朝日新聞朝刊 1985年05月28日
'85春・北朝鮮から:11
独立採算
能率向上へ厳しさ ヌルマ湯体質脱出狙う
「独立採算制の強化」。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で、この言葉を何度も聞いた。
大安重機械総合工場で。「これまでは生産部門にだけ適用してきた独立採算制を、非生産部門にも広げる方針だ。いま具体的な方法をテストしている」
給与最低補償外す
この国では、工場の労働者はすべて技能水準によって格付けされている。大安工場でいえば、高等中学校を出たての未熟練工が1級で、最熟練工が8級。年に一度、筆記と実技からなる試験があり、昇進したい人は受験する。月給(生活給金)は1級が約70ウォン(1ウォン=約100円)、8級が約140ウォン。これに能率給が加味される。ある生産グループが、与えられた目標より1割多い生産を達成すれば、その月の給与は1割増になる。1級の人なら77ウォンもらえるわけだ。教育も医療も国がめんどうをみるのが建前だから、年齢給とか家族給というものはない。
この制度では、生産があがらなければ収入減となるが、最低補償のあるのが普通だった。ところがそれさえ取り払った例も出てきた。
大同江発電所で。「最近、80%の最低補償を廃止しました。もっとも、実績が目標の8割以下になるようなことがあれば、まず私のクビが飛びますがね」と支配人。
岐陽地区かんがい管理所の副支配人までが「独立採算制」を口にした時は、驚いた。こうした基盤施設は、採算とは無関係と思っていたからだ。
ここでは、大同江からポンプで貯水池に揚水し、約6万5000ヘクタールの田畑に農業用水を送っている。これまでは、関係する協同農場の申請をまとめた中央の指示に従って大ざっぱに給水していたが、昨年から、いつ、どれだけ給水するかを協同農場と直接契約することにした。むだな配水をなくし、電気代などを節約する狙いだという。
「独立採算の強化」とは要するに、能率を上げ、増産し、コストを下げる努力を指す。国営企業に生じがちなヌルマ湯体質に厳しさを導入する試みといってもよく、新製品開発や猛烈セールスも含めて激しい競争をしている資本主義企業の独立採算制とはだいぶ違う。社会主義の国でなぜ独立採算がこんなに強調されているのか。
鉄鉱石など未発表
北朝鮮中央統計局はこの2月、第2次7カ年計画(1978―84年)が超過達成され、期間中に工業の総生産高は2.2倍に増えたと発表した。主要工業製品の伸び率をみると、採炭機(4.2倍)や掘削機(2.7倍)のように急増したものがある一方で、自動車のように、7年間でわずか20%しか増えなかったものもある。鉄鉱石や非鉄金属は伸び率が発表されていない。
これについて日本のある研究者は「未発表の部門は伸びがほとんどなかったのではないか」と推測し、「北朝鮮の工業は伸び悩んでいる」とみる。その1つの根拠が、主として工業部門からの税収でまかなわれる国家歳入の動きだ。71―76年の6カ年計画当時は年平均15.2%も増えていた歳入の増加率が、じりじり下がり、昨年は7.6%、今年の予算では4.1%にまで落ち込んだ。
重化学工業中心の北朝鮮では、膨大な原燃料が必要なのに、生産が追いつかない。労働者も、増産運動が続くのに疲れ、勤労意欲が衰えている。これらが重なって、工業の稼働率がどうも上がらない――これが日本の研究者たちの推測だ。
フル操業はできず
大安重機械工場は、61年に金日成主席が10日間泊まり込んで、この国にふさわしい企業管理のやり方「大安の事業体系」を生み出したことで知られる。80年に操業を始めた総合加工職場には、ベルティエ(フランス)、シーメンス(西独)、マーク(スイス)など、西欧製の工作機械がずらりと並んでいた。この最新鋭工場でさえ、案内人はこう説明した。「重量にして10万トンの機械を生産する能力があるが、昨年は素材の供給が十分でなく、生産実績は能力を多少下回りました」。フル操業できなかったのである。
北朝鮮は工業の基礎を確立し、いわば社会主義“中進国”の段階に達している。先進国に向けて力強く動き出すには、おそらく経済制度の改革が必要だろう。各事業所の試みは、それへの模索かもしれない。
(岡田 幹治記者)
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