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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


読売新聞朝刊 2003年1月4日
北朝鮮難民対策 「日本は大混乱になる」 官僚、強い危機感/政府マル秘文書
 
 ◆政治は機能せず
 緊張が高まる北朝鮮情勢は、クリントン米前大統領が戦争準備をした一九九四年当時と酷似している。その危機の中で、想定された朝鮮半島からの避難民に対処するため、首相官邸や入管当局はどう動いたのか。政府のマル秘文書は、官僚たちが強い危機感を抱く一方で、政治が機能していなかった実態も浮き彫りにしている。(編集委員 清武英利、社会部 金杉康政、本文記事1面)
 CIA(米中央情報局)の高官が示した衛星写真を見て、石原信雄・内閣官房副長官(当時)は驚きを隠せなかった。
 写真には、原子力発電所とされていた北朝鮮・寧辺(ヨンビョン)周辺の施設の全容が写っていた。「これは原発ではなく、核施設だ」という高官の指摘は説得力があった。北朝鮮は危険な火遊びをしている、という思いがこみあげてきた。拉致事件が世間には知られておらず、北朝鮮礼賛論も残っていた九三年のことだ。
 写真は、宮沢首相も見たはずだった。極秘の衛星写真を見せることで、米国は「北朝鮮の実体を見ろ」と訴えている、と石原氏は受け止めた。
    ◎
 そのころ法務省では、入国管理局が中心になって、北朝鮮の体制崩壊に備えた勉強会を開き、対応方針や問題点を研究していた。その結果が「朝鮮半島情勢のまとめ」と題する八枚のマル秘メモに残されている。
 北朝鮮は当時、国際原子力機関(IAEA)に核疑惑を突きつけられながら、九三年三月に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明していた。メモによると、法務省は次のような想定をしていた。〈帰還事業により、北朝鮮には約九万三千人の在日朝鮮人と家族がいた。死亡者を差し引いても、二世、三世を加えると、日本人を含む北朝鮮帰還関連者は少なく見積もっても十万人と推定され、これに近い数が避難民として到来する可能性が高い〉
 そしてこう結論付けた。
 〈法治国家の建前からすれば現行法の枠内で対応すべきではあるが、大量の避難民を不法入国者として身柄を拘束し、一時庇護(ひご)上陸の許可を与えることは、当局の陣容、施設をもってしては到底不可能である。当初は超法規的に事実上、上陸させる〉
    ◎
 九四年に入り、情勢はさらに悪化する。三月十九日、板門店で開かれた第八回南北実務協議で、双方が激しく対立し、北朝鮮代表が「戦争になればソウルは火の海になるだろう」と攻撃をほのめかす発言をした。一方のクリントン米大統領は、寧辺の原子炉を破壊する作戦を立て、北朝鮮に「核開発を放棄しなければ攻撃する」と警告した。
 これを受けて九四年四月、石原副長官は、官僚主導で半島有事に対応した検討を進めるように指示した。〈1〉大量避難民対策〈2〉有事立法の研究〈3〉米軍支援〈4〉朝鮮半島の邦人救出――などがテーマだった。避難民対策は、情報交換の場だった「内閣合同情報会議」のメンバーを絞り込み、内閣法制局、防衛、外務、警察、法務の局長クラスが担当し、実務は課長クラスで検討を加えた。
    ◎
 官邸には、中国福建省などから三千人もの偽装難民が漂着した八九年の苦い記憶がある。収容先もなく、入管当局や長崎県などは対応に追われたが、その後も国会などで検討はされていなかった。その何十倍の避難民が押し寄せたら、日本は大混乱する、と石原氏らは考えたが、政治家には期待できなかった。細川連立内閣は、約八か月後の四月二十五日、突然総辞職し、政界は迷走していた。
 一方で、防衛庁の制服組から、米軍が海上封鎖に踏み切るのではないかという情報が官邸にもたらされていた。「日本はどこまで協力するか、切迫した状況で大量避難民が押し寄せたらどうするか、徹底的に議論をした」
