朝日新聞朝刊 1998年7月27日
KEDOの枠を壊すな 朝鮮半島(社説)
朝鮮半島の情勢がまた、複雑で不透明になってきた。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では八年ぶりに最高人民会議(国会)の代議員選挙の投票が行われた。建国五十周年を迎える九月には、金正日総書記が、国家元首のポストに就くとみられている。
金日成主席の死去後、四年以上も元首が空席という事態に終止符が打たれそうだ。北朝鮮は国家の体裁を整え、金正日体制が固まりつつあるようにもみえる。
しかし、この体制の政策は、攻撃的で強硬な行動と外部の助けを求める柔軟路線が入りまじり、非常にわかりにくい。最近の動きにも、その傾向が顕著である。
食糧不足はいっそう深刻になっているらしい。北朝鮮は国際社会に支援を求めている。韓国の財閥、現代グループの鄭周永名誉会長は牛五百頭を贈ったさい、軍事境界線の板門店を通ることが認められた。
南北の緊張関係が緩和に向かうサインかと思われたところへ、今度は北朝鮮の潜水艇が韓国の沿岸で漁網にひっかかり、乗組員全員が死亡する事件が発生した。
この事件が在韓国連軍と朝鮮人民軍の将官会談で一応の決着を見た直後に、またしても北朝鮮の工作員とみられる遺体や水中推進機が発見された。
情勢がこのように揺れ動く中で、北朝鮮は、これまで凍結してきた核開発に再び取り組む動きを見せている。このことを改めて深刻に受け止めなければならない。
悪くすれば、北朝鮮が核開発をやめる代わりに、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が軽水炉を建設するという枠組み自体が崩壊してしまうおそれがある。
KEDOは四年前の米朝ジュネーブ合意を受けて設立された。約四十六億ドルを費やして、北朝鮮に軽水炉二基を建設する計画だ。すでに基礎工事が完成しつつある。
費用は、韓国がその七割、日本が十億ドル、欧州連合(EU)が数千万ドルをそれぞれ負担することが決まった。しかし、残りの分担は決まっていない。
米国は、年間五十万トンの重油を提供すると約束した。だが、議会の反対が強く、北朝鮮への重油供与は、今年は予定の六割程度しか実行できない見通しだ。
これに反発した北朝鮮は、重油の遅配が続くなら、一カ月後に核燃料再処理施設の凍結を解除する、と六月中旬に米国に通告してきた。
KEDOの枠組みが崩れ、北朝鮮が核開発の道に進むようなら、朝鮮半島は再び戦争の危機に見舞われる。日本にとっても重大な事態である。
いまは、KEDOの枠組みを維持することがなによりも大切である。そのためにはまず米国が重油供与の約束を守るべきだ。議会の反対を理由に国際的な約束を履行しないのでは、威信に傷がつこう。
北朝鮮も、要求が通らないからといって「核凍結の解除」を脅しの手段に使うのはいけない。KEDOの崩壊でもっとも痛手を負うのは、北朝鮮自身なのだ。
韓国内では、北朝鮮に対して柔軟路線をとる金大中大統領を「生ぬるい」と批判する声が出ている。だが、大統領は「太陽政策を基本的に変えることはない」と表明している。
正しい選択である。「北風」を吹きつけても、北朝鮮はかたくなになるだけだ。当分は南北の共存こそが、朝鮮半島の平和の基礎となる。
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