朝日新聞朝刊 1994年10月22日
朝鮮半島の平和と日本の役割(社説)
冷戦後の世界を脅かしてきた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題に、不確かではあるが解決の道筋が示された。
米朝の合意文書調印によって、朝鮮半島は今度こそ、平和と安定に向けて動き出すのだろうか。むろん、そうでなければならないし、そうなるために私たちが果たすべき役割は小さくない。
この問題には、日本の植民地支配からつながる民族分断や、北朝鮮の国際的孤立という冷戦時代の遺物と、核不拡散条約(NPT)体制の維持という冷戦後の新たな難題が凝縮されている。合意は、現状に突破口を開こうとした米国と、対米改善を通じて体制の安定を守ろうとする北朝鮮との妥協の産物といえる。
北朝鮮のNPT完全復帰や米朝国交樹立への展望が開かれたかわりに、日韓両国にとって最大の課題だった過去の核兵器開発の検証は、五年間も先送りされた。交渉の中で北朝鮮のテロ関与の疑惑や人権問題、非民主的な政治体制に触れられなかったのも、そうした性格のためだろう。
合意を実施するための実質的な柱は、約四十億ドルかかるとされる軽水炉転換や、そのための代替エネルギーの供給、送電のためのインフラ整備を、韓国や日本を主要拠出国とする国際機構を設立して支援するところにある。このうち日本の分担は最低十億ドル程度と見積もられている。
結局、北朝鮮の利益になるだけではないか、ミサイル開発やエネルギーの軍事転用をどう抑えるのか、といった疑問が残されている。合意を評価はするが大歓迎はできない、というのが韓国内の支配的な空気である。日本でも、とくに支援の性格や規模をめぐって困惑がある。
しかし、それにもかかわらず、今回の基本的な枠組みに沿って、新たな半島情勢の展開にどういう協力ができるかを、私たちは真剣に考えるべきだと思う。
第一に、金正日体制が正式に歩みだそうとするときにこの合意が生まれたことで、北朝鮮の門戸を開かせるための現実的な糸口となる可能性がある。
深刻な経済困難をかかえているとはいえ、北朝鮮の政策が容易に変わるとは考えにくい。開放が進めば進んだで、国内のあつれきが高まることにもなろう。それでも、日本にとって、北朝鮮をめぐる状況を今のまま放置するよりは安全であり、希望がもてる選択ではなかろうか。
第二に、核兵器の拡散を防ぐことは国際社会にとって急務である。核の軍事利用と平和利用の間の壁は低い。核兵器の保有を思いとどまらせようとする試みへの協力は、日本が果たすべき重要な役割だ。
第三に、植民地支配と戦争の後始末、日朝関係正常化のための環境作りである。賠償や戦後補償問題をめぐって両国は真っ向から対立する。日本の支援に賠償としての意味合いが含まれるのかどうかが論争点になる可能性もある。日朝交渉は再開されても前途は多難だ。かといって、手をこまぬいていていいわけはない。
日本が支援を行う大前提は、北朝鮮側が合意を順守することだ。半島の平和はあくまで韓国と北朝鮮を主役に築かれねばならない。だが、米国や中国とともにそれを助けるのは私たちの仕事である。
それにしても、日本の政治家たちが米政府内の強硬論に引きずられるように、半島の軍事危機や北朝鮮制裁を声高に語ったのはつい半年ほど前である。今度の合意は、私たちの外交判断はどうあるべきなのかを考え直す教材ともなる。
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