 避難民対策がまとめられたのは、北朝鮮がIAEA脱退を表明した六月十三日。内容は、法務省の方針に沿ったものとなった。その二日後、カーター元米大統領が平壌で金日成主席と会談し、IAEAによる核施設監視の継続に合意した。石原氏は「心の底からほっとした」という。
 ◆予算も態勢も何もなかった/石原信雄・元内閣官房副長官
 九五年二月まで官僚のトップとして、七年三か月にわたって七人の首相を支えた石原信雄・元内閣官房副長官に、朝鮮半島危機にどう対応したのか聞いた。
 ――九四年当時、どのようなことを検討したのか。
 「ひとつは避難民。朝鮮半島は一触即発の緊迫した状態にあると感じていた。北朝鮮への攻撃があれば、大量の避難民が韓国へ、さらに日本に大挙して来るのではないか、と議論した。大量避難民をどう位置づけるかという法的な問題と、どこに受け入れるかという物理的問題が議題になった」
 ――なぜこうした議論が必要と感じたのか。
 「当時の政局はまことに異常な事態だった。細川内閣が、四月二十五日に突然総辞職し、後継の羽田氏は総理に指名されながら、連立与党内部の対立で組閣できない。一方で、朝鮮半島の緊迫度は増し、政治的に空白だからこそ、官僚側が必要なことは準備しておかなくては、という気持ちだった。社会不安を避けるためにも極秘で議論し、後に概略を首相、閣僚に報告した」
 ――予算面での裏付けはあったのか。
 「予算も態勢も何もなかった。だが人道上、追い返すわけにも行かず、食料は災害時の炊き出しのような形で与え、市町村の講堂やホールで収容する、という対応を考えた。まず、受け入れる自治体の知事や市町村の判断で必要な措置を講じ、後で予備費などで国が補てんするという方法だ」
 ――ほかにはどのような議論をしたのか。
 「日本の近くに危険な国があるのに、安全保障問題で突っ込んだ議論をすることがはばかれる空気が残っていた。安保条約の手続きで米軍への協力をどうするかという、条約の再定義についても議論した。有事の際は時限立法で可能な限り対応する、という考え方など、今の有事法制の議論も根っこにあるのはあの時の議論だ。各省庁は九四年の検討事項を一つの実績として保管しているはずだ」
          ◇
 〈北朝鮮の核開発疑惑をめぐる主な動き〉
1993. 2.25 IAEAが北朝鮮の核施設への特別査察受け入れ要求
      3.12 北朝鮮がNPT脱退の意思を表明
      5.29 北朝鮮がノドン発射
      6.11 北朝鮮がNPT脱退の一時停止を表明
      8. 9 宮沢内閣の総辞職を受け、細川内閣が発足
  94. 3.19 板門店での第8回南北実務協議で、北朝鮮側が「戦争になれば、ソウルは火の海になるだろう」と発言
      3.24 細川首相が金泳三韓国大統領と日米韓3国の連携強化で合意
      4月初め 朝鮮半島有事を想定し、政府が極秘に大量避難民対策の検討を始める
      4.28 羽田内閣が発足
      6.13 北朝鮮がIAEA脱退を表明
           政府が大量避難民対策をまとめる
      6.15 カーター元米大統領が金日成主席と会談、IAEAによる核施設監視の継続に合意
      6.30 村山内閣発足
      7. 8 金日成主席が死去
     10.21 米朝が核問題包括解決への「枠組み合意」文書に調印
  98. 8.31 北朝鮮がテポドン発射
2000. 6.13 平壌で南北首脳会談
2002. 9.17 小泉首相、金正日総書記と日朝首脳会談、平壌宣言に署名
     10.17 ケリー米国務次官補が「北朝鮮が核兵器開発を認めた」と公表
     11.29 IAEAが北朝鮮に核計画の放棄要求
     12.31 核施設の稼働再開を宣言した北朝鮮が、IAEA監視要員を追放
 
 写真=内閣安全保障室がまとめた対策文書
 
 
 
 
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