朝日新聞朝刊 1985年05月23日
'85春・北朝鮮から:8
サービス革命
消費多様化めざす 日用品の質向上へ懸命
平壌名物に冷メンがある。牛肉などでダシを取った薄味のスープに、歯ごたえのあるメンが盛られ、鶏のササミやキムチが乗っている。独特のからしをかけて食べる味は格別だ。その最高級品を出すレストラン「玉流館」に、ある平日の昼、予約なしで行ってみた。
最高級店に客殺到
ここはおいしいだけに高い。町のソバ屋の6、7倍もする。大人用普通盛り(250グラム)で5ウォン(約500円)。労働者の平均月収が約100ウォンだから、バカにならない値段なのに、なんと満員。順番を待つ客が廊下にあふれ、行列をつくっていた。歩いてやって来る客がほとんどだが、中には、マイクロバスで乗りつけるグループも。結局、冷メンにありつけるまで50分ほど待たされた。
翌日の午後、平壌市中心部の「直売店」に行った。奥行き約4メートル、間口約20メートルの小さな店は、5時前というのに客でいっぱいだった。
カウンターの向こうに、戸棚、鏡台といった家具、ノートをはじめとする文房具、毛糸で編んだセーターや手袋、ベビー用品、靴などが並んでいる。市内の各種工場が廃物利用でつくった日用品と、勤めに出ない婦人たちの内職製品だ。当然、西側先進国の基準でみれば品質は見劣りする。が、普通の商店にはない商品の多様さが魅力らしい。
ビアホールも人気
にぎわっているのはこれらだけではない。「清涼飲料店」の看板を掲げたビアホールも、平壌第一百貨店も同じだった。
どうやらこの国の人々は、衣食住の最低水準を満たし、より多様で質の高い暮らしを求め出したのではないか。だが、その動きはまだ始まったばかりだ。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の消費水準は、最も豊かとされる平壌市でみても高いとはいえない。最先端技術を使った特別な施設や完備された社会保障などを別にして、庶民の消費の内容だけをごく乱暴に比較すれば「25年か30年前の日本」といった感じである。
男性がふだん着ているのは、合成繊維製の背広か、もっと粗末な詰めエリ。女性はほとんどが、紺や緑の単色のツーピースだ。ストッキングは、分厚い。ここ2、3年で革靴をはく人が急増したというが、デパートで手に取ってみると、革が厚く、ごつい。肉も砂糖も貴重品。アパートは2間が中心で、朝鮮戦争直後に建てられた平屋もまだ残っている。街は暗く、バスは込んでいる……。
こうした中で出てきたのが、新しい指導者、金正日・朝鮮労働党書記の昨年2月の演説「人民生活をさらに高めるために」であった。党中央委員会責任幹部会で書記はこう訴えたという。
「副食になる農畜産物を増やし、水産業を盛んにし、食品加工業を発展させよう」「軽工業革命を起こし、高級洋服地をつくれるほどに合成繊維の質を高め、12センチのハイヒールを含む多種類の靴を開発しよう」「食堂や清涼飲料店を増やし、従業員の接客態度を改善し、サービス革命を起こそう」「3―5室のアパートを建設し、息子が結婚しても親と別居しないで済むようにしよう」
全国に直売店200
さらにその後、軽工業製品展示会を視察した金書記は「人民は生活水準の向上につれて、時代感覚にマッチする、美しくスマートな生活必需品を求める」と発言している。
これらの指示に基づいて、全国の工場に生活必需品作業班がつくられ、内職者たちが組織され、「直売店」が開かれた。この1月で直売店は200を超したという。そして、労働党の理論誌「勤労者」1月号には、人々の生活を改善し輸出を促進するために「製品の質を決定的に高めよう」という論文が掲載された。
ようやく始まった「大衆消費社会」への動きは、順調に進むだろうか。予想される障害の1つは、中央集権的な計画経済の持つ弱みである。計画経済は、経済が量的に発展する時には力を発揮するが、商品を多様にし、質を向上させるには向いていない、とされている。
そしてもう1つは、軍事費の負担。軍備に回す経済力を、人々の生活向上に振り向けるためにも、朝鮮半島の緊張緩和がこの国の緊急課題になっているように思われた。
(岡田 幹治記者)
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