朝日新聞朝刊 2002年9月19日
期待こめる国際社会 平壌宣言(社説)
うまくいけば、北東アジアの安全保障の環境を変える起爆剤になるかもしれない。
小泉純一郎首相と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記が署名した日朝平壌宣言を、国際社会はそんな目で見ているようである。
朝鮮半島の緊張緩和は冷戦後もあまり進んでいない。北朝鮮の核開発疑惑やテポドン発射などでむしろ緊張が高まった面もある。3カ月前に黄海で起きた南北の砲撃戦も危険な状態を印象づけた。
あの狭い地域に南北合わせて180万人もの軍隊がひしめき、にらみ合いを続けているのはどうみても尋常ではない。平壌宣言に基づく対話で、そうした状態を少しでも改善できれば、日本に対するアジア諸国の評価も変わってくるに違いない。
平壌宣言は、日朝双方が北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、協力していくことを確認した。核やミサイル問題を含む安全保障に関する関係諸国間の対話促進の必要性も確認し、日朝安全保障協議の場をつくることにも合意した。
北東アジアの安全保障をめぐる多国間対話構想は、小渕恵三元首相や韓国の金大中大統領が提唱したことがある。南北朝鮮と日米に加えて中ロも加わるという構想だった。しかし、日朝関係に進展がなかったうえ、北朝鮮が地域の多国間安保対話に消極的だったため実現しなかった。
北朝鮮はこれまで瀬戸際外交で揺さぶりをかけ、譲歩を迫る駆け引きを軸としてきた。安保問題の話し合いは米国が相手だという態度だったが、今回その姿勢に少しは変化が出てきたのかもしれない。
韓国や中ロなど周辺国だけでなく、米国や欧州連合(EU)も平壌宣言を評価したのは、それだけ北朝鮮の存在が危なっかしいからではある。だが、北東アジアで育たなかった地域安保の枠組みが生まれるのでは、との期待の表れでもあるだろう。
北朝鮮はかつて拉致事件を起こし、いまも不審船を日本近海に送り込むなど危険な行動をみせている。それだけに一層、日朝安保協議は意味がある。二度と起こさないという金総書記の言葉を、対話を通じてきちんと裏付けさせねばならない。
平壌宣言ができたとはいえ、日朝の安保対話がどう発展するか楽観はできない。韓国の金大中大統領と金総書記の首脳会談の後も、両国軍の対話は進まなかった。米朝対話の先行きも不透明である。
しかし、これまでのような対外姿勢が通用しないことを北朝鮮も自覚し始めたのではないか。南北鉄道連結のために必要だった南北軍事協議が1年半ぶりに開かれ、着工式にこぎつけたのも、北朝鮮の軍を含めた変化の表れといえるだろう。
中ロや韓国に続いて日本が北朝鮮との首脳外交に乗り出し、対話を始めた歴史的意味は大きい。この対話を慎重に育てて地域の安定に貢献すべきではないか。
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