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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


朝日新聞朝刊 1985年05月14日
'85春・北朝鮮から:1
国際列車
夫婦で里帰りはいつ のしかかる分断の現実
 
 40年近くも厳しい対決が続いてきた朝鮮半島。17日から、板門店で南と北の代表が再び顔を合わせる。韓国との対話に踏み出した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は今、どんな表情なのか、そこに暮らす人々は何を考え、どんな生活をしているのだろうか。隣国でありながら日本にとって最も知られざる国、北朝鮮を4月12日から26日まで訪れた。
 
 北京と平壌の間を結ぶ国際列車が中国領内の国境の街、丹東の駅を出たとたん、乗客たちは一斉に客室を飛び出して通路の窓に張りついた。右手に大きな川の流れ。中朝間の国境を隔てる鴨緑江だ。列車の渡る鉄橋のすぐ下流にもう1本の鉄橋が見える。コンクリート製の橋脚の5本目で、鉄橋は真ん中から折れてなくなっていた。
 「朝鮮戦争のとき、米軍の爆撃でやられたのだ」。乗客のだれかが叫んだ。その名の通り鴨緑江は、ゆったりと、濃い緑の水を運んでいた。中国の国境警備兵が1人、ぽつんとライフル銃をさげて立っている。北朝鮮側には兵士の姿はない。この国境には緊張の影はなかった。
 朝鮮戦争が終わって30余年。いまなお崩れたままの無残な姿をさらす鉄橋は、当時の爆撃の激しさを物語る「歴史の証言者」にも見えた。
 北京―平壌1347キロ。普通は飛行機で飛ぶのだが、私たち北朝鮮取材チームの一行4人は、列車で行くことにした。
 
 親類の健在知ったが
 
 北京発平壌行き国際列車の1等寝台は、4人1室のコンパートメント(客室)方式。全部で8室ある客席には、ひとつの空席もなかった。金日成バッジを背広の胸につけた人、中国語も朝鮮語も流ちょうに話す中国在住の朝鮮族らしい人たちで車内はにぎやかだった。
 その中に1人の中年女性がいた。中国・黒竜江省牡丹江市の樹脂工場で働いている趙玉貞さん(47)。趙さんは北朝鮮の開城生まれの朝鮮人で、故郷に住む長男の結婚式に出かけるところだった。2段ベッドの上には、お祝いの手荷物がいっぱい積み上げられていた。「12年ぶりの里帰りです」とうれしそうに言った。
 夫はソウル生まれ。幼いころ中国の東北に移住し、朝鮮戦争のとき中国義勇軍に参加した。それでも故郷がなつかしい。中国東北部では、韓国の放送が普通のラジオでもよく聞こえる。夫はソウルから送られるKBS放送で、韓国では生き別れとなった肉親捜しが始まっていることを知った。ソウルにいた親類はどうなったのか、生きているだろうかと、KBSに手紙を書いた。
 その手紙がどういうルートで届いたのかはわからないが、1年たった今年3月、KBSから返事が届いた。「お尋ねのあった方々のうち、年配の方は亡くなりましたが、いとこの方々は健在です」とあった。
 「その日から、夫はソウル行きの準備を始めたのです。でも私は国籍が北朝鮮。当分ソウルには行けそうもないのです」。趙さんは肩を落とした。民族の南北分断の現実が、重くその肩にのしかかっているように見えた。
 
 線路わきから耕地
 
 丹東を出てから10分足らずで、列車は北朝鮮側の国境の町、新義州駅にすべり込んだ。駅前に、右手を高くあげている金日成主席の銅像。「偉大な主体(チュチェ)思想万歳!」というハングルのスローガン。
 こうした風景は、これまで北朝鮮を訪れた人の話と同じだった。しかし、駅構内にある建物の2階へ行って、「へー」と思った。「革命聖地」の白頭山をバックに金日成主席と子息で後継者とされている金正日・朝鮮労働党書記の姿が、並んで描かれている巨大な絵が飾られていた。しかも絵はまだ真新しい。若い女性のガイドが「金正日書記は、世界で2人といない偉大な方です」と誇らしげに言った。
 中国から北朝鮮の領内に入ると、車窓から見る風景が一変する。中国側では見渡す限りの荒野が広がっていたのが、とたんに、線路のすぐわきから耕地と変わる。ここに「コメは共産主義」というスローガンで、食糧増産に力を入れるこの国の姿があった。
 
 柳が芽をふく平壌
 
 終着駅の平壌。「柳京」と呼ばれるにふさわしく、しだれ柳が芽ぶき、遅い春の訪れを告げていた。東京をたって32時間。日本のパスポートは「北朝鮮を除き有効」と書かれているため、日本で外務省から特別のパスポートをもらったうえで、北京の北朝鮮大使館に出向き、ビザを発給してもらわなければならない。しかも日朝間には国交がなく、北朝鮮のしかるべき機関の招待が必要だ。取材もこちらの希望をもとに、北朝鮮側のアレンジで進められる。しかし「できる限り民衆の肉声を聞こう」と取材チームは話し合った。
 趙さんは6つもある大荷物を大事そうに抱きかかえてホームに降りた。出迎えの知人が来ている。趙さんがご主人といっしょに、ソウルの土を踏めるのは、いつの日になるのだろうか。
 (田中 良和記者)
 
 
 
 
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