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毎日新聞朝刊 2003年4月7日
地球最前線 多難、北朝鮮−−エネルギー難、経済特区暗礁…
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の動静がイラク戦争の陰で見えにくくなっている。しかしエネルギー・食糧不足解消のメドは立たず、経済難克服の「切り札」と期待された経済特区建設も暗礁に乗り上げたままだ。イラクに続き、国際情勢の焦点となる可能性が高い北朝鮮国内の実情を現地情報などを基に報告する。【北朝鮮情勢取材班】
 ◇平壌は給湯障害→汚れ防止のスカーフが流行
 ■停電は当たり前
 平壌市を流れる大同江。幅数百メートルの川面がいてつき、子供たちがスケートを楽しんでいた。
 その中州に建つ47階建てホテルの中は、常に照明で明るい。しかし、ホテルの上層階から眺める平壌市の夜景は、人口300万人の大都会とは思えないほど暗く、建物の輪郭が識別しにくいほどだ。市当局が昨年から午後10時半に消灯するよう市民を指導しているという。
 北朝鮮では飛び抜けて豊かな平壌市でも停電は日常茶飯事だ。
 「停電以外に電圧が不安定なため電化製品が頻繁に故障する。昨年はテレビを3回も修理に出した」と20歳代の男性が語る。
 平壌に住む男性の間で最近、スカーフがはやっている。おしゃれのためではない。
 朝鮮半島では昔から、伝統の床暖房「オンドル」で厳しい冬の寒さをしのいできた。しかし複数の平壌市民によると、発電所の余熱などで作った熱気や温水を市内全戸に配給する集中暖房システムは90年代半ばから、ほとんど機能していない。給湯も受けられず、各家庭の温水用蛇口はさびついたままだ。
 40歳代の男性は「夏は水のシャワーで我慢し、冬は週に1、2回だけ銭湯に通う」と話した。男性のスカーフは、首の周りの汚れが上着などに付くのを防ぐ役割を果たしているのだった。
 地下鉄では、1車両の蛍光灯9本のうち3本しかついていなかった。幹線道路の地下を横断する地下道の蛍光灯もほとんどが消えていた。平壌市民は慣れたもので、隣の人の顔も見えない暗さの中を巧みに行き交う。
 道路の信号はどれもついておらず、女性の交通警察官が、手信号で交通整理していた。厳寒と酷暑の期間の約1カ月だけは信号を機能させるという。
 ◇特区は給水制限→合弁企業は井戸を掘り自衛
 ■ハイテクは遠く
 経済特区のエネルギー不足も深刻だった。
 91年、海外投資を誘致するため自由経済貿易地帯(経済特区)に指定された北朝鮮東北部の羅先市。しかし、発電所や石油コンビナートの煙は途絶えたままだ。
 米朝枠組み合意(94年10月)によって北朝鮮は独自開発の核施設を凍結する代わりに、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)から年間50万トンの重油提供を受けてきた。しかし、核疑惑発覚により、重油提供は昨年12月から止まっている。行政当局者は、発電所などが操業停止に追い込まれたのは、その影響と説明。関係者は「いずれロシアの石油が来る」と語ったが「いずれ」がいつなのか、誰も口にしなかった。
 特区内では、給水も時間帯を決めて行われ、外国との合弁会社の一つは敷地内に井戸を掘って自衛していた。
 行政関係者は「特区指定以来、約100社が工場や事業所を設け、8割が定着している」と話した。しかし、主な業種は衣類製造や水産加工で、北朝鮮指導部が望むハイテク産業は、ほとんど誘致できていない。
 自家発電施設を備え、燃料も個別輸入することが、経済特区に投資する事実上の条件となっている。新たな外国企業、特に安定したエネルギー供給が絶対条件のハイテク産業進出の見通しは、真っ暗といえよう。
 ■ビール1杯30円
 北朝鮮国内で自由市場が爆発的に増えていると言われる。経済特別区の羅先市にも、2〜3ヘクタールの敷地(一部簡易建物)に数百の露天商が並び、衣類や日用品、食品などを販売する「羅先市場」があった。コートやダウンジャケット、ウールセーターなどの「高級品」はほとんどが中国製。中国製のダウンジャケットは1着6500ウオンだ。1カ月の給料が2000〜3000ウオンの市民の多くは手が届かない。リンゴやミカンなどの果物は1キロ100〜300ウオン、卵は1個25ウオンだった。
 一方、首都・平壌市内のビアホールは、どの店も表に行列ができる盛況ぶりだった。ジョッキ1杯35ウオン(約30円。1遮=150ウオンの実勢レートで計算)。つまみはピーナツだけだが、夕方になれば、1時間待ちは当たり前という。月給3000ウオンの20歳代の男性客は「仕事の後、毎日ここに来て同僚と乾杯する。一日の最大の楽しみ」と話した。
 しかし羅先は海外との接触を前提にした模範都市だ。平壌も住民のほとんどは特権階級と言われる。こうした街の市民の表情、様子だけでは、北朝鮮全体の生活実態は見えてこない。
 ■青い庭とはげ山
 羅先市郊外のトウモロコシ畑の土は砂が多く、こぶし大の石がたくさん転がっていた。そのうえ、昨秋、根元から刈り取った後に残された茎が放置されていた。畑が十分に耕されていない証拠だ。
 北朝鮮の専門家によると、農家が庭で育てる作物は青々としている。それに比べ、共同農場の作物は弱々しい。庭で実った作物は私有できるため、庭だけは十分に耕し、共同農場での作業はおざなりだからという。
 農業不振のもう一つの要因は90年代半ばからの度重なる洪水被害だ。北朝鮮には、かん木がわずかに生え、地肌むき出しの山々が多い。暖房や煮炊きの燃料用に山の木を切り倒してしまい、そのあとに植林をしていない。こうして山の樹木はなくなり、保水能力が失われることによって、ますます洪水が頻発することになる。
 やせた耕作地と、そのやせた土さえ押し流してしまう洪水の起こりやすい環境だけが、北朝鮮に残されていた。
 ■北朝鮮の食糧難■
 北朝鮮では90年代半ば以降、農業不振と極端な食糧難が続いている。世界食糧計画(WFP)によると、今年度の北朝鮮の穀物の不足量は約110万トンに達する。しかし、昨年秋、北朝鮮の核開発問題が発覚して以来、食糧支援を控える国や団体が増えている。WFPのモリス事務局長は昨年11月「北朝鮮の人口の3分の1近くに当たる640万人が依然として深刻な食糧危機に直面している」と国際社会に支援継続を訴えた。北朝鮮では昨年7月に明らかになった経済改革で、労働者の賃金が大幅に上昇した。同時に、配給を含めた食料品の価格も大幅に引き上げられた。都市部の家庭では収入の85%(国営農家では同35%)を食費が占めるようになった。エネルギー不足で輸送が困難な北朝鮮では、支援物資などを地方に送り届けることが難しい。そのため食糧不足は、沿岸部より内陸部で深刻と言われる。中国などに脱出し、外国に亡命を求める「脱北者」も主に地方で飢餓に苦しむ人々で占められている。
□写真説明 平壌市内でパンなどを売る露天商
□写真説明 羅先市内の合弁企業が掘った井戸は市民も利用していた
□写真説明 平壌市内でリンゴを売る女性
 
 
 
 
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