朝日新聞朝刊 1985年05月25日
'85春・北朝鮮から:10
農業優遇
増産へ手厚い補助 作業に応じ分配、高収入
上空から見ると、平地は全面、規格化された米や麦の田畑、ちょっとした丘は頂上までトウモロコシなどの段々畑が続く。ところどころに、かんがい用の貯水池。果樹園も含め、耕せるところは耕し尽くしたように見える。「朝鮮半島の北は工業、南は農業」といわれた植民地時代が想像もできない景観である。
独特の労働採点制
多くの社会主義国が農業不振に悩んでいる時、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が、国連食糧農業機関(FAO)の推定で世界一の反当たり収量をあげ、食糧自給を達成したのはなぜか。それを知ろうと、平壌市郊外の七谷協同農場を訪れた。
レンギョウとスモモの花が咲き乱れる農場は、田植え前の準備で忙しかった。苗代では、女性がビニールの覆いをはぐり、苗に水をやっている。ほぼ全員が農作業に出て、2階建てのテラス式が並ぶ住宅はからっぽ。100平方メートルほどの家庭菜園に、エンドウマメやネギが植えてある。住宅地の中心にある幼稚園から、子どもの喚声がきこえていた。
ビニールハウスで取れたばかりのイチゴをすすめながら、村長さんという感じの趙煥成・管理委員長が説明する。
「この協同農場は、水田300ヘクタール、野菜などの畑200ヘクタール、果樹園100ヘクタールの合計600ヘクタール。これを365戸、765人の農民が、41台のトラクターと17台のトラックを使って耕しています。世帯当たりの農地は1.6ヘクタール強。昨年は1ヘクタール当たり8.7トンの米(モミ付き)、10トンのトウモロコシなどを収穫しました」
分配の仕方が独特だ。「畑でのタネまきは3級」「トラクターの運転は6級」というように、すべての農作業が4段階に格付けされ、3級の仕事を1日やれば1点、6級なら1.6点などの点数が与えられる。能率良くタネまきをし、標準の5割増しの面積を1日で終われば、1.5点になる。こうした作業点数を作業グループの長が調べ、10日に一度ずつ公示。年末に集計された点数に従って、分配が行われる。働けばそれだけ収入が多くなる仕組みが、月給制の工場労働者より徹底している。農業好調の1つの理由がここにあるようにみえた。
国が逆ザヤ穴埋め
「この農場では昨年、1戸平均で8.3トンの穀物と、野菜や果物を売った現金2200ウォン(1ウォン=約100円)を分配しました。自家消費を除いた穀物を国家に売り、1世帯平均7800ウォン(約78万円)の年収です」。農民数で単純に割り算すると、1人1カ月約300ウォン。工場労働者の平均月収90―100ウォンに比べて3倍にもなる。貯金も1戸1万ウォンはあるそうだ。
大都市周辺にあって現金収入が多いこの農場は、恐らく恵まれた例だろう。それにしても、なぜこんなに収入が多くなるのか。その秘密は、この国の農業優遇政策にある。
まず政府は、すべての穀物を高値で無制限に買い上げる。精米1トン600ウォン(約6万円)という買い上げ価格は、日本の31万円とは比較にならないが、国際指標になっているタイ米の5万4000円を上回る。これを政府は80ウォンで配給しているから、財政は520ウォンもの逆ザヤを埋めているわけだ。
そのうえ政府は、貯蔵庫を建設したり、トラクターを購入したりして、農場に貸す。農民はその減価償却分だけを国家に収めればよい。石油の出ないこの国で、石油製品は大変な貴重品だが、農場が使うガソリンは1リットル0.17ウォン、軽油は0.1ウォンである。政府がかなりの補助をしているらしい。
北朝鮮の財政収入は、国営工場などの取引や利益にかかる税によってまかなわれている。とすれば、農業の“輝かしい成果”は、工業の犠牲の上に築かれたものだともいえる。
さらに耕地拡大へ
昨年の穀物生産が1000万トンに達したのを踏まえ、北朝鮮は「1980年代末に1500万トン」という大増産計画を進めている。
質の面ではまだ不十分な食生活を改善し、米の輸出を増やして外貨を稼ぐのが狙いで、その方法は2つある。1つは、30万ヘクタールの海面干拓と陸上20万ヘクタールの新規開墾によって、耕地面積を今より25%増やすこと。もう1つは、品種改良などによって、現状では1ヘクタール7.4トンの平均収量を10トンに増やすことだ。
徹底した農業重視路線は、当分変わりそうにない。
(岡田 幹治記者)
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