からみて経済制裁は避けられない。四月中旬にペリー国防長官が韓国を訪問し、その過程で米韓側の意見の調整がおこなわれる。その後、北朝鮮とのあいだで再び外交的な駆け引きが展開されるだろうが、四月末まで北朝鮮がIAEAの査察を拒否し続けるということになれば、五月に入って安保理事会が警告の決議を出さざるをえなくなる。そして、二、三週間の時限を区切って経済制裁決議ということになるだろう。
 経済制裁に関しては、北朝鮮が自給自足的な経済だからあまり効果がない、という意見もあるが、私はそうはみていない。すでに外部から資本と技術が入らなければやっていけないわけで、だからこそ日朝国交正常化を願ったし、アメリカとの関係正常化をねらっているのである。
 また、北朝鮮経済が一九九〇年代に入って四年連続のマイナス成長であることは前述したが、ようするにマイナス成長の上に経済制裁というもうひとつの圧力が加わるわけである。北朝鮮経済はほとんど再起不能の状態に陥るとみてよい。北朝鮮の指導者たちは経済制裁をぜひとも回避したいと考えているはずだ。対外的には一年でも二年でも経済制裁に耐えられると宣言しているが。
 私はむしろ、制裁の効果がありすぎることを心配している。その意味では中国が最小限の食糧と石油を供給し続けることのほうが望ましい。
 経済制裁の難点は、まず第一に、いったん発動されると後戻りしにくいということである。国際機関が決議した以上、その要求条件が満たされるまで、途中で中断するわけにはいかない。第二に、経済制裁の効果がありすぎた場合、やはり体制の崩壊の問題が出てくる。それがどの時点であるか、外部からは判断できないことだ。つまり、ポイント・オブ・ノーリターンがいつかということは外部からは予想不可能であるし、おそらく北朝鮮の指導者自身もそのことはわからないだろうと思う。
 したがって、制裁が長期化した場合だが、いつの時点かで体制の維持が不可能になることはありえる。その場合に大きな混乱が起きる、あるいは北朝鮮が暴発するという可能性も考えておかなければならないということになる。つまり無理心中的な暴発である。体制が崩壊するときに、黙ってそのままでいるだろうか、という疑問が残らざるをえない。
 
 
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