朝日新聞朝刊 2002年09月18日
拉致、8人死亡5人生存 金総書記、認めて謝罪 日朝首脳会談
小泉首相と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記は17日、平壌市内の百花園迎賓館で約2時間半、会談した。北朝鮮側は会談に先立ち、拉致されたと見られていた8件11人を含む計14人の消息を明らかにした。内訳は8人が死亡、生存は5人、該当なしが1人だった。会談で首相が「強く抗議する」と述べたのに対し、金総書記は拉致の事実を認めたうえで「遺憾なことだった。率直におわびしたい」と謝罪した。両首脳は国交正常化交渉の再開を柱とする「日朝平壌宣言」に署名。10月に第12回の交渉が開かれることになった。ただ、拉致された人の多くが亡くなっていたことで、国内には北朝鮮に対する反発が強まっており、交渉は難航しそうだ。
【平壌17日=北川学】北朝鮮が明らかにした死亡者は、横田めぐみさん(当時13)、有本恵子さん(同23)ら8人。生存者は拉致被害者として警察庁が認定していたうちの4人と、日本から調査依頼のなかった未確認者1人。石川県で行方不明になった久米裕さんは「(北朝鮮に)入国していない」とされた。
横田さんの娘は平壌に生存しているという。
金総書記は「数十年の敵対関係があるが、誠に忌まわしい。70〜80年代初めまで、特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走ってこういうことを行った」と語った。
また「特殊機関で日本語の学習ができるようにするためと、日本人の身分を利用して南(韓国)に入るためだと思う」と述べ、拉致にかかわった責任者をすでに処罰したと言った。
北朝鮮側は(1)生存者の家族、親族との面会に便宜を図る(2)生存者が希望する場合、帰国や一時帰国を実現できるよう便宜を保証する(3)死亡者の家族に経緯を説明する――ことを約束した。
正常化交渉を来月再開 不審船防止を約束
【平壌17日=国分高史】首相は平壌市内のホテルでの記者会見で、交渉再開について「重大な懸案は引き続き存在するが、諸問題の包括的な促進が図られるめどがついたと判断した」と強調。そのうえで「問題解決を確かなものにするためにも、正常化交渉を再開させる」と述べた。10月の交渉再開に先だって、生存者4人の一時帰国実現を求める。
首相は、「拉致という国家的犯罪行為への賠償をどう考えるか」との質問に対し、「正常化交渉の場で議論していきたいと思う」と述べた。
平壌宣言はまた、拉致問題や不審船など日本人の命や安全にかかわる問題について「遺憾な問題」との表現で、「再び生じることがないよう、適切な措置をとる」ことを確認した。不審船について首相は、金総書記が「軍部の一部が行ったものと思われる」と認めたことを明らかにした。
米国が重視している核・ミサイル開発問題では米朝枠組み合意など、「関連するすべての国際的合意」を順守するとし、北朝鮮が03年までと期限をつけているミサイル発射実験の凍結も、金総書記が「03年以降も継続する」と表明したため、宣言に盛り込まれた。
一方、北朝鮮が求めてきた「過去の清算」のうち、謝罪については「朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えた」としたうえで、「痛切な反省と心からのおわび」を明記した。
「補償」については、日本が65年の韓国との国交正常化の際にとった「経済協力方式」を北朝鮮が受け入れ、正常化後に、無償資金協力▽低金利の長期借款供与▽国際機関を通じた人道的支援――の形で実施することで合意。小泉首相は会談の中で、「これらの経済協力は、地域の平和と安定に資するべきものだ」と述べ、軍事転用を防ぐために、内容に条件をつける考えを示した。
宣言はこのほか、日朝間に安全保障の対話の場を作ることでも合意。正常化交渉と並行して、協議をすることを決めた。
◆安否が公表された方々
(行方不明時の状況と当時の年齢。☆は警察庁が拉致と認定の11人)
<生存>
☆地村保志さん 78年7月、福井県小浜市の海岸で。23歳。
☆浜本富貴恵さん 78年7月、福井県小浜市の海岸で。23歳。
☆蓮池薫さん 78年7月、新潟県柏崎市で。20歳。
☆奥土祐木子さん 78年7月、新潟県柏崎市で。22歳。
氏名未確認 日本のリストにないが、北朝鮮が確認
<死亡>
☆横田めぐみさん 77年11月、新潟市で中学下校中に。13歳。
☆田口八重子さん 東京の飲食店勤務の78年6月ごろ。22歳。
☆市川修一さん 78年8月、鹿児島県の海岸で。23歳。
☆増元るみ子さん 78年8月、鹿児島県の海岸で。24歳。
☆原敕晁(ただあき)さん 80年6月、宮崎市の青島海岸で。43歳。
☆有本恵子さん 83年7月ごろ、英国留学中に。23歳。
松木薫さん 80年夏ごろ、スペイン留学中に。26歳。
石岡亨さん 大学卒業後、80年夏ごろに欧州で。22歳。
<不明>
☆久米裕(ゆたか)さん 77年9月、石川県能都町の海岸で。52歳。
◇日朝平壌宣言(骨子)
●10月中に国交正常化交渉を再開
●日本は植民地支配で朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたことに、痛切な反省と心からのおわびを表明
●国交正常化後、経済協力を実施
●双方は戦前の財産・請求権を放棄
●日本国民の生命と安全にかかわる懸案が今後生じることがないよう、北朝鮮は適切に措置
●朝鮮半島の核問題の解決のため、国際的合意を順守
●北朝鮮はミサイル発射のモラトリアム(凍結)を03年以降も延長
【写真説明】
署名した共同宣言を交換する小泉純一郎首相(左)と北朝鮮の金正日総書記=17日午後5時33分、平壌・百花園迎賓館で(代表撮影)
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