朝日新聞朝刊 1995年1月22日
「米朝合意」をさらに進めたい(社説)
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題を解決するための米朝合意が調印されてから、三カ月がたった。
この間、在韓米軍の偵察ヘリが北朝鮮領内で撃墜される事件もあり、米朝関係は一時は緊張したが、さいわい話し合いで解決を見た。三カ月以内に実行することが約束になっていた事項は、おおむね着実に履行されてきたと言ってよい。
まず、北朝鮮側は、黒鉛原子炉二基の建設を中止した。使用済み燃料棒を引き出した五千キロワット級実験用原子炉に新たな燃料棒を装着せず、再処理施設である「放射化学研究所」も凍結した。
これに対して米国側は、北朝鮮が黒鉛炉を放棄する見返りとして受け取る代替エネルギーの重油を、韓国から北朝鮮へ積み出した。朝鮮戦争以来の北朝鮮に対する制裁の一部緩和も発表した。
さらに、米国、日本、韓国は三国首脳会談で、米朝合意の完全実施を確認したのに続いて、北朝鮮の軽水炉転換の窓口となる「朝鮮エネルギー開発機構」(KEDO)の設立で基本合意に達している。
長い対立の歴史から、これまで米朝間には不信感が強く、合意の履行には不安がつきまとっていた。それだけに、合意内容がここまで実現してよかったと思う。
次のステップは、KEDOの発足と、軽水炉転換への契約締結である。これが引き続き円滑に進むために、いくつか要望しておきたい。
まず、KEDOの構成と日本の資金分担をどうするかである。
米国が、KEDOの参加国を十数カ国に拡大しようとしているのは支持できる。ひろく国際社会が北朝鮮の軽水炉転換に協力することが、合意の実行される基盤をより確かなものとするからだ。
村山首相はさきの訪米で、クリントン大統領に対し「意味のある財政的支援」を約束した。金額はまだ決まっていないが、十億ドル程度になるとの見方もある。
すでに韓国は、財政面で中心的な役割を担うことを表明している。朝鮮半島の非核化をはかるためにも、日本は、米国、韓国、中国などと協力して、積極的な役割を果たすべきだ。日本が、いわば「平和の代償」として応分の資金を負担し、米朝合意の実現を支えることに異存はない。
北朝鮮がすでに核兵器を開発しているのではないか、との疑惑は依然ぬぐい去られていない。ミサイル開発を続けている北朝鮮に、巨額の資金を提供するのが妥当ではないという議論もある。
「過去の核」の疑惑やミサイル開発について、今後も解明の努力が必要だ。しかし、北朝鮮の核兵器開発を思いとどまらせる他の有効な手だてがない以上、米朝合意の路線を実現してゆくべきだろう。
もともと北朝鮮の核開発疑惑の情報は、米国側から出てきた。現状はどうなっているのか、政府は米国から説明を受けているはずだ。政府はそれを、国民にわかるように説明すべきではないか。
北朝鮮に対しては、米朝合意にも盛り込まれた南北対話の早期再開を望みたい。
金日成時代には恒例だった「新年の辞」は今年はなく、代わりに発表された「共同社説」では、韓国の金泳三政権を「事大売国政権」などと非難している。
だが、北朝鮮が軽水炉転換を望むなら、資金的にも技術的にも、韓国の協力が欠かせない。南北関係の改善なしに、これ以上の米朝合意の実行は難しいことを、北朝鮮はもっと自覚すべきである。
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