朝日新聞朝刊 2003年4月12日
時間との戦いだ 北の核問題(社説)
北朝鮮の金正日総書記は、わずか3週間でイラク政権を崩壊させた米軍のすさまじい攻撃や、フセイン大統領像が倒される映像をどんな思いで見ただろうか。
この戦争は北朝鮮を震え上がらせたに違いない。フセイン政権が大量破壊兵器をめぐる国連の査察を受け入れたのに、米英両国は戦争に踏み切った。安保理もそれを止めることができなかった。
ブッシュ大統領は「北朝鮮の核問題は外交的に解決する」と言い続けてはいる。
しかし、戦争が山を越し、米国内では「次はどこか」をめぐる議論が騒がしい。北朝鮮をイラク、イランと並べて「悪の枢軸」と呼んだのはブッシュ氏自身だ。
米国は北朝鮮を第2のイラクにしようとするのではないか。そうであれば、どう行動したらいいのか。金総書記は揺れているだろう。
核不拡散条約からの脱退宣言をはじめ、昨年暮れから続いた挑発的な動きが止まっているのも、その反映かも知れない。
だが、注目したいのは北朝鮮外務省が6日に出した声明だ。「強大な軍事的抑止力を備えてこそ、戦争を防ぎ、国と民族の安全を守ることができる」と強調した。
朝鮮労働党の機関紙も、軍の役割の大きさを盛んに宣伝し、総書記の部隊視察も繰り返し報じられている。
米国に勝手をさせないためには、やはり核兵器しかない。北朝鮮がそう考えても、まったく不思議ではない状況だ。
瀬戸際外交の材料として核をもてあそぶのではなく、核兵器の開発と保有に本腰を入れることになったら、朝鮮半島は本当の危険水域に入る。
日本や韓国の安全を考えれば、そんな流れが出来上がる前に、それを止めなければならない。
それには、まずブッシュ政権が「対話はするが交渉はしない」という態度を変え、北朝鮮が求める体制の保障と核問題について、とにかく話し合えるような空気を作ることである。
韓国の盧武鉉大統領が就任後初の外国訪問として、来月ワシントンを訪れることが決まった。ブッシュ氏との直談判で、北朝鮮問題の武力によらない解決を訴える。
周辺国の動きもあわただしい。先の日中外相会談では、朝鮮半島の非核化と核問題の平和的解決に向けて協力を強めることで合意した。ロシア国防相が訪韓して、韓ロの連携を確認してもいる。
米国は、北朝鮮を入れた多国間の枠組みでの協議を主張している。だが、多国間協議は入り口にはなっても、最終的な問題の解決は米朝間でするしかないだろう。北朝鮮は対米協議の意思を発信している。
安保理での核問題をめぐる討議が始まり、理事国すべてが現状に深い懸念を表明した。これ以上事態を悪化させないための外交は、時間との戦いである。
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