朝日新聞朝刊 1985年05月17日
'85春・北朝鮮から:4
経済開国
合弁法で経済に活 韓国との格差縮小狙う
日朝合弁で平壌市中心部に開店した楽園百貨店の売り場を歩くと、薄い緑色の制服を着た女店員から「アンニョンハシムニカ(こんにちは)」の声がうるさいほどかかる。
営業を始めてまだ3カ月。実際に買い物をしてみると、店員は不慣れで、代金の計算にも商品の包装にも時間がかかる。しかし、商品を「売ってやる」という感じの国営百貨店員に比べれば、ユニホームのあかぬけている点でも、愛想の良い点でも比較にならない。
国営とは雲泥の差
店は2階建て、延べ2800平方メートル。陳列された商品数は約1万。「百貨店」というより、日本なら中小スーパーという規模だ。しかし、食品、衣料品、電化製品からオートバイまで、日本製を中心にピカピカの外国製品が並んでいる。さえないデザインの商品がわずかな種類しか並んでいない国営百貨店とは雲泥の差だ。
だから、ドルや円などの外貨しか通用しないにもかかわらず、一般市民の見物客がひきもきらない。日曜日など、朝10時の開店前に何十人もが集まる。4月中旬の木曜日の実績は、来客が3000人、売り上げは日本円換算で約400万円だった。
「全国の主要都市に合計30の支店を出す一方、本店も拡充し、数年後に年間売り上げを100億円にしたい」。金昌皓社長(42)は強気である。
この百貨店は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府が昨年9月に公布した「合弁企業法」の適用第1号。在日朝鮮人が経営する朝日商事と、北朝鮮国営の楽園貿易商社がほぼ半額ずつ出資して設立された。日本のデパートを思い出させるサービスと外国商品の詰まった棚に、技術と資本を外国から導入し、経済に活を入れようという合弁法の狙いが表れている。
自力更生にも限界
北朝鮮の経済運営の原則は、自前の資源と技術を基本とする「自力更生」である。食糧は100%自給し、原材料も70%までは国産によるという行き方は、加工貿易に徹した日本と正反対の路線であった。
日本が中東の安い原油を湯水のように使って高度成長を成し遂げたのに対し、北朝鮮は国産の燃料用炭と水力発電でエネルギーをまかなおうとする。鉄鉱石もコークス用炭も、技術までも海外から導入して、日本の業界が鉄鋼を量産していた時、北朝鮮はコークスを使わない製鉄法の研究を進め、なお実用化のための研究を続けている。
これは、米国や日本の後押しを受けた韓国と軍事的緊張を続け、しかも対立する2つの大国、ソ連および中国と国境を接するという厳しい環境の中から生まれた知恵であろう。しかし半面で、経済の国際的交流の利点を軽視した路線でもあった。非効率と立ち遅れが、あちこちで見られた。
たとえば、平壌の約100キロ北にある小都市、徳川では、ガソリンのかわりに石炭をたくバスが走っていた。戦争直後の日本にあった木炭バスと似て、車体の後部に大きなカマがある。いくら国産燃料重視といっても、これでは性能に限りがあろう。軽油を燃料とするトラックやバスも、相当に使い込んだ古いものが圧倒的に多い。
トラックなどを国産しているというので、組み立て工場の見学を申し入れたが、「日本の経済記者にお見せできるようなものではないので……」と断られた。ライバルの韓国は、昨年からの小型乗用車のカナダ向け輸出で実績を積み、今年秋には米国にも輸出し始める。
経済運営の考え方の異なる両国を軽々に比較することには無理もあるが、技術力の差は歴然としている。合弁法制定による本格的な「開国」には、韓国との格差縮小という狙いもあったとみられる。
代金不払いがカベ
合弁法の元締めである対外経済事業省の李柱宣参事は、フランス企業とのホテル経営や香港資本とのタイヤ生産が合意したほか、各分野での合弁事業が交渉中であると説明した。事実「このごろは、すぐに合弁でどうですか、ですよ」と日本の商社員は打ち明ける。
だが、在日朝鮮人系を除く日本商社の対応は、いまのところ冷ややかだ。10年も前に表面化した貿易代金の不払いがいまだに解決していない国に、直接投資などとても無理、というのだ。この点について李参事は「過去の債務はごく少額。そもそも債務問題と合弁事業は無関係」と強調した。しかしそれでは、合弁法は絵にかいたモチに終わりかねない。
(岡田 幹治記者)
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